第65話 警備隊

暴風の収まった会場で、観客達が身を起こし始めた。

そして試合場に目を向けた彼らが目にしたものは――


『おおっとぉ、あれは一体何でしょう! 試合場の中央に揺らめく人のような形をした光の塊、あれは誰かの精霊か、はたまた何かの魔法なのかぁ!? どうご覧になりますか奈留橋さん?』

『私にも分かりません。『精霊に近い何か』のような感じを受けるのですが、同時に精霊とは根本的に何かが違うような感じも受けます。ちょっと判断がつきませんね』


試合場の隅ではノア達静岡チームの面々もその人形ひとがたをした光に注目していた。

「もしかしてあれがストーカー?」

「さっきの口振りからしてそう考えるのが自然な気がする」

「全身が光輝くストーカーの神様とか」

「ストーカーの神様って事はストーカミサマ?」




「人間共よ平伏ひれふすが良い、神の降臨である」


ライアスは空気を震わせ、自らの言葉を音として発した。どうやら今度はテレビやラジオの中継も意識したようだ。


「我が名はライアス、全ての執事とメイドを統べる神である。我が名はライアス、その方らが信奉するセバスティとメイリンの上位神である。我が名はライアス、今この時より世界の全てを統べる神である」


ライアスのこの宣言は公共の電波とネットを通じ、日本中へそして全世界へと発信された。

だが当然そう簡単に受け入れられる筈もなく――


『おおっとこれはどういう事でしょう。今の声は精霊によるものか、それとも何らかの魔法による現象でしょうか? ちょっと場が混乱していますので、この隙に両チームの選手達に訊いてみましょう。静岡チーム、これはあなた方の精霊や魔法による現象ですか?』


「「「「「違いまーーす!!」」」」」

過多味の問い掛けに声を揃えて返事をする静岡チーム。あの下品に光るストーカーが自分達の仕業とか勘弁して欲しい。


『それでは東京チームの皆さんでしょうか? 東京チームの皆さーーん?』

だがその過多味の問い掛けに東京チームからの返事はない。

『返事がないようですね。ではもう一度――』

『過多味さん、もしかして東京チームは全員ダウンしているのではないでしょうか?』

問い掛けを遮る奈留橋の言葉に過多味が東京チームの状況を注視すると、確かに奈留橋の言葉通り東京チームは誰一人として動く気配がない。


『本当ですね。という事はこの試合は静岡チームの勝利という事でよろしいのでしょうか? でもうそうするとあの『ライアス』と名乗る現象は一体何なのでしょうか。ご覧の皆様も非常に気になるとは思いますが、ここは大会本部の判断を待つ事にいたしましょう』


流石はプロの実況と言うべきか、過多味が最初に気にするところは試合の勝敗である。だがその事がライアスの神経を逆撫でしたようだ。

ライアスから声無き言葉が発せられた。


――平伏せ


その言葉は会場内の人々の頭に響き渡った。

そしてそれを聞いた人々は、心と身体にのし掛かる重みに耐えきれず座席に地面に実況席に突っ伏した。


その声はテレビやラジオ、ネットの向こう側の人々にまでは届いてない。

だがその瞬間、誰も彼もが得も言われぬ圧迫感を感じ、ある者はその口を閉じある者はキーボードを叩く手を止めた。


そしてノア達は――

「そう言えばさっき『我が名はライアス』とかって自己紹介してたよー」

「大事な事だからなのか三回繰り返してたな」

「ストーカーは名前ではないと。なら職業か」

「それも違う気がするけど」

平然と会話していた。


そんな一年生四人に上級生達は驚きを隠せない。

上級生達は皆のし掛かる重さに立っているのがやっとだったからだ。

「……あなた達よく平気ね」

「……重いぃぃ」


「「「「何が?」」」」

四人は揃って首をかしげた。

『重い』って何の事だろう?


その様子にはライアスも気付いていた。

自分の発した神威はあの四人の手前で霧散させらているようだ。そんな事が出来るとすれば――

『メイリンの加護、か……』


だが四人のうちの二人は執事、メイドでない者にどうやって加護を?

