第9話 イチャイチャデートの始まり

「ハルト、早く行こう!!」

「ああ、少し待ってくれな」


 ワイズマンさんが去ってから数時間。

 俺とクレアはデートに向かおうとしていた。ただ、このデートは何処かしらで執事のワイズマンが監視しているだろう。

 それはクレアも分かっているが、クレアはデートに行けるのが楽しみでしょうがないのか、それ以外の事がまるで見えていない。

 ただ、楽しいという感情を全面に出し、玄関で声を上げる。


「ほら、早く!!」

「落ち着けって。楽しみすぎて色々忘れてるぞ?」

「あ……」


 俺は玄関に置いていた新品のマフラーを手に取り、それをクレアの首に巻こうとする。

 しかし、それにクレアが首を横に振る。


「ハルト、それはハルトが使って?」

「え? 新品だぞ? これ。あっちは俺が使ってる奴だし……」

「ううん。私はアレが良い」


 そう言いながら、クレアが指差すのは俺が日常的に使っているマフラー。

 黒く、少しボロボロでほつれている。でも、このマフラーは俺とクレアを繋げたマフラー。


「アレが良い。むしろ、アレじゃないと嫌」

「あれ、ボロボロだぞ? もうじき、変えようと思ってたくらいのやつだぞ?」

「それでも良いの。あれが私とハルトを繋げてくれた大事なマフラーなんだから。後、手袋とジャンパーも。全部、ハルトが私に渡してくれたモノを着たい」


 ニコリと少しばかり上目遣いで笑顔を浮かべながら言うクレア。

 そんなにも特別か。

 だったら、そうするか。俺は自分が着るはずだった防寒具を全てクレアに渡し、着させる。

 すると、クレアは嬉しそうにはにかんだ。


「ふふ、うん。これが良い。あったかくて」

「そうか……じゃあ、俺は新品のやつを着るよ」


 新品、とは言っても、クレアが使っているモノと同じものだ。

 基本的に俺は自分の使っているものと同じものを買うようにしている。

 だから、必然的にペアルックになる訳で。それに気付いたのか、クレアは嬉しそうに微笑む。


「本当のカップルみたいだね、ハルト」

「……そうだな。良し。行くか」


 俺の言葉にクレアは玄関から飛び出し、俺も外に出る。

 それから家の鍵を閉めると、クレアがキョロキョロと辺りを見渡し、顎に手を当てる。


「うぅ~ん、相変わらず隠れるのが上手いわね」

「全然、気配とか分からないな。執事ってそういうもんなのか?」

「ええ。ほら、この家だって聞き込みで知ったとか言ってたでしょ? ワイズマンもそうだけど、執事って時々、不思議な力を発揮するのよ。本当に、それが迷惑な事もあるけどね」


