第17話 婚約者
「あ~……全然分からないよ~」
「……クレアもダメか?」
「うん……」
翌日。早朝から俺とクレアは『クラーラ家』についてずっと調べていた。
調べていく内に分かってきた事もあるが、何が原因で救って欲しいのか、という確信だけは全くもって見つからない。
俺の隣に座るクレアは机の上に突っ伏し、口を開く。
「こんな事なら、もっと内情について聞いとくんだった……」
「やっぱ、そういうのってあるもんなのか?」
良く物語などでは、名家とか名のある大きな家が悪行を働いて、それをもみ消しているなんて話もあるが、それは果たして現実でもあるものなのか。
それが気になり、尋ねると、クレアは小さく頷いた。
「勿論、あるよ。世の中、綺麗事だけじゃ回らないし。クラーラ家もそれなりの事はやって来てると思う……でも、そういうのは綺麗サッパリ消されていくから、本当に内内でしか分からない事なんだよね」
「そういうもんか……難しいな」
綺麗事で世の中が進むのなら、それはそれで良いのかもしれないが、そういう訳にもいかないのを俺は知っている。
俺もそういう経験があるから。そして、そういう場合、間違いなく勝つのは『力』の持っている方だ。
事実は捻じ曲げられ、湾曲し、それが事実になり変わる。
悲しい話だが、それが現実だ。
俺は机の上で突っ伏すクレアの頬を突く。
クレアは為すがままだ。
むにむに、とクレアの頬が変形しつつも、クレアが口を開いた。
「どうせ、ワイズマンに聞いても教えてくれないし……クラーラ家が持つサーバーを調べても、ハリス家に怪しい所は無い。やっぱり、個人の所なのかな~」
「個人?」
「うん。クラーラ家のサーバーには殆どの家にあるお金の流通を調べてあるんだけど、結局、これは公表されているお金の流れだけだからね。個人まではどうしてもカバー出来ない」
さすがに個人にまで踏み込んでしまえば、それはプライバシーの侵害になってしまう。
「……だと、やっぱり難しいな。俺も正直手詰まりだ」
俺は思わず両手を上げてしまう。
クラーラ家の事について調べようにも、内部事情を把握出来ている訳では無いし、怪しいとされている『ハリス家』についてもおかしな所は出てこない。
そして、俺に出来る事なんて多少、ネットを使った調査。そんなものは何の役にも立たない。
俺は手に持っていたスマホを机の上に投げる。
それと同時に黒犬のストラップと恋愛成就のお守りも揺れ動く。
「はぁ……やっぱ、最初から認めるつもりなんてないのかね~……」
「そうなのかなぁ? でも、全然、そんな感じじゃないんだよね」
クレアがゆっくりと立ち上がり、俺の背後に回る。
それから腰を落ち着かせ、むぎゅっと背中から抱きついた。
「だって、出来もしない事をお願いするなんて無いでしょ? ワイズマンだってそういうイジワルでやってるわけじゃないと思うし」
「……クレアがそう言うなら諦めないけどさ」
「んふふ、じゃあ、もうちょっと頑張ろ?」
「オッケー」
そう言うと、クレアは俺の背中から離れ、先ほどまで座っていた場所に戻る。
それからクレアは目の前にあるノートパソコンに手を触れる。
確かに出来る事は限られていて、手詰まり感があるが、必ず道はあるはず。
そう簡単に諦める訳にはいかない。
俺はスマホを立ち上げた時だった。
――ピンポーン
甲高いインターホンの音が部屋中に響き渡る。
一体誰だ? 俺はゆっくりと立ち上がり、玄関へと向かう。
それからすぐに開けるのではなく、覗き穴から扉の向こうを見た。
「……何だ、このイケメンは? それに……何だ? この黒服たちは」
扉の向こうに居たのは金髪碧眼のイケメン。
身にはピシっとしたスーツを身に纏い、彼の背後には黒サングラスに黒のスーツを着た男達が数人立っていた。
怪しすぎる。
俺は足音を立てずにリビングへと戻り、クレアに声を掛ける。
「クレア」
「なに~」
「金髪のイケメンで、目が蒼い。それでいて、身長も高くて、男としての全てを手に入れてます!! みたいな男が立ってるんだけど……知り合い?」
「…………」
俺の外見の特徴を並べていくと、クレアがビクン、と肩を震わせる。
その顔は先ほどまでのリラックスしたものとは程遠い、怯えた顔。それからすぐにクレアは俺に近付き、袖を掴んだ。
「は、ハルト……ろ、ロジャーだ……」
「……君の婚約者だね」
「う、うん。な、何でここが分かったの?」
掴む袖から震えが伝わってくる。
今まで見せた事の無い怯えに俺は困惑してしまう。
ナンパされていた時も毅然とした態度で接していたのに、ここまで怯えてしまうなんて。
俺は震えるクレアの手を優しく握る。
「大丈夫、クレア」
「は、ハルト……」
「怯えなくていい。ただ、一つだけ決めときたい」
ピンポーン。
何処か冷酷にも聞こえるインターホンの音が鼓膜を震わせる。
さっきとは印象がまるで違うように聞こえるのは、この心持のせいだろうか。
ただ、これから先。間違いなく、面倒事になるのは目に見えている。
万が一の事だって、ある。だから――。
「クレア。もし、帰って来いって言われたら帰るんだ」
「え? は、ハルト……?」
