第69話 逆転! 逆転! 逆転!
「薙ぎ払えっ!」
ライアスを見上げるノア達に向かって宙に浮かぶライアスが強力な神力を撃ち放つと、その神力は甲虫に姿を変えて一斉にノア達に襲い掛かった。
「わわっ」
迫る虫の群れに驚くノアだったが、そのノアの前に張られた障壁によりその虫達は弾かれ消えてゆく。
「ありがとう、げんぷー」
ほっと息を吐いたノアが障壁を張ってくれたげんぷーに一声掛け周囲の仲間達の様子を伺うと、すぐ横にいたアカリがノアと同様にアンフィトリテが張った水の盾に守られながら、小さく口を開いてある一点を凝視しているのに気付いた。
そのアカリの視線につられてノアもそちらを見ると、そこには――
「ははっ、この程度さっきの爆発と比べたら全然余裕だな」
「そんな事言って油断とかしないでよアズミ」
どう見ても人一人分の隙間があるように見えない甲虫の群れを【特売奪取アルティメット】によるステップで躱しまくる、アルティメイド二人の姿があった。
「うっそぉ……」
その理不尽に驚いたのはノア達だけではない。当然ながら攻撃を行ったライアスの方が驚きは大きい。そして理不尽への怒りもまた。
「なっ何だそれはぁーーーっ!」
(避ける隙間など無い攻撃を避けるだと!? そんなものもう人の域を越えているだろうが。何なのだあの二人は!)
だがライアスにとっての驚きはそれだけではない。その視線はノア達にも向けられている。
(それにあの二人の障壁と盾は何なのだ。我の放った神力は精霊如きにそう易々と止められるものでは無い――無い筈だ!!)
心の中で一通りツッコミを入れ終えたライアスは、ここでようやく冷静さを取り戻した。
(いやいや待て、奴等はただの人間ではない。あのメイド二人は直接メイリンから力を得た、そしてあの執事二人も何らかの方法でメイリンの加護を得ているとするならば、あの訳の解らぬ力もあり得ない話では無いだろう。そうだな、ならばこれ以上無駄に力を込めるよりは……)
ライアスはニヤリと口許を歪め、そして次の動きに移る。
(搦め手であろうな)
『くそおーっ、我が力が人如きに通じぬ訳が無いのだ。こうなれば避ける隙間も無い程に弾幕を濃く厚くしてやる。これで貴様らも終わりだ。覚悟するがいい!』
そうノア達に向けて思念の叫びを放ち、ライアスは宣言通りに弾幕の密度を上げ濃く厚くしてゆく。
――ノア達に気付かれないよう注意深く、そろそろと弾幕に混ざる緑色を濃くしながら。
目の前の色がゆっくりと変化してゆくと、人はその事に気付く事が出来ない。
以前、それを利用した現象がそこら中のテレビ番組で持て囃されていた。『アハ体験』という名前で。
一瞬で変化したり変化の前後を並べて比べられればその変化に簡単に気付けるのだろうが、この緊迫した戦いの中では違和感すら感じ取る事が出来ない。
そうして会場内の誰も気付かぬまま、いつしかライアスの放つ神力の甲虫は緑一色となっていた。
(準備完了だ)
ライアスはニヤリと笑みを浮かべ、そしてその
「――放て」
初め、ライアスから放たれた神力は強い打撃力と貫通力を秘めた黒い甲虫であった。
やがてその中に少しずつ明るい緑色をした平たい虫が混ざり始めると、その虫はゆっくりとその数を増し、いつしか全てがそれへと入れ替わっていた。
一見甲虫のように見えるその虫だが、実はそれは甲虫ではなかった。なので当然攻撃力は低く、当たったとしても大してダメージは受けない。
もしノア達4人のうち誰かがその虫の体当たりを受けていたら、その事に気付き違和感を感じ取ったかもしれない。だがそれはあり得ない。何故ならノアとアカリは防御率百パーセント、そしてアイコとアズミは回避率百パーセントだから。
視覚は変化を捉えられず、触覚からの情報も得られない。
そして
彼女達に入れ替わりの変化を気付かせぬまま。
そしてその時がやって来る……
――放て
ライアスの引いたトリガーは、その地面に落ちた虫と今まさに彼女達に向かっている虫、その全てに変化をもたらした。
カメムシの形が弾け、毒素を含み悪臭を放つガスとなって彼女達のいる一帯を包み込んだのだ。
「がほっ、ごふっ」
「げほげほっ、げほっ」
「うぐぇーー」
「けふっけふっ」
ガスの中でノア達は、咳と涙と鼻水で大変な事になっていた。まともに目を開けられず、強烈な悪臭に思考は停止し、猛烈な拒絶反応で息をするのもままならず、襲い来る吐き気に身体をくの字にして悶え苦しむ。
そこはまさに地獄絵図の光景であった。
だが危機はまだ終わらないどころか始まったばかり。
「くくくく……どうだ苦しかろう。所詮貴様らは神から力を借りただけの人間、神であるこの我に敵う訳など初めから無かったのだ。さて、これは神からのせめてもの慈悲だ。これ以上苦しまぬよう止めを刺してくれよう」
