第16話 生涯でたった一度しかない恋
ふふ、少しやりすぎちゃったかな?
私は膝の上で顔を真っ赤にしたまま気絶しているハルトの頬を優しく撫でる。
少しだけまだ熱を帯びていて、何処か心地良いけれど、流石に気絶しているので心配だ。
「……んぅ~、本で見たんだけどな~」
日本にある『薄い本』と呼ばれるとても素晴らしい書物があり、私はそれを収集している。
中にはとてつもなく過激なモノもあったりするけれど、時折、キャラクターの可愛さが限界突破している名作と出会えたりするので、私は好んでいる。
一応、18歳以上は読めなかったりするんだけど、その辺りはまぁ……うん。
私はその本の中にあった事をハルトにやった。
一緒にお風呂に入って、私の身体でハルトの全身をくまなく洗う事。
私もハルトと一緒にくっつくのは大好きだし、ずっとずっと思い悩んでいるハルトを元気付けられるのなら、進んでやりたかった。
でも、まだ早かったのかな?
「…………でも、全部見ちゃってるし。あんまり変わらないと思うんだけどな~」
私のハダカもハルトのハダカも全部を互いが知っている。
だから、今更恥ずかしがる事なんてないのに。
私は眠るハルトの頬を軽く突く。ふにふにとしていて、柔らかい。
寝顔も何だか穏やかで、安心した様子。
この顔を見ていると、自然と口元が笑ってしまう。
本当に可愛い。
「ハルト……ごめんね」
思わず謝罪の言葉が口に出てしまう。
今回の事は全部、私がハルトを巻き込んだから起こった事。
ハルトはそれを全く気にしていないし、それどころか、私を好きだと言ってくれた。
あのワイズマンに言葉を返した時の事を思い出す。
『クレアと一緒にいるのを俺は諦めない。この子は俺が初めて本気で好きなった子だから。略奪だと思われようが、何と思われようが、関係ない。俺はクレアと一緒にいる』
この言葉を聞いた時。
私は心が爆発するんじゃないかと思うくらいに、キュンキュンした。
私の身も心も彼に全て差し出したい、と思うくらいに。私の心が掻き乱された。
彼に好かれたい、彼に愛されたい、彼に抱かれたい。
ありとあらゆる欲望と劣情が心を支配して、今も……この恋の業火は決して消える事なく、燃え続けている。
「ハルト……ハルトは困った人だよね」
優しく頬を撫でながら言葉を続ける。
「こんなにも私を夢中にしてさ……私をキュンってさせて……本当……」
お風呂に入ったのだって、万が一の事が起きたら良いなと思っていた。
むしろ、そうなりたいとまで思った。それくらいに、私は――。
彼に惹かれてしまっている。
「……ハルト、好き。好き好き、大好き」
ああ、本当に。
この人が居るだけで私は幸せだ。
この人が居るだけで無限の力が湧いてくる。
この人が居るだけでどんな局面だって乗り越えられる。
私の心も身体も全部、ハルトで――支配、されちゃった……。
でも、全然、いやじゃないよ。むしろ、凄く嬉しいんだ。
だって、こんなにも夢中になって、燃え上がるような恋はきっと二度と無いんだから。
クレア・ド・クラーラが生涯、たった一度しかしない恋を君にしたんだから。
「だから、だからこそ、私も諦めないからね」
私は考える。
両親がワイズマンがあの手紙を渡してきた目的を。
あれは、恐らく『無理難題』だ。
決して解決する事なんて望んで居ない、ハルトと私を無理矢理引き剥がす為のモノ。
でも、無意味な事はしないのがクラーラ家だ。
私にクラーラ家にとって大切な事を逐一教育し続けた事と同じように、私の真意なんてどうでも良いとしてきた事から分かるように。
クラーラ家は無駄な事をしない。
そう考えると。あの手紙は――。
「……私とハルトに解決して欲しいって思ってる人が居るって事。だとすると、ママ?」
パパは夢の為に今、クラーラ家を強く動かしている。婚約までして、新たなるエネルギーを開発しようと躍起になっている。
でも、それとは明確に反対していたのがママ。今じゃ、パパの勢いに押されて賛成してるけど。
それに違和感はもう一つある。
あの『ロジャー』だ。
あいつはモラハラ気質。私が何日も離れている事は絶対に気に入らないはず。
それなのに、私の目の前に一度も姿を現していない。腐っても婚約者、私の居場所が知れていたら知らせるような気がする。
だって、パパとママはハルトの事を知ってる。それを知って、ロジャーが来ないなんて事ある?
