第11話 最高の幸せ
商店街デートはまだまだ続き、俺とクレアは小物店に来ていた。
キーホルダーやぬいぐるみ、様々な小物が並べられていて、クレアはそれを楽しそうに見つめている。
「どれもカワイイなぁ~。うふふ、見てるだけで楽しい」
「結構色んな種類があるんだな。クレアはこういうの集めてるのか?」
かなり熱心に見ている様子だからたずねてみると、クレアは首を横に振る。
「ううん、特には集めてないかな」
「え? そうなの? でも、この店に入りたいって言ったのはクレアだよな?」
「うん、そうだよ」
集めていないという事はそれほどまで興味が無い。
眺めているのが楽しい、ウィンドウショッピングというやつだろうか。
「……せっかくだから、ハルトとお揃いのモノを付けたいなって思って」
「なるほど……だったら、しっかりと探さないとな」
なるほど、ペアルックというやつか。
それは素晴らしいものだ。
クレアは小物を見ながら言葉を続ける。
「こういうモノはね、思い出になった時に色々と思い出せる『鍵』みたいなものになるんだよ」
「……そっか」
それは何となく分かってしまう。
漫然とした思い出の中よりも、何か物を遺す事で想起される思い出もある、という事。
つまり、クレアは俺とのデートを思い出となっても、鮮明に思い出したい、という事か。
嬉しくもあり、とても悲しくもあった。
俺自身、覚悟はしてきた事だ。
今日のデートが最初で最後。
どれだけの願い事をしようとも、神に縋ろうとも、きっと、未来は変えられないだろう。
クラーラ家という大きな存在を変えるなんて、大それた事、俺とクレアのような学生風情が出来るだなんて思えない。
婚約は規定路線。
俺が少しばかり肩を落としていることに気が付いたのか、クレアが笑う。
「あ、アハハ、ごめんね、ハルト。せっかくのデート中に言う事じゃなかったね。でもね、ハルト。私は諦めてないよ。これでワイズマンの気持ちが少しでも傾けば、まだ未来はあるんだもん!!」
「……そうだな。まだ、終わってないよな」
本当にすぐ悪い方向へと考えるのはやめよう。
まだ、ワイズマンさんを味方に付けることが出来れば、まだ可能性はあるかもしれない。
人一人の考え方を変える事が出来れば、それがいずれ大きくなる事だって出来る。
俺は小さく頷き、口を開いた。
「良し。じゃあ、二人で身につけられるものでも探すか」
「うん。えっとね……気になってたのがあって……」
クレアは俺の手を取り、棚の中を進んでいく。
そこで見つけたのが小さな犬が付いたキーホルダーだった。
袋に入ったそれを俺は手に取り、商品を眺める。
「犬のキーホルダー……ん? これ、少し重いな。何々、意中の人に思いを伝えるキーホルダー……え? 録音機能付き?」
「うん!! 見た目も可愛いし、録音も出来るんだって。凄い優れものじゃないかな!?」
「いや……録音って何に使うんだよ」
「え~。何か伝えたい事を入れといて、連絡で使えたら可愛いと思わない? 日によって色々変えたりして!! しかも、録音は残るから、声が聞きたくなった時、聞けるんだよ!!」
そう言われると確かに魅力的なモノのような気がする。
人間誰しも好きになった子の声が聞きたくなる事はある。そんな時、相手側が急がしくて電話などに出れなかったとき、こうした可愛らしいビジュアルのキーホルダーに声を残しておけば、多少の慰みにはなるかもしれない。
何となく面白そうだし、何より、クレアの気に入ったものだし一つくらい買っておくか。
「クレアはどれが良い? 黒犬、柴犬、白犬があるけど」
「柴犬!! 私、柴犬好きなんだ!!」
「じゃあ、柴犬な。俺は黒犬で」
「そういえば、ハルトって黒、好きだよね」
何となしにクレアが尋ねてくる。
「まぁ、黒って一番ド安定じゃないか? それに、かっこいいし」
「かっこいい……ふふ、そうなんだ。ハルト、知ってる?」
「何が?」
「ウエディングドレスにはね、黒があるんだけど。それはね、貴方色以外には染まりませんって意味なんだよ。ふふ、ハルトは私以外には染まらないよね?」
ニコっとそんな事を尋ねてくるクレアに俺は一瞬、喉が詰まる。
いや、それはウエディングドレスの話であって、クレアを独占したい、という話ではない気が、と思ったが、クレアは俺の耳元に近付き、ボソっと誰にも聞こえない声で囁く。
「私の心はもうとっくに君のモノなのにね」
「……俺もだよ?」
「ふえ?」
「俺の心もとっくに君に染まってるよ?」
「…………っ?」
俺の強烈なカウンターがクレアの心にクリーンヒット!!
