第15話 魅惑の入浴タイム

「はぁ~……」


 俺は思わず息を漏らす。

 現在の俺は入浴中。ちゃぷちゃぷと水音が浴室内に響き渡り、俺は一度水を掬ってから、軽く顔に掛ける。


 あれから色々と考えている。

 クラーラ家の事についてだ。

 クレアと話をして分かってきた事もあるが、それでもまだまだ分からない事の方が多い。

 分からない事をどれだけ考えても分からないのでしょうがないのだが、それ以上に一つ心配になる事があった。


「……何とかなるのか?」


 これから先への不安だ。

 期限は3日。恐らくはこれが最後のタイムリミットだ。

 この間にワイズマンさんが指定した『クラーラ家を救う』という問題を解決しなければ、俺とクレアがこれから先も一緒になる事は無くなる。

 それどころか、もしかしたら、これから先一生会えなくなる。


 たった3日。


 正直な話をするのなら、不安しか無い。

 極力、クレアの前では気丈に振舞い、心を強く持っているが、一人になると途端に弱い自分が顔を出す。

 本当にクレアと共に過ごせる未来を勝ち取れるのか。

 本当にクラーラ家という大きな組織にある問題を取り除く事が出来るのか。


 そして、クレアは本当に俺と一緒になって幸せなんだろうか。


 ありとあらゆる不安が俺の胸中渦巻き、掻き乱してくる。

 それでも、何とか踏ん張ってはいるけれど。


「……いや、弱気になるな。何とかするんだ、何とか」

「ハルト!! 一緒に入ろう!!」


 バコーン!! と凄まじい音が響き渡り、浴室の扉が勢い良く開かれる。

 それと同時に現れるのは全裸のクレア。しかし、これは2回目。

 

 流石の俺も多少は耐性が付いている。


「クレア、一緒に入るなら最初に言えよ。だったら、俺が後で入ったのに」

「私はハルトと一緒に入りたいの!! それに、ほら、ハダカだよ? 見たいでしょ」

「…………」


 じーっと、俺は思わずクレアのハダカを見てしまう。

 こればかりはしょうがない。俺は健康的な男の子だから。

 クレアはうふふ、と嬉しそうに笑い、扉を閉める。


「ハルトなら、いっぱい見てもいいからね」

「……あんまりそういうのはやらない方が良いぞ?」

「ハルトにしかやらないから、大丈夫!!」


 クレアには羞恥心というものが欠落しているのだろうか。 

 それとももう一度、見られているから、二度目も変わらないという考えなのか。

 クレアはシャワーを浴びながら、口を開く。


「ハルト、身体洗った?」

「いや、まだだけど」

「じゃあ、私が洗う!! ほら、出てきて」

「いや、良いよ、自分で……」


 と、俺が言いかけた時、何やら妙な圧をクレアから感じた。

 有無を言わせない、さっさと出て来いとその花が咲くかの如き笑顔で訴えてくる。

 これは流石に逃げられないか。


 俺は湯船から上がり、クレアの前に腰を落ち着かせる。

 ちょうど俺の目の前には鏡があり、そこからクレアの様子も全て丸分かりだ。


 クレアは石鹸を手に取り、それをタオルで泡立てる。


「ふふ、今日一日、ハルトには大変な思いをさせちゃったからね。いっぱい、ご奉仕して、癒してあげないと」

「……え?」


 わしゃわしゃわしゃわしゃ。

 タオルを石鹸で泡立ててから、クレアはそれを自分の身体に塗りつける。

 鏡越しにその行為を見た瞬間、俺は振り返る。


「く、クレア!? た、タオルで良いから!!」

「ダァ~メ。今日は私がタオルなんだから。ほら、ハルト。じっとして」

「え!? いやいやいや!! 本当に待って!! それは色々とまずい!!」

「何がまずいの? あ、もしかして、興奮しちゃうから?」


 ニヨニヨ、と何処か嬉しそうに頬を綻ばせるクレアに俺は叫ぶ。


「ち、ちがっ!? いや、違わなくてッ!! そ、そういう事はまだ早いと思うぞ!! うん!!」

「一緒にお風呂に入ってるのに、今更? もう良いじゃない。二人共、勝手知ったる仲ってやつなんだから!! ほら、ハルト~、逃がさないよ~」

「ちょ!?」


 クレアは身体中を泡塗れにしてから、ぎゅっと背後からハルトを強く抱き締める。

 その瞬間、布の隔たりが一つも無い柔らかいマシュマロとふわふわとした女性特有の包みこまれるような柔らかさがハルトの全身を支配する。

 それから耳元でクレアが囁く。


「ほら……んっ、こうして身体を上下に動かして……はぁ」

「ちょっ、声が……エロいんだけど!?」

「だって、ほら、色々と……んっ、擦れちゃう、から……」


 おいおいおいおいおい。

 何が起きてやがる!? 俺は今、何をされてるんってんだ!?


