第10話 商店街イチャイチャデート

 今、俺たちは商店街を歩いている。

 でも、俺はとてつもない視線の数々に晒されていた。

 

 全ては隣で幸せそうに腕にしがみ付くクレアへの視線だ。


 クレアの美貌は人の目を惹き付け、多くの人を魅了する魔性を孕む。

 それ故に、クレアとすれ違う人間の殆どがクレアに視線が釘付けになり、何度も見つめてしまう。

 それと同時に俺に視線が向けられるが、あまりにも平凡すぎる俺の姿を見ては、何故だか、怨嗟にも似た感情の眼差しが突き刺さる。


 居心地が良いか悪いか、と言えば、物凄く悪いです。


 こんな衆目に晒された事も無ければ、注目される事も殆どない人生だった。


 俺の感情が揺れている中でも、クレアは全くの平常運転で辺りを見渡す。


「本当に色んなお店があるんだね。何だか活気があって私、好きかも」

「そ、そうか。それは良かった」

「? ハルト、何か汗かいてる? もしかして、暑いの?」

「いや、その……クレアは平気なのか?」


 多くの人の視線に晒されるというのは芸能人などであれば慣れっこかもしれないが、クレアはあくまでも一般人だ。

 流石に気にしているんじゃ、と思い尋ねると、クレアはチラリと周りを見渡す。

 それと同時にクレアを見ていた人々は視線を逸らし始める。


 それに感付いたのか、クレアはうんうん、と頷く。


「これはいつもだから、大丈夫」

「そうなの?」

「うん。ハルト、私ね、こう見えてもモデルとか、アイドルとか、そういうののスカウトをされた事もあるんだよ!! ふふ、やっぱり、皆にとって私は綺麗な顔をしてるみたいで。ほら、おっぱいだって大きいし」


 うふふ、と嬉しそうに笑うクレア。


「だから、こういうのは慣れてる。でも、もしも、危ない目に遭いそうになったら、ほら。ハルトが守ってくれるでしょ?」


 ニコリと100%の信頼を寄せてくれているかのような安心した笑顔を浮かべるクレア。

 本当にそういう事を簡単に言う。

 でも、それは当たり前の事。


「それもそうだな」

「んふふ、でしょ? だから、平気。それにハルトももっと私を見せ付けるくらいの感じで居たらいいんだよ。こぉ~んな、皆を魅了する絶世の美女を侍らせてるんだぞ~って」

「俺はそんな剛毅な男じゃないよ。もっと小心者だ」

「えぇ~そうかな? ワイズマンに色々言ってた時、凛々しくてカッコよかったよ?」


 顔が熱くなるのを感じる。

 あれはただ、クレアにとっての最良の幸せを考えただけ。

 すると、クスクスと笑うクレアはからかいモードになったのか、更に言葉を続ける。


「私はああいうハルトが好きなの。誰に対しても物怖じしてなくて、言いたい事をはっきり言える人。それが例え、ビビっていたとしても……それが出来る人ってのは少ないしね」