ライアスはノア達に向け片手を翳す。
するとその手を真っ黒な霧のような神力が覆い、やがてその霧は恐怖心を誘うようにゆっくりと甲虫に姿を変えていった。
「さあ、今こそ終焉の――」
「ぶ……【ブロワーアルティメット】ぉぉ」
「――何?」
それは庭の落ち葉を吹き飛ばすメイド魔法【ブロワー@掃除】。
アルティメイドであるアイコが放ったその魔法は本来のそれとは桁違いの威力を発し、アイコを中心に巻き起こった猛烈な風が周囲に停滞していたガスを吹き飛ばした。
ようやくノア達を新鮮な空気が包んだ。
四人はゼエゼエと荒い息を繰り返し、体内に充満したガスを急速に新鮮な空気に入れ替えてゆく。脳に酸素が行き渡り、少しずつ思考が戻ってきた。
「水よ」
アカリが珍しく何の捻りも無い一言で自分達の頭上に呼び出した水を落とし、衣服や体表に付いた毒素と悪臭、そして顔にこびり付いた乙女にあるまじき体液を一気に洗い流した。これで後は立ち上がるだけ――
「ふん、今更遅いわ」
その様子を忌々し気に見下ろすライアスはその手に更なる神力を込め、
「ゆけい我が神力より生まれい出でし甲虫達よ。奴らを貫くのだ!」
そして一気に解き放った。
アカリは……極限の状態から水を呼び出したばかりですぐには動けない。
アズミは……起き上がる事が出来ず倒れたまま。
そしてアイコは……先程最後の力を振り絞ってメイド魔法を発動した結果、アルティメイドが解けてしまっていた。
ならば――
「ここは私が頑張る番だよ!」
一人立ち上がったノアは三人を庇うように一歩前に踏み出し、そして障壁を――
「げんぷー!!」
撃ち放った!
障壁を張って守りに入るのは悪手だ。
だってさっきみたいに毒ガス攻撃に変化されたら今度こそ終わりだから。
だから……
守らない! そして全てを跳ね返す!!
「いっけぇーーーーーっ!!」
ノアは全身全霊を込めて拳を振るい続ける。
その拳は障壁を生み出し、生み出した障壁は拳の形となって飛び出し、飛び出した障壁の拳は甲虫の群れに飛び込み、そして射線上の甲虫達をまとめて打ち返す。
だが……
すぐにノアは押され始めていった。
何故なら弾数が絶対的に足りないからだ。
虫が多すぎる! ノアが限界まで障壁弾を増やしても尚、虫の方が遥かに数が多いのだ。
「でも! だけど! 負けない! うおぉぉぉぉぉぉーーーっ」
絶対に諦めない!
諦めたら友達を護れない!
ここで引く訳にはいかないんだ!
かつてない集中力の高まりがノアを一段上に引き上げる。
必死で拳を振るうノアは、自ら気付かぬうちにその限界を超えようとしていた。
その集中力は自らの体内を巡る魔力の流れを把握し、げんぷーの力を全身で感じ取っていた。
そしてノアは……げんぷーの力を理解した。
理解。
それはその力をどのように得て、どのように伝達し、どのように現象化させるか、その一つ一つを把握するという事。
そして今まで感覚で行っていた力の行使を工程、そして手順化するという事。
それによって――
ノアはげんぷーのサポート無しに自分一人の力だけで障壁弾を放ち続ける事が出来るようになった。
そしてそれによって、げんぷーはノアのサポートから解き放たれた。
ノアが自らの手を離れた事に気付いたげんぷーは、ノアのサポートに回していた魔力を止めノアの横に浮かぶと、ノアと一緒に障壁弾を放ち始める。
この瞬間、げんぷーにとって庇護すべき契約者だったノアは、並び立ち共に戦う相棒となった。
障壁弾の数と威力は倍増し、一気に甲虫達を弾き返すとライアスに襲い掛かる!
「おのれおのれおのれーーーーっ!」
自らの目前にまで迫った障壁をその手で叩き落としながら、ライアスは更に神力の出力を上げていった。
残る神力はかなり心許なくなっているが背に腹は代えられない。
もう時間はかけられない。一気に片を付ける!
ライアスは前方に差し出す手にもう片手の手を添え、そして吠えた。
生み出す甲虫をより固くより多く。
「神の怒りを知れ!!」
形勢は再び一気に逆転した。
「そんな……」
――限界を突破し勝機が見えた瞬間に状況をひっくり返される
これはダメだ……
心が、折れる……
だが!
「待たせたな、アクアルナ」
表情に絶望の色が浮かび始めたノアの肩に手を置き、ノアのライバルであり親友である彼女が今、並び立った。
アカリちゃんと一緒なら……
アクアルナと一緒なら……
二人一緒なら……
折れない!
折れる訳がない!
さあ行こう、反撃の時だ!!
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