 俺の頭の中は完全にバグり始め、下半身に熱が集中するのを感じる。

 だって、しょうがないじゃないか、しょうがないじゃないか。

 

 背中から感じる柔らかい双丘の頂点にあるモノが何故だか強く感じられるし。むにゅっと形を変えているであろうそれをより暖かく、より強く感じてしまう。

 何よりも耳から掛かるクレアの甘くも、妖艶な吐息と声が俺の脳を破壊していく。


 それだけじゃない。


 クレアは背後から俺の前にまで手を回し、上半身を撫で回すように洗っている。


 これは……アレか? 噂に聞くソー○か?

 

 と、俺がそんな事を思っていた時だった。


「……ハルト、嬉しい?」

「え?」


 急に真面目な声音でクレアが尋ねて来る。


「いや、そりゃ嬉しいけど……」

「何かハルト、ずっと迷ってるっていうか、考えてるからさ」

「まあ、そりゃ色々と考える事もあるだろ? クラーラ家の事とかさ」


 俺が正直に言うと、クレアは俺に抱きついたまま、肩の上に顎を乗せる。


「……不安なのかなって思って。何かさっきぱふぱふしてあげた時も嬉しそうだったけど、やっぱりどこか何だか不安そうだったからさ。ほら、こういう事って男の子、好きでしょ? だから……良いかなって思ったんだけど」

「…………」


 顔に出てたのか。それとも雰囲気か。

 出来るだけ見せないようにはしてきたと思っていたのに、それがかえってクレアに心配掛けていたのか。

 俺は右手でクレアの頭を優しく撫でる。


「そりゃ……不安だよ。多分、この3日がラストチャンスだと思うんだ。それが出来なかったら、もうクレアとは一緒に居られない。それで相手は何も分からないクラーラ家。

 正直、どうしたらいいのかも分からないな、って思う」

「……ごめんね、ハルト」

「何でクレアが謝るんだよ。クレアは何も悪くない」


 俺は出来るだけ優しい声音を作りながら、口を開く。


「俺がクレアを好きになった時から、避ける事が出来なかった事なんだよ。だから、誰かのせいとかじゃないんだ。俺が乗り越えなくちゃいけない。それで君を不安にさせてたら世話無いけど」

 

 アハハ、と俺が笑うと、クレアはぎゅっと俺を強く抱き締める。


「大丈夫だよ、ハルト」

「クレア……」

「ハルト、私はね、もうハルトと一緒に居られないって思ってた。ワイズマンが来た時、もうダメだって思った。でもね、今日っていう日を繋げてくれたのは、ハルトなんだよ。

 ハルトは自分で思ってるよりもずっとずっと凄い。だから、大丈夫」


 元気付けるように、優しく囁くクレア。それからクレアは俺の耳元の唇を寄せてくる。

 その暖かな吐息が耳に掛かり、少しくすぐったい。


「ハルトなら大丈夫。だって、私が大好きになった人なんだもん。それに、こうしてまた過ごせる時間を作ってくれたんだもん。だから、大丈夫」

「……ありがとう、クレア」


 俺が感謝の言葉を口にすると、クレアは耳元に顔を寄せたまま言う。


「それは私の方がだよ。まだまだハルトと一緒に居られる時間があるんだもん。だから、ね……ねぇ、ハルト。私……ハルトの事、いっぱい癒してあげたい。これから先、もっともっと大変になるかもしれないから……」


 それはそうかもしれないが、今はもっと別の問題がある。


「そうだな……でも、今の方が大変な事になってないか? 色々と」

「……でも、嫌じゃないんでしょ?」

「まぁ、はい」


 嫌な訳がない。すると、クレアはまた身体を動かし始め、口を開いた。


「ふふ、じゃあ、もっともっとするね」

「いや、その……」

「あ……もしかして……」


 耳元で囁くクレアは何かを察したのか、ふふ、と小さく笑う。

 それからすぐに妖艶な雰囲気を醸し出し、口を開いた。


「まだ、ダメだよ、ハルト。まだ……そういう事はちゃんと……婚約者になってから。婚約者になったら、いっぱいいっぱい、するからね」

「…………」


 その声は俺の意識を刈り取るには充分過ぎた。

 あまりにも強烈で、あまりにも甘美で。あまりにも――エロすぎた。


 俺の脳みそは完全なるオーバーヒートを起こし、意識を手放す。

 でも、それで良かったと思う。


「は、ハルト!? 顔真っ赤!? だ、大丈夫!? は、ハルト!! しっかりして!!」


 だって、もしも、意識を失って無かったら間違いなく――。



 クレアを襲っていたから。うん、これで良かったんだ。うん。


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