俺の言葉にクレアは目を丸くする。
扉越しでも分かった異様な雰囲気。あれは間違いなく、クレアを連れ戻しに来ている。
最悪――問答無用の可能性もある。
最悪のケースは想定しておくべきだ。
「だからこそ、一つ約束したい。俺は君を諦めない。何があろうとも、だ。だから、君も俺を諦めないでくれ」
そう言ってから、俺は震えるクレアを優しく抱き締める。
すると、震えていたクレアの身体がゆっくりと収まっていき、ぎゅっと腕を背中に回される。
「ハルト……うん、分かった。私はハルトを諦めない」
「オッケー。リビングに居てくれ。話は俺がしてくる」
「う、うん!! 分かった!!」
俺はクレアをリビングへと帰し、バクバクと緊張からか高鳴る心臓の音を感じる。
元を正せば、悪い事をしているのは自分で、これは決して避けようも無い未来だった。
正直、ぶん殴られてもしょうがない所業だと理解している。
でも、クレアは扉の向こうに居るアイツを嫌っている。
帰すべきじゃ無い事は分かっている。だから、俺に出来る全力をやるだけだ。
俺は扉に手を掛け、ゆっくりと開ける。
「はい? どちら様ですか?」
「……佐藤ハルト様、でしょうか? 突然の訪問申し訳ございません。私、ロジャー・E・ハリスと申します。こちらにですね、クレア・ド・クラーラという方がいらっしゃると思うんですが……」
ニコリ、少々不気味な笑顔と胸に手を当て礼儀正しく言うロジャー。
確かに、クレアからの話を聞いていなかったら、好青年だと勘違いしてしまう程の物腰の柔らかさを感じる。
でも。俺は一つ息を吐く。
「居ますけど……クレアは帰りたくないと言っています」
「それは何故でしょうか? 私もそれがどうしてか分からないのです。あの日、突然、姿を消してしまって。ずっとずっと探していたんです。だって、私の愛しい『婚約者』ですから」
「……婚約者なのに、分からないんですか?」
「……どういう意味でしょうか?」
温和な態度は決して崩していないものの、言葉の端々から怒りのようなモノを感じる。
でも、言ってやりたい事がある。
「クレアは貴方から酷い仕打ちを受けたと聞いています。それがイヤだと。そんな風に思っているのに、貴方の所に帰す訳にはいきません。それにこれは……ワイズマンさんからの許可も貰っています」
「ワイズマン……ああ、クラーラ家の執事長様でしたか。なるほど、そういう事でしたか……」
何処か納得したように答えたロジャーはうんうん、と頷き、口を開いた。
「しかし、それは全て私から彼女への愛情表現なのです。私もクレアの事を愛しています。なので、その愛が多少、やりすぎてしまう事にもなってしまう……。それは私の反省すべき点ですね。
彼女にはきちんと謝罪をします。ですから、クレアを渡してくれませんか?」
「…………」
やっぱり、クレアを引き取る気しかないか。
これ以上、相手を刺激しても良い事は無いだろう。
ロジャーの怒りも何だか上がってきているように感じるし、ここまでか。
「分かった。ちょっと待ってろ」
俺はそう言い残してから部屋の中へと戻り、クレアに声を掛ける。
「クレア。ロジャーさんが帰って来いって」
「ええ、そう。分かったわ」
わざとロジャーに聞こえるような大きな声で言うクレア。
その表情と雰囲気は、ずっとハルトと一緒にいたクレアとはまるで違う、氷のように冷たい。
俺はクローゼットの中に仕舞ってあったボロボロの黒マフラーと黒手袋、そして、ジャンパーをクレアに着用させる。
「ほら、外は寒いからな」
「ハルト…………」
「そんな顔、したらダメだ。それに約束、しただろ」
「……うん」
クレアはマフラーに一度手を触れてから、一つ息を吐き、頷いた。
「……私も情報を必ず手に入れるから。絶対に……会いに来て」
「当たり前だ。言っただろ? 俺は君を諦めないって」
俺は部屋の棚の上に置いていたクレアに買ったお土産を渡す。
クレアはそれらを受け取り、俺と共に玄関へと向かう。
すると、ロジャーは嬉しそうに頬を綻ばせる。
「クレアッ!! ああ、ずっと会いた――」
そう言いながら両手を広げようとしたロジャーを完全無視し、脇を抜けていくクレア。
そんなに嫌なのか。顔も見たくないくらいに。
その雰囲気が気に入らなかったのか、ロジャーは顔を歪め、舌打ちをした。
――なるほど、アレが本性か。
それからすぐにロジャーは笑顔を作った。
「それでは。私たちはこれで。今度、お礼の品でもお持ちしますね。佐藤ハルト様」
「別に構いませんよ」
それからロジャーは一つ頭を下げてから玄関から去っていく。
俺は彼らの背中が見えなくなるまで見送ってから、扉を締め、顎に手を当てる。
「いざ、直接顔を見ると、分かるもんだな。……なりふり構ってられないか」
アイツと一緒にいたら本当にマズイ気がする。
この直感を俺は信じたいし、クレアの幸せを願うのなら――行動するしかない。
俺はスマートフォンの画面を付け、連絡先を一つ見つける。
それから、目的の人物に連絡を飛ばした――。
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