第68話 ライアスの爆発
魔力の渦が消えた事でようやくライアスの姿が視認出来るようになった。
身長は高く二メートル程もあるが非常に痩せていて、遠目から見た姿は巨大な棒人間かそれとも擬人化したナナフシか。
彫りが深く整った顔立ちは痩せて頬も痩けているせいか陰気な印象を放ち、髪と瞳の色はどちらも深緑色で全身に付けた玉虫色のアクセサリーと共に非常に目を引く。
そのライアスから突如として爆発的な魔力が放たれ、それは大気を揺るがす衝撃波となって会場の全てに襲い掛かる。
大惨事間違いなしと思われた状況であったが、ここで一つ会場の観客達にとって幸運な事があった。
それは、会場にいた全ての観客がライアスの重圧により座席に押さえつけられており、衝撃のエネルギーが彼らの頭上を通りすぎていってくれた事。
ライアスが狙ってそうなった訳ではないが、もしそれが無かったとしたら会場中の人々はその衝撃波により吹き飛ばされていた事だろう。
――至近距離で直撃を受けてしまったノア達のように。
試合場の端の壁に全身を強く打ち付けたノアは、その全身の痛みと筋肉の緊張に息をするのもままならない状態であった。
「かっ……こぁっ……」
もし障壁弾を放ちながらも身を守る障壁を展開する事が出来ていれば。
あるいは衝撃波が届く前に神掛かった反射神経で障壁を張る事が出来ていれば。
それは考えても仕方がない事だ。
そのどちらも出来ないが故の、この結果なのだから。
「うぐぅ……」
戦いが始まる時に
それから
更にそれに重ねて
「リリー、モード【百薬樹】。全員を回復して」
そして――――ついにノアは立ち上がった。
右手で額を押さえながら立ち上がったノアは顔を上げてライアスの様子を伺い――目の前のその光景に目を疑う。
「アズミ右っ!」
「任せろっ!」
何と、ライアスの周囲を白と黒の格闘系メイドが縦横無尽に駆け回り、その小さな拳で代わる代わるライアスに激しい攻撃を仕掛けていたのだ!
何故彼女達はあの激しい魔力爆発をものともせずに戦えているのか――。
その秘密は彼女達が使っている【特売奪取アルティメット】にある。
全てをすり抜けるその彼女達のステップは、何とライアスを中心に全方位に放射されたその衝撃波すらも避けきる事に成功したのだ。
特売に群がるお姉さま達に負けない為の魔法が、神の力を凌駕した瞬間である。
華麗なステップにより敵の全方位攻撃を無傷で乗り切った二人は、爆発の中心で棒立ちとなっていたライアスに反撃を仕掛けた。
もちろんライアスも伊達に神を自称してはいない。初めの何発かは直撃を受けてしまったものの、それ以降は防御と回避に徹する事で最小限のダメージに抑える事に成功したのだ。
だがこの激しい反撃はノア達にとっては大きな救い、そしてライアスにとっては大きな誤算であった。
何故なら、それさえ無ければライアスは倒れ伏していたノア達に追撃出来ていただろうから。
そしてその攻撃を受けていたら、ノア達は二度と起き上がる事がなかっただろうから。
「……どうやらあの二人に救われたか」
繰り広げられている戦いに立ち尽くすノアに、横から聞き慣れた声が響いた。
「アカリちゃんっ!」
アカリである。
ノアと同じく先程の衝撃波で水の盾を展開する暇もなく撥ね飛ばされていたアカリである。
他の仲間達はどうなったのだろうとノアが周囲を見回すと、その姿はすぐに見つける事が出来た。
だがどうやらみんな無事に回復はしているものの、ライアスの放つ重圧により身動きをとる事が出来ないようだ。
「みんなはまだ無理そうだよー」
違う……このライアスはさっきまでのライアスとは完全に違う!
(一度に使用できる魔力に上限があると言うのは間違いだったのか?)
先程までとは全然違うライアスのその溢れ出す力に、一度は確信を得た自分の推測が揺らぎ始める。
(一体どういう事なのだろう?)
そんなアカリの耳に、ふとノアの呟きが届いた。
「ピンチになると急に強くなるなんて、アニメとかゲームの敵キャラみたいだよー」
(ピンチになると強く……確かにゲームのボスにありがちな……って、そうか!!)