『まあそれは重要ではない。くくく、重要なのは奴らを倒して加護のパスを乗っ取ればメイリンに干渉出来るという点だ』

光に隠れたライアスの表情は、舌なめずりし邪悪な笑みを浮かべたそれであった。


「さて。我が前に立ち塞がる不敬な者共よ、光栄に思うが良い。この神ライアスが直々じきじきはらってやるのだからな」

ノア達と戦う気マンマンのライアスであるが当然そうはいかない。ここは全国大会の会場で今はその試合中なのだから。


『準決勝戦、静岡対東京は静岡チームの勝利とします。そしてそこの光は何らかの力の暴走と判断し、大会本部にて対処を行います。試合場の選手達は至急退去して下さい』


場内に本部からのアナウンスが流れると同時に、精霊を連れた多くの警備員達が試合場に上りライアスを取り囲んだ。当然全員執事である。


「対処だと? 人間ごときが神に逆らおうとは思い上がりも甚だしい。その愚かな選択、己が身をもって後悔するが良い」

荒ぶるライアスに警備隊が対処を開始する。


「カメさんチーム障壁展開。目標を隔離せよ」

ライアスの周囲に魔力が渦巻き始めるのを見て警備隊長は隊員に指示を送ると、カメタイプの精霊を連れた隊員達が障壁を展開しライアスの周囲を幾重もの障壁で取り囲んだ。


「おおー、げんぷー見て見て。お友達が頑張ってるよー」

ノアの頭の上に現れたげんぷーは、そのままノアの頭に鎮座して前足をバタつかせる。同じカメタイプの精霊達を応援しているのだろうか。


「ふん、この程度の障壁など取るに足らぬわ」

ライアスを中心に魔力の渦がまるで小型の台風のように勢力を増し、その魔力の暴風に煽られた障壁が内側から順に砕け落ちていく。


「クマさんチーム突撃、目標にのし掛かりだ」

最後の障壁が破壊されると同時に、クマタイプの精霊達が体長三メートル程に巨大化して突撃、ライアスの手前でジャンプするとライアス目掛けて次々と落ちていく。

先程までライアスがいた場所は、クマの山と化した。


「やったか!?」

思わずそう口にした警備隊長、そしてクマさんチームの隊員達もまたその光景に勝利を確信した。

だが――


――控えよ


脳裏に響くライアスの声、そしてその声と共に力と輝きを増した魔力の渦によって、クマ山の黒だかりは積み上がった状態そのままに撥ね飛ばされていった。

隊員達の頭上に。


「たっ退避っ!」

隊長の掛け声で素早く後方に飛び退いた隊員達の眼前にクマの山が落下する。

その衝撃で跳ね返り再び空中を舞うクマ達だったが、そのまま元のプリティサイズに戻り契約者達の所へとふわふわふらふらと戻っていった。


「パワーでダメならスピードで! イヌさんチーム、ネコさんチーム、ウサギさんチーム、トリさんチームは敵を撹乱しつつ全方位から攻撃、ヘビさんチームは隙を見て攻撃! 皆頑張って!」


警備隊だけあってトリさんチームは皆鷹や鷲などの猛禽類。その猛禽類がライアスの頭上を飛び回り爪を立てようとする。

そして地上ではシェパード、ボクサー、ドーベルマンなどで構成されたイヌさんチーム、ネコというより猛獣と称した方がスッキリする種類を集めたネコさんチームが精霊・隊員入り乱れて走り回り、一撃必殺の蹴りを叩き込むチャンスを伺うウサギさんチームが跳ね回る。


代わる代わるライアスに攻撃を仕掛けるもふもふ達。だが――

「効かぬわ」

その牙も爪も蹴りもライアスには届かない。

全て魔力の渦で止められ逸らされてしまうのだ。


「ただの精霊が神の戦いに割り込むなど」

巨大化した魔力の渦は警備隊とその精霊達を飲み込み、試合場の外へと吹き飛ばされた彼女達にもう起き上がる力は残っていなかった。



「さて、次はお前達の番だ」

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