第5話 ハダカのお付き合い

「それじゃあ、ハルト。背中、失礼しますね~」

「あ、あぁ、宜しく頼む」


 俺はドギマギしながら鏡越しのクレアを見る。

 相変わらず、クレアは裸だ。

 何というか、不思議な感覚だ。

 俺は高校1年生。こう見えても思春期真っ只中だ。

 こういう女性の裸というのにはすこぶる興味があるし、気にもなる。

 

 クレアの胸は大きい。少なくとも、グラビアアイドルなんじゃないかと思える程に。

 ドレス姿でも分かっていたが、谷間が当たり前のように出来ていたし、なのに、全然重力に負けていないハリのあるおっぱい。

 そこからのボディラインはなだらかでありながらも、扇情的な曲線を描き、くびれている。

 そして、そこからお尻も大きく、肌艶があり、艶かしいと言える。


 な、何というか。一種の芸術品なんじゃないか、と思うくらいには綺麗だ。


 少なくとも、男だったら嫌いな人は居ないと言える程の身体つき。


 そんな下世話な事を考えているとも知らずに、クレアはタオルで石鹸を泡立たせる。


「じゃあ、洗ってくね~」


 わしゃわしゃわしゃ。

 優しく背中を擦る音が浴室に響き渡る。

 それに呼応するように、プルンプルン、と胸が揺れている。

 何だろうか。男というのは揺れるモノに弱いというのは。

 

 スカートのヒラヒラ然り。

 胸の揺れ然り。


 どうにも、視線が吸い込まれてしまう。


「おっぱい、気になる?」

「うえ!?」

「ふふふ、今、すごくおっぱい見てたでしょ?」

「み、見てました……」


 俺が素直に白状すると、クスクスとクレアは笑い、手を進めながら耳元で囁く。


「じゃあ、ずっと見てていいよ。あ、触るのはまだ、ダメ」

「っ!?」

「フフ、身体を震わせてどうしたの?」

「耳元で囁くのは辞めてくれないか?」

「フフ、ごめんごめん」


 そう言ってから、クレアは俺の耳元から顔を離し、普通に話す。


「男の子は皆、おっぱい好きだよね。日本のアニメもおっぱい大きい子って人気あるし」

「まぁ、男でキライな奴は居ないだろ」

「そうなんだ。私から見ると、肩がこっちゃって大変なんだけどね」


 アハハ、と乾いた笑みを浮かべながら背中が洗われていく。

 何だろうか。鏡越しにずっと見ていられる。クレアももう気にしていないのか、背中を洗い終えると、シャワーを取りに、前へと身体を倒す。


「うんしょっと」

「おいおい、当たってるって!!」

「え? あ、ごめん。でも、柔らかいでしょ?」

「そうだけど……」

「あ、触らせちゃった。じゃあ、ハルトが責任取らなくちゃ!!」


 ニヤニヤと笑いながら言うクレアに俺は一つ息を吐く。


「それは横暴じゃないか? 今のは不可抗力って奴だし……」

「そっか。じゃあ、触る?」

「魅力的だけど、さ、触らない」

「あ、今、揺れたでしょ? 少し触りたいって思ったでしょ?」


 クレアのからかうような言葉に俺はそっぽを向く。

 すると、クレアはからかうように笑いながら、シャワーで背中を流してくれる。

 流石に前は自分で洗――。


「じゃあ、次は前ね」

「前は自分でやります」

「前ね」

「やります」

「むぅ~……」


 俺はクレアを湯船で浸かるように言い、手早く自分の身体を洗っていく。

 何だろうか。不思議なもので、慣れて来た自分が居る。

 まさかこんな適応能力があるとは。

 クレアも同じなのか、じーっと俺を見つめている。


「ど、どうした?」

「ふえ!? な、何でもないよ?」

「……ふぅん。そっか」


 何かじーっと見ていたような眼差しだったけど……。

 

「Is that a man? It's the same as what I saw in the book」

「な、何?」

「何でもない!! 何でもないから!!」

「そ、そっか。良し。俺は終わりだ。じゃあ、次はクレアな」

「分かった。宜しくお願いします」


 頭を下げてから湯船から上がるクレアを見て、俺は目を丸くする。


 え? どういう事?