クレアの顔が今まで見た事も無い程真っ赤になり、俺の肩をベシベシと叩く。
そんな様子に周りのお客さんからも『何やってだ、こいつら』という眼差しで見られているが、クレアは全く気にする素振りを見せず、俺の腕に抱きつき、顔を埋める。
耳まで真っ赤じゃねぇか。防御力0かよ……。
「そ、そういうのは反則!!」
「いや、先に仕掛けてきたのはそっちじゃん……」
「う、うるさい!! だ、ダメなものはダメなの!! ハルトのバカ!! 色ボケ聖人!!」
「色ボケって……クレアも大概……痛いッ!!」
「うるさい、バカッ!! バカハルト!!」
ぎゅいっと俺の腕を軽く抓るクレア。
多少顔の赤みが落ちてきたのか、顔を上げる。それからクレアは気を取り直さんと言わんばかりにわざとらしい咳払いをした。
「ごほんッ!! 取り乱したわ」
「あんまり騒ぐなよ。お店の中なんだから。周りからの目だって……」
「……気にしないの」
「気にするよ……」
「じゃあ、速く次の所に行きましょ!! ちょうど私たちに相応しいものを見つけていたの!!」
俺の腕をぐいぐい引っ張り、クレアに連れられてきたのは多くのキーホルダーが並ぶ場所。
先ほどとはまた違った商品のラインナップであり、クレア一つ手に取る。
それは少し大きめのハートの形をしたキーホルダー。
クレアはそれを俺に渡してきた。
「これよ」
「何々……組み合わせる事で大きなハート型に。なるほど、この大きなハートは組み合わせてあるのか。つまり、一つ一つで持つ事が出来るって事?」
「そういう事。私とハルトでその『欠片』を持っておくの。私とハルト。二人が揃って本当の形になる……少しロマンチックじゃない?」
「……そうだな。ああ、すげーロマンチックだと思う」
互いにそれぞれのピースを持ち、出会う時には二人揃って、大きなハート、つまりは『愛』になる、という事だろうか。
少しクサイ気もするが、俺とクレアにはある意味でお似合いな気がしてしまう。
もしも、これで分かれてしまっても、互いの心は繋がっている、そんな気がして。
俺をそれも一緒に購入する事を決める。
「んじゃ、コレも買うか。これは一つで良いな」
「うん。お金は今度、必ず渡すから」
「気にするなって」
そうして、俺たちはお会計を終え、店を後にする。
外は日が沈み始めていた。俺はスマホで時刻を確認する。
17時か。そろそろ、ワイズマンさんと合流をするか。
既に合流地点は決めてある。あの公園だ。
俺はクレアの手を握り、歩き出す。
「よし、あの公園に行こうか」
「うん」
クレアも優しく俺の手を握り、指を絡めてくる。
優しいクレアの温もりを感じながら、俺とクレアは互いにゆっくりと歩きながら、道を進む。
「なぁ、クレア」
「何?」
「今日は、楽しかったか?」
「……うん。凄く楽しかった。私、商店街を一緒に見て回って思った事があるんだ」
「何だ?」
俺が尋ねると、クレアは思い出を思い返しているのか、嬉しそうに語る。
「皆、凄く楽しそうだった。私は豪華絢爛な世界で生きていて、商店街とかとは全然住む世界が違う所に居る。やっぱりそういう自覚は何処かにあるんだ。
私と彼等の住む世界は何処か違うのかなって……。でもね、きっと同じなんだ」
「…………」
「皆、楽しそうに笑って、話して、一日を思い思いに過ごして。私はそういう生活を全く経験した事がなかったから、どれも新鮮で……凄く羨ましいなって思った」
クレアは名家の令嬢だ。
きっと、商店街の人達からすれば、羨望の眼差しで見られるし、それは商店街の中ではずっと感じていた視線だった。
場違い。そう思ってしまう程に、クレアの纏う雰囲気、風格はお嬢様だ。
だからこそ、隣の芝生が青いように。クレアからしてみれば、下らない家という鳥かごの中よりも、商店街で楽しげに笑って過ごしている方が、よっぽど楽しげに見えてしまうんだろう。
「でもね、皆は私を羨ましいと思うように、私もそう思った。きっと身分とか立場とかってあんまり関係ないんだよ。本当に大事なのは……」
「自分自身が楽しいか? か」
「……うんッ!! 今日、ハルトと一緒に居て、凄く嬉しくて、凄く、楽しかった!! もっともっとハルトの行ってた場所とか知りたいって思ったし、また行きたいって思えた!!」
ニコっと楽しげに笑うクレア。
……名家の令嬢も、商店街に生きる人達も。同じ人間だ。
皆、互いに羨ましいと思う事があれど、元をたどれば、同じ人間。
クレアはそれに気付いたんだ。だからこそ、クレアは俺の前に立ち、真っ直ぐ俺を見た。
「だからこそ、諦めたくないって思った」
「クレア?」
「私は……ハルトの側に居たい。ハルトが大好き。もっともっと私の知らないハルトを知りたい!! だから、私……本気で婚約を破棄したい!!」
ふぅっと一つ息を吐き、クレアは堂々と気品溢れる様を見せ付けながら、手を伸ばす。
「私は私の人生を生きたい……私は私の幸せを諦めない。だから、ハルト。私と一緒に来てくれる?」
「…………」
見た事が無かった。
今までのクレアとはまるで違う。立っているだけで気圧されそうな風格。
そうか、何だかんだ言っても、クレアは名家の令嬢。それだけの圧と品格を兼ね備えている。
俺は尻込みしそうになる自分自身を奮い立たせる。
諦めないか。
自分自身の幸福を。俺はずっとクレアにとっての『最良の幸せ』は婚約する事だと思っていた。
でも、違うんだな。クレア。君は『最高の幸せ』を手に入れたいんだな、君にとっての。
女の子が覚悟をキメて、男はキメない訳にはいかないよな。
俺は伸ばされた手を強く握る。
「勿論。俺も君と一緒に居たい。君の側でずっと……」
「……ありがとう、ハルト。それじゃあ、行きましょう。ワイズマンを説得しないと」
「そうだな。でも、多分大丈夫だと思うぜ。俺たちのデートを見てくれんなら、それに、クレアの幸せを願っているのなら、な」
そう、ワイズマンも俺と同じ考えをしている。
クレアにとって最も幸せな道を選んで欲しい、という願いを。
だから、大丈夫。
「うん、そうだと良いな」
クレアの言葉を聞き、俺たちは歩き出す。俺とクレアの出会った公園に。
そこに辿り着くと、既にワイズマンが居た。
ワイズマンは俺たちに気が付くと、口を開いた。
「おかえりなさいませ、クレアお嬢様、ハルト様」
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