第2話 捨てる神あれば拾う神あり
「……さむ」
12月24日。クリスマスイブ。
トボトボとがっくしと肩を落とし、身を震わせながら重く足を進める俺。
俺は今日、一世一代の大勝負に打って出た。
俺にはずっと気になっていた女の子が居た。
俺の通う高校でも一番人気の女の子であり、何人もの男子が告白し、玉砕したという所謂、マドンナのような存在。
俺は入学した時からずっと彼女に思いを寄せていて、それなりに仲良くもしていた。。
友達とも言える関係を結び、ずっと彼女の事を想い、過ごしていたが。
今日、俺は勝負に出て、それを伝えた。
結果は歯牙にも掛けられずに玉砕。
しかも、彼女に言われた一言が俺の心に深く突き刺さっている。
『ごめん。ハルトの事、そういう目で見れないかな。だって、あまりにも普通すぎるっていうか……一緒に居てもそんなに楽しくないし……』
本当に言いたい事を言ってくれる。
その言葉を聞いた瞬間、俺の初恋は砕け散ったし、何よりも自分に腹が立った。
そんな事、俺が一番良く知ってるから。
俺は平凡だ。あまりにも平凡すぎる。
別に成績が突出している訳でもなく、通知表や成績は全てオール○やオール3。
かといって、運動神経も良くも無く、悪くも無い。全くもって印象にも残らない。
それだけではなく、クラスの中でペテン師になって皆の注目を集めるのだって出来ない。
そう、俺は居ても居なくても、そんなに変わらない路傍の石だ。
「……ホント、つまんね」
俺は首元に巻いた少しばかりほつれた黒マフラーに口元を埋める。
何がクリスマスイブだ。俺にとったら、最悪なクリスマスイブだ。
俺は重い足を何とか動かし、身も心も凍えそうになりながら、薄暗い夜道を歩く。
すると、鼻先に雪が当たり、俺は天を見上げる。
「ホワイトクリスマスかよ……はあ~あ、いいな、カップルは幸せに過ごして、ホントにさ……」
フラれたショックが大きいのか、そんな悪態を俺は吐いてしまう。
でも、そんな事を言ったって何も変わらない。
しんしんと雪が降る中、俺は夜道を進む。
歩き慣れた道を進み、俺は自宅近くの公園に到着する。
もうすぐ、家に帰れる。とりあえず、家に帰ったら、適当にゲームでもやって気分転換をしよう。
俺は心を切り替える為に、一度背筋を伸ばす。
「一度、フラれたから何だってんだ。前を向け。この世にはまだまだ無数の女の子が居るんだから」
ぱむぱむ、と少しばかりボロボロになった黒い手袋で頬を叩く。
良し。と気合を入れ、歩き出した時だった。
ちょうど、俺が公園へと視線を向けたその先。
街灯が照らすベンチに誰かが座っている。しかも、背中がガッツリ開いたドレスを身に纏ってる?
俺は思わず首を傾げる。
確かにこの辺りには有名ホテルとかがあるし、ああいうドレス姿の人というのは時折見かける。
しかし、あれは流石に寒くないか?
今日なんて特に雪が降るほどの寒波がやってきている。俺だってマフラーと手袋、そして、ジャンパーと完全防寒をした上でもまだ、寒い。
俺は公園の中へと足を進めると、その姿が少しだけ確認できた。
街灯に照らされて、輝くような金色の髪だ。
それが綺麗に整えられているけれど、何だろう。背中が凄く悲しそうだ。
俺は公園の砂を踏みしめながら、出来るだけ足音を立てながら進む。
いきなりやってくるんじゃなくて、近くに居るというアピールを欠かさないように。
すると、俺の足音に気付いたのか、ベンチの女性がこちらを向いた。
その瞬間――俺の脳天が何かにぶん殴られたような感覚を覚えた。
髪は金色のブロンドヘアー。目は透き通るようなサファイアの如き美しい瞳。
そして、身体付きは明らかに日本人離れしている。肌も陶器のように美しい白色。
目元はパッチリとしているにも関わらず、まん丸の可愛らしい瞳。
顔全体も端正で、黄金比とも言うべき、至極のバランスと美しさを兼ね備えている。
モデルか、アイドルか。そう問われても、それ以上の美しさだと思ってしまう絶世の美女がそこには居た。
女性は俺を見た瞬間に目を丸くし、首を傾げる。
「き、君は?」
「え!? あ、いや、えっと……」
俺はいきなり声を掛けられて戸惑ってしまう。
何よりも綺麗すぎて直視出来ない。バクバクと心臓の鼓動が上がるのを感じ、何故だか顔も熱くなっていく。
いや、ここで何も答えないのは逆に不審者になってしまう。
俺は首に巻いていたマフラーを解き、それから羽織っていたジャンパーを脱ぐ。
それから女性にそれらを渡す。
「こ、これ……使って? 多分、そんな薄いドレスじゃ寒いでしょ?」
「え……い、良いんですか?」
「いいよ。俺は家、近いし。何なら手袋も使って。手、赤くなってるし」
結構長い時間居たのか。
彼女の手が少しばかり赤くなっているように見えた。それだけじゃなく、彼女は鼻も啜っている。
一体全体、何があってこんな寒空の下に居るのか。
理由が気になったが、それは今は良い。
女性は戸惑いながらも俺の手から防寒着を受け取る。
ぴゅぅっと、一陣の風が吹き、一瞬、俺の身体が震える。
「あ……や、やっぱり良いです」
「い、良いから!! 女の子が身体を冷やしたらダメだよ。そ、そりゃ、君みたいなそんな高級そうなドレスとは違って、みすぼらしいけど、無いよりは絶対にマシだからさ、うん」
「…………」
いそいそ、と女の子はジャンパーに袖を通し、それからマフラーを首に巻く。それから手袋を付け、その温もりを感じたのか、嬉しそうに笑う。
「ふふ……すごく、あったかい」
「……だ、だろ? だったら、ほら。それ着て。帰るべき所に帰りな」
「帰りたくない」
「えぇ……何で?」
俺が思わず問い掛けると、女の子はふいっと子どもっぽく俺から視線を逸らす。
「したくもない結婚をしなくちゃいけないから」
「あー……なるほど?」
結婚? 婚約って奴か?