 それはクレアも予想外だったのか目を丸くしている。


「え? ハルトが洗ってくれるんでしょ?」

「……あ、そういう流れ!? わ、分かったよ」


 俺はクレアを椅子に座らせる。

 本当に綺麗な背中だな。傷一つ無い。俺は石鹸を手に取り、タオルを泡立たせる。

 出来るだけ傷つけないように。優しくタオルで背中を擦る。


「んぅ~。これが背中の流し合いっこ。良いものだね」

「ああ、気持ちいいよな。クレアの力加減もすげー良かったよ。俺はこれくらいで良いか? あんまり激しくすると傷ついちゃうからな」

「うん、すごく、いいよ。気持ちいい……」


 あんまりそういう妖しい事を言わないで欲しいんだけどな。

 俺の心の中にある劣情が顔を出してしまうから。

 でも、それは決して表に出さず、俺は綺麗に洗い流していく。


 すると、クレアが口を開いた。


「ねぇ、ハルト」

「何?」

「ハルトはさ、どうして一人暮らしをしているの?」

「ああ、言ってなかったか。俺は父さんと母さんが居なくてな、爺ちゃんと婆ちゃんの家で過ごしてたんだけど、高校入学すると同時に一人暮らししたんだよ」


 別に隠すことでもない。そのまま伝える。


「……元々、爺ちゃんと婆ちゃんの家は居心地、悪かったからな」

「そうなの?」

「うん。孫だから多少は可愛がってもらってたけどさ。やっぱし、考え方が合わないっていうか。だから、高校生になってから家を出て、まぁ、両親が遺してくれたお金をやりくりしながら何とか生活してる。一応、バイトもしてるしな」

「そうなんだ……凄く、大変なんだね」


 俺はクレアの背中を洗い終え、流れでシャンプーを手に付ける。


「え? 髪も洗ってくれるの?」

「あ、もしかして、自分でやる? もうこの際だからやろうかなって」

「ううん。お願い。ハルトなら、いっぱい、触って良いよ。でも、他の女の子にやったらダメだからね。髪は女の命、なんだから」

「ああ、肝に銘じとく」


 何だ、そんな言葉があるのか。

 俺はシャンプーを泡立たせて、出来るだけクレアの黄金に輝く金髪を痛めないように優しく洗っていく。頭皮から髪の先端に至るまで、全部を丁寧に。


「じゃあ、ハルトは私のパパとママの言う事は聞いた方が良いって思う人?」

「うぅ~ん、正直な所、両親ってのは特別な存在なんだろうなって感覚はあるよ? 父さんと母さんが居ないからこそ、言う事は聞くべきなんじゃないかなって」


 俺は手を進めたまま、言葉を続ける。


「でもさ、それはあくまで俺の意見で、俺が過ごしてきた環境による答え。それがクレアと同じなんて絶対にありえないだろ? だったら、俺はクレアの選択を優先する。

 だって、俺はクレアの両親も知らなければ、その婚約者も知らない。それでクレアが逃げてきたんなら、それがクレアの選択で、俺はそれを応援する。それだけだよ」

「……ふふふ、そっか。ハルトが味方だと凄く心強いよ」

「いや。多分、何も出来ないぞ?」


 いざ、クレアを連れ戻されたら何も出来ない自信があるほどだ。

 何もかも、相手より上回っている部分なんて無いんだから。

 でも、クレアは首を横に振る。


「ううん。そうやって言ってくれるだけで凄く嬉しいんだよ。ハルトが守ってくれるって思うとね」

「……守れるか? 俺が」

「うん。そう信じてる。だって、ハルトだもん」

「何じゃそりゃ」


 ハルトだからって良く分からないが、きっと彼女にしか分からない何かがあるだろう。

 俺はクレアの髪を洗い終えると、クレアは俺からタオルを受け取り、前を洗っていく。

 俺は湯船に浸かり、天井を見上げる。

 

 すると、クレアは洗い終えたのか、湯船の中に戻り、向かい合わせになる。


「ふぅ……後は暖まって出るだけだね」

「そうだな」

「ねぇ、ハルト」

「ん?」


 クレアは体育座りをしたまま、俺を見つめる。


「……また、一緒に入れるかな?」


 その問いかけは何かを確認しているかのようだった。

 そうか。クレアも分かってるんだ。これがいつまでも続くものじゃないって。


 きっと、明日。俺とクレアは別れる事になるんだと思う。


 だとしても、俺は。クレアに向けて笑顔を作る。


「当たり前だ。だって、婚約者、なんだろ?」

「あ……ふふ、そうだね。ハルトは私の、本当の婚約者だもんね」

「……うん」


 それからしばしの沈黙が流れ、俺たちが温まった時。

 クレアが立ち上がる前に口を開いた。


「あ、ハルト。ストップ」

「何?」


 立ち上がろうとする俺を制止し、クレアはすかさず近付く。

 それから俺の頬に軽いキスをした。俺は突然の事に目を丸くすると、クレアはしてやったりと笑う。


「うふふ、今日のお礼。また、一緒に入ろうね。絶対に」

「……うん。そう、だな」


 そうして、俺とクレアは浴室を後にした――。

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