「……経験者は違うな」

「そういう事。だから、ハルトはもっと自分に自信を持って。ハルトは自分で思ってるよりも、ずっとずっとずぅっと、魅力的な男の子なんだから」

「……ありがとう、クレア」


 クレアにそう言われると何だか自信が湧いて出てくる、

 惚れた弱みなのか、そういう事を言ってくれて嬉しいからなのか。

 それは分からないけれど。素直に嬉しく思うし、そういう男でありたいと思ってしまう。


 クレアにとっての理想の自分に。


 と、そんな事を思っていると、クレアが足を止める。


「あ、ハルト!! あそこ!! コロッケ屋さんよ!!」

「ああ、あそこか。食べる?」

「うん!! って、ハルト、知ってるの?」

「学校帰りに時々な」


 商店街の一角にあるコロッケ屋は低価格で学生のお財布にも優しい。

 それに俺は一人暮らしで経済的に余裕がある、とは言えない。

 そういう意味でもクレアの視線の先にあるコロッケ屋にはお世話になっているのだ。


 俺とクレアがコロッケ屋の前まで移動すると、見慣れたおばちゃんが声を上げる。


「おや、ハルトくんじゃないか」

「どうも」

「って……おや、これはまたとんでもないべっぴんさんを連れているね」


 すると、クレアは俺の腕からすっと離れ、背筋を伸ばし、恭しく頭を下げる。


「初めまして、マダム。私はクレア・ド・クラーラと申します。私は今、ハルト様と結婚を前提にお付き合いをさせて頂いています」

「け、結婚相手!? ハルト、彼女が居ないって言ってたじゃないか!! それに告白するとかしないとか……それがこの子!?」


 コロッケ屋のおばちゃんが面食らったような顔をしているが、俺も面を食らっている。

 先ほどまで無邪気な様子だったクレアの雰囲気が一変しているからだ。

 多分、これがクラーラ家としての人間であるクレアなんだろう。

 クレアはまるで絵画に描かれる、薄い淑女のような穏やかな笑みを浮かべる。


「私はハルト様に命を救われたんです。その時に一目惚れして、その時に正式に結婚を申し出させて頂きました」

「ハルト……もしかして、物凄いお嬢様なのかい?」

「えっと……そんな感じだけど、クレア。無理しなくてもいいぞ?」


 俺は軽くクレアの背中を叩くと、クレアが首を傾げる。


「どうしてでしょうか? ハルト様がお世話になっている人ならば、妻として、失礼のないように……」

「堅苦しすぎるし、おばちゃんはそういうの気にしないよ」

「そうさ。むしろ、こっちが畏まっちゃうから、いつも通りでいいよ。そんな事してたら、肩肘張っちゃって大変だろう?」


 おばちゃんの朗らかな笑顔を見たクレアは切り替える為か、一つ息を吐き、曖昧に笑う。


「えへへ……ありがとうございます」

「さっきのよりもそっちの方が魅力的じゃないか」

「そ、そうですか?」

「ああ。物凄く無理してるのが見て取れたよ。クレアちゃんも大変だな。ハルトくん、しっかりと幸せにしなくちゃダメだよ!!」

「あー、それは、うん」


 俺が小さく頷くと、おばちゃんが俺がいつも注文しているコロッケを二つ用意し、手渡してくる。


「ほら、サービスだ」

「え? いいよ、お金はちゃんと払うし」

「良いって。ハルトくんはいつも買っていってくれてるし。ただ、また二人でこのお店にもう一度来てくれたらそれでいいよ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺は二つのコロッケを受け取り、クレアに渡す。

 すると、クレアも深々とおばちゃんに頭を下げた。


「あ、ありがとうございます」

「あいよ。また二人で来てちょうだいね。それとハルトは良い男だから、安心しな」

「……それは分かってます」

「おや、そうかい」


 ニカっと笑うおばちゃんの下から去り、商店街内にあるちょっとしたベンチに腰を落ち着かせる。

 それからクレアがコロッケを頬張り、笑顔を浮かべる。


「ん~、美味しいです!!」

「だろ? 俺もいっつも学校帰りに買っちゃうんだよね」

「……あの人、不思議な人でした」

「あー、何か分かるかも」


 俺もコロッケを頬張りながら言う。


「あの人、子どもの事滅茶苦茶良く見てるんだよな。多分、あのコロッケを学生たちが買っているからなんだろうけどさ。結構、細かい所まで気付いたり、察したりしてるんだよね。

 多分、俺たちの事も気付いてるんじゃないかな?」

「うん、何かそんな感じがした。全部、見透かされてるみたいで。すごい人だな~」

「だよな。……だからこそ、二人で来いって言ったのかもな」


 あのおばちゃんは時折、エスパーなんじゃないかって思うときがある。

 それくらいに人を良く見ているんだ。だから、もしかしたら、俺とクレアの関係性についてだって、何か感付いていてもおかしくない。

 年を取った事による年季の入ったものなのか、それは分からないけれど。


 でも、同時に思う。


「けど、あの人の言う通り。もう一度来たいもんだな」

「……うん。それは勿論」


 サクサクとコロッケを全部食べ終え、俺は一度立ち上がる。


「悪い、少し、お手洗いに行ってくる」

「じゃあ、私はここで待ってるね」

「あいよ」


 俺はそのまま近くにある店の中にあるお手洗いを借りて、用を済ませる。

 それから数分もしない間に、クレアの下へと戻ると――。



「ねぇ、滅茶苦茶美人さんだね。もし、良かったら俺たちと遊ばない?」

「え? 無視? 無視なの? でも、済ました顔も美しいね」


 

 クレアの周りを4人ほどの男性たちが取り囲んでいた。

 全員がそれぞれクレアに対して歯の浮くような口説き文句を並べているが、一切合財、クレアは相手にする事なく、ただ整然と目を閉じ、座っているだけ。

 周りに居る男たちは多分、気付いていないんだろうが、クレアの放つプレッシャーがとんでもない。何だろう、あの周りだけ重力が発生してるんじゃないか、と思うくらいにクレアは嫌そうだ。

 これはすぐに声を掛けないと……。

 

「クレア~」

「……ハルト!!」


 クレアは俺の声が聞こえた瞬間、先ほどまでの重苦しい重圧を取り払い、トテトテ、と俺の下へと駆けつけてくる。 

 それから真正面から抱きつき、背中に手を回した。


「ハルト、おかえり」

「ちょっ!? 怖かった?」

「……うん、少しだけ。でも、ハルトが来てくれるって思ってたし、ハルトの事考えてたから、大丈夫」


 俺が優しくクレアの頭を撫でていると、俺たちを見ていた4人の男たちは悔しげに舌打ちをして、その場を去っていく。


 ったく……。


 ナンパなんて事は是非ともやめて頂きたい。


「ごめんな、クレア。怖い思いさせて」

「ううん、良いの。でも、もう少しだけこうさせて?」

「はいよ」


 さすがに怖い思いをさせてしまったのだから、これくらいは良いだろう。

 ただ、少しばかり気になるのは。


 ここが商店街のど真ん中である事だ。


 周りから聞こえる『若いわね~』というおば様たちの過去を懐かしみ、羨む声。

 

 『リア充が爆発しろ』という怨嗟の眼差しに晒される、俺の全身。


 だとしても、俺はクレアを抱き締め続け、頭を撫でる。すると、満足したのか、クレアが離れる。


「うふふ、良し。もう大丈夫!! さあ、ハルト!! 続きのデートをしましょう」

「じゃあ、行こうか」


 そうして、俺たちは再度、商店街へと繰り出していく――。

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