やっぱり、高級そうなドレスを着ているからか、どこぞのご令嬢みたいな感じなんだろうか。
それに顔立ちも日本人離れしているし、多分、外国の方。
年は割りと俺と近そうなのに、色々大変なんだな。
またしても、一度風が吹き、俺は全身に冷たい風が当たる。
流石にこのまま居たら冷えるな。かといって、ここにこの子を一人置いておく事も出来ない。
昨今は物騒だ。
特に彼女がもしも、どこぞの令嬢とかで、身代金目的で誘拐だってされてしまうかもしれない。
俺は震える身体を抱き、口を開く。
「良く分からないけど、君はどうしたい?」
「え?」
「単純にさ、ここに留まるのも危険だし、帰りたくも無いんじゃ、流石に俺も離れられないんだよ。ほら、君が何か悪い事に巻き込まれたら大変じゃん?」
「君は優しいんだね」
「優しいのか? これくらいは普通だと思うけど……」
寒い。俺が身体を震わせると、女性はクスリと笑う。
「だって、今だって私にこれ、貸さなかったら、君は寒くないよ?」
「まぁ、そうかもだけどさ。薄着の君はほっとけないよ。それに何か悲しそうに見えたからさ。って、何言ってんだろうな、俺」
いきなり心の声がそのまま出てしまった。
すると、女性は目を丸くし、俺を見つめる。それからマフラーに少しだけ顔の下半分を埋める。
「ふふ……そっか……君はこれと同じなんだ……」
「何言ってるんだ?」
「ううん。何でもない。君は全然悪い人じゃないんだなって、思っただけ」
ニコリと女性は嬉しそうに笑う。
そうか。さっきまでこの子はずっと俺を警戒していたのか。
まぁ、それは当たり前か。俺が納得していると、女性が立ち上がる。
「私、クレア・ド・クラーラ。君は?」
「俺? 俺は佐藤ハルト。ハルトで良いよ」
「ねぇ、ハルト。私ね、どうしてもパパとママ、それと婚約者の所には帰りたくないの」
「理由は? って、したくもない結婚か。両親に話したのか?」
俺の問いにクレアは首を横に振る。
「ううん。パパとママは家の事と仕事の事しか興味ないから。どうせ突っぱねられるだけ」
「そっか。じゃあ、どうする?」
「ハルトの家に行っていい?」
「……はい?」
唐突なクレアの問いに俺は目を丸くすると、クレアは俺の顔を真っ直ぐ見つめる。
「私は帰りたくないし、ここに居たらそれこそ危ない事に巻き込まれちゃうってのも分かる。で、でも、ハルトの家なら大丈夫だよね? も、勿論、ハルトにとって良い事も沢山する!! お礼だって沢山する!!! だから、ダメ……かな?」
多分、常識的に考えたら両親の下に帰すべきなんだと思う。
でも、彼女は帰りたくなくて、このまま連れて行っても状況はきっと変わらない。
また、クレアは逃げ出すんだろう。だったら。
「……分かった。連れてくよ」
「本当!! ありがとう、ハルト!!」
満面の笑顔を向けられ、俺の心臓が高鳴る。
何だ、その笑顔は。十人の男が居たら、全員落とせそうな、100点満点の笑顔を向けやがって。
俺はドギマギし、顔が急激に熱くなるのを感じ、背中を向ける。
「ほ、ほら、早く行くぞ!! お、俺ももう寒いからな!!」
「うん!! 本当にありがとう、ハルト」
「い、良いから……」
クリスマスイブ。
俺は金髪美少女を拾った――。
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