第4話 運命レベルの恋

「ふぅ……」


 俺はリラックスした心を感じながら、天井を見上げる。

 俺は今、湯船に浸かっている。

 あれから、鍋を二人で突き、他愛の無い会話をした。

 そのおかげか、クレアという女の子について分かってきた。


 クレア・ド・クラーラ。


 何でも欧州系の血が入っている女の子であり、年は俺と同い年。

 そして、本物の令嬢らしく、家を何個も持っているとか。

 それだけに留まらず、日常的にパーティなどを行っていたり、社交界の場に呼ばれたりするお嬢様ガチ勢らしい。


 そんなクレアに一年ほど前、縁談の話が持ちかけられたという。


 それがとある財閥の御曹司であり、こうした財閥の御曹司政略結婚をする事がクラーラ家の慣習らしく、自由恋愛の末に結婚というのは認められていないのだという。


 こうした背景から、クレアは相手の御曹司と顔合わせをした際に直感的に思ったらしい。


『この男は嫌だ』と。


 それを現すかのように、日常的に『セクハラ』と『モラハラ』をされているらしい。

 基本的に支配欲の強い男らしく、クレアはそういうのを全く好まず、さらにはクレアの日常生活にまで口を出してくるらしいのだ。

 それを両親に話しをしようにも聞き入れてもらえず、本日の婚約パーティを迎えたのだが。


 それをクレアは何も言わずに脱走してきたのだ。


「……なんつーか、向こう見ずというか」


 婚約パーティを抜け出す、という事は相手の面子を潰す事にも繋がるし、何よりクラーラ家の面子だって保てなくなる。

 そうなると、婚約自体が無くなる事になるのか、それとも普通に連れ戻されて、無理矢理望まない婚約をする事になるのか。


 それがどう転ぶかは分からないけれど、その話を聞いて一つ。


 俺が決めた事があった。


「……だからこそ、拾った責任として。どんな奴が敵になったとしても、クレアのやりたい事を応援してやらないと」


 初めての気持ちだった。

 クレアには幸せになってほしい。あの子の、あの太陽のようにこっちを照らし、勇気をくれる優しい笑顔を影らせてはならない。

 クレアにはいつも笑っていて欲しい。例え、俺の側から居なくなったとしても。


 そんな事を考えた瞬間、俺は湯船のお湯で顔を洗う。


「って、そんな事考えるな!! クレアは俺とは住む世界が違うんだから!! そうそう。あっちは高嶺の花なんだよな。だから、俺みたいな凡人、平々凡々な男がね……無理に決まってる」


 うん、そうだ。無理に決まってる。

 あの子は俺を好意的に見てくれているけれど、それは一時の気の迷いでしかない。

 きっと、彼女なりに大変な思いをして芽生えた感情、所謂、釣り橋効果だ。

 

 過度な期待をすれば裏切られる。それは経験してきたじゃないか。


「……うん。期待しなければ傷つかない」


 そう自分に言い聞かせた時だった。


 ガチャリ。


「あ、あの~、お背中流してもいいですか?」

「ぶべるばぼっ!?」


 突然開かれた浴室の扉!!

 そこに居たのは一糸纏わぬクレアの姿。

 ボンキュッボンのワガママボディがこれでもか、と見せ付けられ、俺は湯船の中でひっくり返る。

 俺は湯船の中で一回転し、湯船から顔を出す。


 瞬間、キメ細やかな白い素肌を晒し、少しばかり頬を紅くし、照れくさそうに笑うクレアが浴室の扉を後ろ手に閉めていた。


「え、えへへ……は、ハルト。一緒に入ろ?」

「な、なななっ!? 何してんだよ!! すぐに出ろって!! 色々見えてるし!!」


 タオルくらい巻けばいいのに、何で裸のままなの!?

 そのおかげか、色々見ちゃいけない所が見えてるじゃん!!


 俺が心の中で突っ込むと、クレアは恥ずかしそうにモジモジしてから、上目遣いで俺を見る。


「だ、だって、色々お世話になってるから……わ、私の身体ってすごい、いいんでしょ? 良く男の人に見られるから、ハルトも喜ぶかなって……」

「う、嬉しいけど……」


 マジマジと見ても申し訳なくなり、俺はすぐさまクレアに背中を向ける。

 しかし、クレアは出て行く所か、椅子に腰を落ち着かせる。


「え、えへへ、か、覚悟は決めてきたんだけど、やっぱり恥ずかしいね」

「お、俺も恥ずかしいんだけど!?」

「……で、でも、一宿一飯の恩って言葉もあるよ? だ、だったら、私はハルトに恩返しがしたい。それが私の身体でも出来るなら……嬉しい」

「お、恩返しって全部、俺がやりたいからやってるだけだって、言ってるだろ。気にしなくても……」


 決してクレアの方を向かずに言う。

 すると、クレアはシャワーで身体を流し、ちゃぽん、と湯船の中へと足を入れる。


 いやいや、入ってくるの!?