アカリはハッと顔を上げた。
「流石は我がライバルアクアルナ! そう、あれは恐らく発狂モードだ!」
「わわっ、アカリちゃん!?」
急に両肩に手を置いて興奮した顔を近付けてきたアカリにドギマギしながら、アカリは問い返す。
「えと……発狂、モード?」
ノアの肩から手を離し、アカリはライアスに目を向けた。
「ああ。発狂モードとはゲームのボスキャラが残りHPが少なくなると最後の力を振り絞ってこれまで以上の攻撃を始める事だ」
「あっ、何かそれ覚えがあるかも」
ノアも過去にやったゲームでそんな事があったのを思い出した。
涙目で『急に強くなるなんてズルいよー』とボヤきながらも頑張ってクリアした、そんな思い出。
「ゲームのボスは終わるまで強いままだが、現実ではそんな事は無い筈だ。奴は恐らく何かのリスクを抱えて戦っている」
「リスク……?」
これまで力を抑えていた理由。
自身の身体に何らかの無視できないダメージを受けるのか、使用時間に限りがあるのか、それとも別の何かに影響が出るのか……
そのリスクを承知の上で勝負に出たというのなら、この先時間と共にライアスが手段を選ばなくなってゆくと考えた方がいい。
ならばここで採るべき手段は――
「行くぞアクアルナ、このまま一気に決着を付けるんだ!」
再び立ち上がったノアとアカリを、ライアスは視界の端にしっかりと捉えていた。
(おのれ、まだ来よるか)
現時点でのライアスは、当然知名度がゼロで信者もゼロ。
そんなライアスが一体どのようにして神力を得る事が出来たのだろうか。
それは少し昔の事……
ある時、とある神が人界に訪れた。その神が人界の野山を散策していると、偶々近くにいた一匹の小さな虫が風にたなびく神の裾に絡め捕られた。
そしてその神は虫の存在に気付かずに神界へと帰ってゆく。
こうして神界に入り込んだその小虫は、神界に満ちている神力を少しずつその身の内に蓄積し、やがて偽神と呼ばれる存在にまで成長し――そしてライアスが誕生した。
そんなライアスは偽神であって神ではない為、自ら神力を生み出す事は出来ない。
故にその身の内に蓄えた神力は神界で吸収したもののみである。
そしてライアスは今、神界を出て人界に顕現しているが、当然その人界には吸収できる神力など存在してはいない。
つまり、ライアスに使える神力はこれまで己の体内に蓄積してきた神界の神力と、神界に繋げた細いパスを通じて僅かに流れ込んでくる神界の神力しかないという事だ。
更に悪い事に、神界とのパスの維持にも神力を消費する。それはつまり、体内に蓄積した神力を使い果たしてしまうと神界とのパスも維持できなくなると言う事。そうなれば神界の力を得られなくなるだけでなく、神ではないライアスと神界との結び付きが失われ二度と神界に戻れなくなるのだ。
アカリの考えた通り、いやそれ以上の大きなリスクをライアスは背負っていたのである。
(神力を使い切る前に何としても奴等を倒し、人間共の信仰心を我が手中に収める! セバスティがあそこから抜け出す前に!)
ノアとアカリはアイコ達の元へと向かい、彼女らと共にライアスと戦い始めた。接近戦の始まりだ。
「ほやあぁぁぁっ!」
「ノア! よかった無事だったのね!」
「来たかアクアルナ、それにイグ――アカリも!」
「……イグネア・アニュラスだ、ょ?」
二人とも先程の反省を活かし、ライアスの攻撃に瞬間的に対応出来るようそれぞれの精霊に障壁と水の盾をスタンバイさせている。
これなら接近戦の最中に不意の攻撃を受けても対応出来る――げんぷーとアンフィトリテの頑張り次第ではあるが。
四方から上上下下と繰り返される連撃に対し、これ以上余計なダメージを受けたくないライアスは出力のレベルを上げてひとつひとつ堅実にいなしていった。
だが時折頬を掠める敵の攻撃とじりじりと続いてゆく神力の消費に、焦りの色は徐々に濃くなってゆく。
やがてライアスは正面から受け止める事を諦めた。
「ふん、これ以上は付き合い切れん。ここからは我の時間だ。一方的に蹂躙してくれる!」
そう言ってノア達を見下ろすライアスは、地表を離れ地上から三メートル程の高さまで浮かび上がった。
「ああっ、逃げ――」
「逃げたのではないっ!!」
ノアの言葉をライアスは喰い気味に否定した。
人間の攻撃から逃げたなどと広まったら信仰心を集めるのに支障が出るどころではない。だからこの攻撃をもって全力で否定する。逃げたのではない、攻撃の始まりなのだと。
ライアスはその神力を自らと最も相性の良い昆虫の形に変化させると、それを弾丸としてマシンガンの如くノア達に浴びせ掛けた。
「神の力を思い知るがよい!!」
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