「いや、無いよね。アイツ……私にどれだけ迫ってきたか……」
今思い出しても嫌な記憶だ。
出会ってから一緒に寝るのを強要されたり、お風呂もあったか。
それだけじゃなくて、男と話すだけでも嫌な顔をされて、交友関係にまで口を出してくる。
それだけ私を自分色に染め上げようとしてくる奴が、私とハルトがイチャついてるのに平気なはずが無い。
だから、意図的に情報が流れていないと考えられる。
「つまり、私とハルトは意図的に一緒に居るって事? 何の為に? クラーラ家を救う為……」
と、私が考えた時、ハルトの呻くような声が聞こえた。
「んっ……ここは……」
「あ、ハルト!! 目、覚めた?」
「クレア……あ~……何か色々と思い出してきた……」
額に手を当て、ふぅっと一つ息を吐くハルト。
私は何だか申し訳なくなり、曖昧に笑う。
「あ、アハハ、ごめんね、ハルト。その……気絶させちゃって」
「いや。俺の精神力の問題だ、気にするな。それに……まぁ、何だ? 嫌じゃなかったから」
「……ふふ、またやっても良い?」
「それはこっちからお願いしたいくらいっていうか……まぁ、うん」
ゆっくりと起き上がるハルトは自分の身体に服が着せられている事に気付き、私を見た。
「あ、服着せてくれたの?」
「うん。ハダカのままじゃ風邪引いちゃうから」
「そうか……え?」
何か、察したのか。ハルトはすっと、私から距離を取り、冷や汗をダラダラと流す。
何か見られたくないものを見られてしまったような反応。
そこで私は気づく。
服を着替えさせる為に浴室からこっちに移動したんだけど、その時、見ちゃったんだよね。
ハルトのハルトが大きくなってたの……。
凄く興奮してくれたんだろうなって、凄く嬉しくなって、思わず――触っちゃったんだよね……。
さ、触っただけだよ!? そ、その、ああいう事はしてないからね!!
そんな事は言う事なんて出来なくて。私はそっぽを向く。
その反応にハルトは一気に顔を紅くする。
「わ、忘れろ!! 今すぐ!!」
「わ、忘れられないよ!! あ、あんなに立派なの」
「バッ!! あーあ、モウダメダ!! 俺、ちょっと飛び降りてくるわ、マジで!!」
「だ、ダメ、ハルト!! 落ち着いて!!」
「落ち着いてられるかあああああああッ!! うわあああああああんッ!!」
こ、これは触った事は絶対に言えない。
私はむぎゅっとハルトに抱き付く。と、とりあえず宥めないと……。
でも、私は思う。
いつか、私とハルトも色んなしがらみが無くなって、気にする事なくなったら……。
ちゃんと恋人らしくしたいなって、思ったかな。
だから、ハルト。頑張ろうね。 私の大好きな人。
☆
とあるホテルの一室。
そこでは一人の男が苛立ちを隠せず、椅子を蹴り飛ばしていた。
整えられた金色の髪を振り乱し、世の女性たちが放っておかないであろう端正の取れた顔を怒りで大きく歪めている。
「……何処だ!! 何処に居る!! 私の花嫁は!!」
彼の名はロジャー・E・ハリス。
クレア・ド・クラーラの婚約者であり、世界的大企業ハリス家の嫡男であり、現当主。
彼はあの日、クレアに逃げられた。
あの婚約パーティの日。ついに、と待ち望んでいたあの日に。
この世の全てが手に入ると確信したあの日に。
クレアは逃げ出した。
それからずっと捜索をしているにも関わらず、その足取りは掴めていない。
まるで、意図的に消されているかのようだ。
苛立ちを隠せず、ロジャーは近くに置かれていた机を思い切り叩く。
「どうなっているんだ!! あの女ッ!! この私の花嫁でありながら、それを拒絶するだと!? 私との婚約は正式に決まっている事だぞ!!!」
クレア・ド・クラーラは名家の中では『一番』と称されるほどの美貌を持つ。
そんな女性が手に入れば、間違いなく――『高く売れる』はずだったのに!!
「ろ、ロジャーさま!!」
「何だッ!!」
慌てた様子でノックもせずに入ってきた使用人を睨みつける。
すると、使用人は言う。
「く、クレア様を見つけました!!」
「何処にいる!?」
「そ、それが……男性と一緒に居るらしく……」
ロジャーの何かがキレる音がした。
男と一緒に居る? 何故? この俺が一緒に居るのに?
何を考えている? 道具の分際で。
「……何処に居る?」
「は、はい!! アパートになるんですが……」
「分かった……下がれ」
「はい!! し、失礼致しました!!」
そんな声と同時に下がる使用人。
そうか、男と一緒に居るのか。これは本当に分からせないといけないらしい。
クレアの価値なんてその美貌を利用できる道具でしかない、と。
そこに『意志』なんぞ必要ない事を。
「……二度と、ああ、二度と逆らえないようにしてやるとしよう。クレア」
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