 俺が戸惑っていると、クレアが俺の後ろに座り、そのまま――。


「な、何で抱きつくの!?」


 ぎゅっと、優しく背後から抱き締められた。

 いや、出会って1日でそんな事する!? 俺の思考回路がバグり始める。

 背中のやわっこいおっぱいとか、先端にあるポッチとか、何か感じる優しい香りとか。

 クレアの一挙手一投足が俺の心を掻き乱す。


 背中から感じるクレアの体温が少しずつ上がって行き、囁くような声音が聞こえた。


「……ハルト。私はね、あの時、すっごく嬉しかったんだよ?」

「そ、そう、なのか?」

「うん。あの時、私は凄く心細くて、寂しかった。身体も心も寒くて寒くてしょうがなかったの」

「…………」


 俺はクレアの言葉を待つ。


「でもね、あの時、ハルトが声を掛けてくれて、私にマフラーとか手袋とか、それに上着まで貸してくれた。自分だって寒かったはずなのに。それだけじゃない。

 この家に来ても、ハルトはずっと私の為にって行動してくれてたよね?」

「……まぁ、そう、だな」

「クラーラ家の人間じゃなくて、私、『クレア』の為にってしてくれたんだよね?」

「そりゃそうだろ。クラーラ家の事なんて一般市民からすりゃ良く分からないし」


 俺の言葉を聞いて、クレアは俺の背中に顔を埋める。


「それが嬉しかったし、私も何かしてあげたいなって思ったの!! でも、私は今、何も持ってないし、こんなのお金とかじゃ絶対に喜ばないのも知ってる。

 だったら、私の出来る事って、ハルトの為に、私の身体を使うしかないかなって、思って……。


 イヤ、だった?」


 その声は凄く悲しそうだった。

 何でだろう。そんな悲しそうな声を聞くだけで、胸が張り裂けそうになる程痛くなる。


 ああ、俺も一緒じゃないか。


 出会って間もない彼女に強い感情を抱いているのは。


 俺は首を横に振り、ゆっくりとクレアを見る。

 それから、クレアの頭の上に手を置く。


「そんな訳無い。俺は……クレアと一緒にお風呂に入れて嬉しいよ。で、でもさ、やっぱり、こういうのってすげー恥ずかしいじゃん? 互いには、ハダカなんだし……」

「……ハダカの付き合いって言うよ? これで過ごせば、ハルトともっと仲良しになれるかなって」

「仲良くなりたいのか?」

「だ、だって、ハルトは私の旦那さんに、なってほしいから……」


 少しだけ俯き、恥ずかしそうに言うクレアは慌てたように言葉を続ける。


「ご、ごめんね。い、いきなり、出会ってまもない人にこんな事言われてもこ、困っちゃうよね!!」

「あ、あー……そ、そのさ……しょ、正直に言っていい?」

「え? な、何?」


 拒絶されるんじゃないか、という恐怖心が表情から分かる。

 でも、そうじゃない。笑顔を向ける。


「お、俺も似たようなもん、なんだよね。その、俺さ、さっきも話したけど、きょ、今日、フラれてるんだよな、うん」

「うん、言ってたね」

「な、なのにさ。さ、最低かもしれないけどさ。今、滅茶苦茶、クレアに惹かれてるんだと思う……。な、何ていうか分からないんだけどさ。クレアを失いたくないっていうか、悲しんで欲しくないっていうか……き、キモイよな。あ、アハハ……」


 捲くし立てるように言ってしまう俺。

 分かってる。自分がとてつもなくキモイ事を言っているのは。

 それが、叶わない願いだと言う事も分かってるけど、言ってしまった。


 俺の言葉にクレアは目を丸くしてから、嬉しそうに笑顔を見せる。


「そ、そう、なんだ……ハルト、同じ気持ちだったんだね……」

「う、うん……。だ、ダメ、だよな」

「だ、ダメなんかじゃない。私も一緒だもん……も、もしかして、ハルトと私は出会ったら互いに好きなっちゃう運命だったんだよ」


 クレアはそう言い切ってから、嬉しそうにはにかむ。


「そうなんだ、ハルトも同じ気持ち……えへへ、何だろ。すごく、嬉しい」

「……お、俺も嬉しい」


 クレアはゆっくりと手を伸ばし、俺の手を掴む。

 それから指を絡めるように繋ぎ、笑顔を浮かべる。


「えへへ、ハルト。背中、洗っても良い?」

「え? あ、えーっと……宜しくお願いします」


 どうやら、お風呂の時間はまだまだ続くらしい――。

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