 肩を竦めるクレア。

 やはり、執事というのは何でも出来る存在であるらしい。

 だとすると、後ろの事は何一つ気にする事も無いか。

 後顧の憂いも無く、俺はクレアの手を握る。


「ほら、行くぞ」

「あ……うん!! えへへ」


 むぎゅっと、クレアが俺の腕に飛びつくように抱きつく。

 黒いジャンバーのおかげか、いつも感じる柔らかさと温もりは少し遠く感じるけれど、クレアの確かな重みは感じる。

 それが何だか心地良い。


「それじゃあ、デートに行こうか。クレアは何処に行きたい?」

「ん~、そうね。最初はね――」




 そう言ってから、俺たちが最初に向かった場所。

 それは地元にある小さな『神社』だった。

 階段を上がり、鳥居を前にクレアが目を輝かせる。


「おぉ!! これが日本の神社!! 本当に社があって、あ、お賽銭もある!! ハルト、あの鈴、鳴らしたい!!」


 ビシっとクレアの指差す先にあるのは賽銭箱と吊るされた縄と鈴。

 そういえば、クリスマスも終われば初詣がある。

 この神社もその初詣の準備を進めているのか、境内の中は初詣仕様に変わっている部分も散見される。

 ただ、クリスマスに神社に来るような人間は居ないせいか、俺たち以外の姿は見えない。

 クレアは俺の腕を掴んだまま歩みを進め、俺もそれに倣って足を進める。


 それから賽銭箱の前に到着し、クレアは俺に笑顔を向けた。


「ハルト、お賽銭を貸して!!」

「はいよ。5円で良いか?」

「うん!! 神様に願いを聞き届けてもらわないと!!」


 そう言うや否や、俺から5円玉を受け取り、クレアはそれを賽銭箱の中へと投げ込む。

 ガラガラと嬉しそうに巨大な鈴を鳴らし、それから二礼二拍手をしてから、手を合わせ、念仏のように唱える。


「これから先もハルトと一緒に居られますように……一緒に居られますように……」

「……なるほど」


 そうか。

 そういう事か。俺も5円玉を賽銭箱に投げ、二礼二拍手。

 それから手を合わせ、呟く。


「クレアと一緒に居られますように。一緒に居られますように」


 二人で拝みながら一つ頭を下げる。

 すると、クレアが先に手を解き、俺の手を優しく握る。


「ハルト、日本にはお守りっていうのがあるんだよね!!」

「ああ、あるな」

「じゃあ、恋愛成就のお守りを買いましょう!!」


 それから俺とクレアは賽銭箱の前から移動し、お守り売り場に到着する。

 ちょうど神社の巫女さんが居て、クレアは目を輝かせる。


「わあッ!! ミコさんだよ!! ハルト!!」

「ああ、バイトの……そういや、募集出てたよな……」

「む? ハルト!! 夢が無いようなこと言わないで!!」


 ぎゅぅっと俺の手を強く掴み、反撃してくるクレア。

 その頬をぶすっと膨らませて、とても可愛らしい怒り方だ。

 俺はその頬に左人差し指でぶすっと刺す。


「はいはい。俺が悪かったよ。そうだな、神社には巫女さんが居るよな。あの、すいません。恋愛成就のお守りってありますか?」

「あ、はい。こちらに」


 そう言いながら、巫女さんが指差した所には『恋愛成就』と書かれたお守りが。

 値段は1000円か。結構、するな。

 でも、せっかくのデートの思い出に必要だよな。


「じゃあ、二つ下さい」

「はい、2000円になります」

「はいよ」


 俺は財布の中から2000円を取り出し、巫女さんに渡す。

 それからお守りを受け取り、クレアに渡した。


「ほら、お守りだ」

「ありがとう。これで、もう私とハルトはずっとずっと一緒ね!! 私とハルトの関係は神様も見守ってくれて、お守りだって守ってくれるもの!! 絶対に大丈夫だわ!!

 ああ、そうだ!! お金はちゃんと返すからね!!」

「良いよ、気にしなくて」

「でも……」

「でもじゃない。次、何かやるときにでも払ってくれたらそれで良いから」


 次だ。まだ次のデートをした時にでも払ってくれたらそれで良い。

 だって、デートは今回で終わりじゃないんだから。

 俺の意図を理解したのか、クレアは頷く。


「うん……分かった」

「良し。じゃあ、次は何処に行こうか」

「次はね――」


 そう言いながら、クレアが次の目的地に選んだ場所。

 それは地元の商店街だった。

 

 商店街の入口に立ち、クレアはうんうん、と頷く。


「日本に来て、ここを見た時、入ってみたかったの!! 何だか賑わってるし、面白そう!!」

「ああ、そうだな。ここは賑わってるからな。特に今日はクリスマスだし」


 地元の商店街は地元客だけではなく、全国的にも商店街の中では有名で、多くの人が足を運んでいる。

 特に今日はクリスマスということもあり、かなりの数、人の往来があった。

 これは流石に手を繋がなかったら、はぐれてしまいそうだ。


 その点、大丈夫。何故か。


 さっきからずっとクレアは俺の腕にしがみ付いているから。

 

 そのせいで、商店街から出てくる人達の視線が痛い事、痛い事。


 まず、良くも悪くもクレアは目立つ。

 日本人離れした金髪にスタイル、そして、美貌。

 通っていく男性たちが皆、二度見していくレベルで、クレアを見ては去って行く。

 そして、そんなクレアに非常に懐いている俺に、何故だか怨嗟の眼差しが飛んでくる。

 

 でも、クレアはそんな眼差しを全く気にしていないのか、俺の腕をぐいぐい引っ張る。


「ほら、ハルト!! 一緒に行こう!! 色んなものが見てみたいわ!!」

「そうだな。じゃあ、色々見ていこうか」

「うん!!」


 嬉しそうにはにかむクレアの笑顔を見てから、俺は足を商店街の中へと進めていく。

 楽しいイチャイチャデートはまだ始まったばかりだ。

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