第64話 ライアスの怒り

静岡チームは牧島まきしまマキ、絵巻えまきミヤ、打出うちいでマレット、鴨百かもももモモカの四名が蜘蛛の糸に捕らえられ、残るはこの八名。

真名まなアイリ(主)

水月みづきノア

火輪ひのわアカリ

恋沫こいあわアイコ

桐野きりのアズミ

苑森そのもりミサ

揮雅ふらがリア

甲野こうのサザナミ



東京チームは鷺名波さぎなわナギサ、鳴枝なるえだエルナ、小海奈おみなミオ、乃須柳のずゆうユズノの4名が分霊わけみたまの要であるブローチを破壊されて意識を失い、残るはこの八名。

浪那なみなミナ(主)

名澤なさわサナ

波多はたウタハ

鳩木庭はとこばコトハ

堀北ほりきたキリホ

小岩こいわイコ

亀有かめありアメカ

金町かなまちマナカ


開始と同時に静岡チームの四名が脱落した事で、このまま東京チームのワンサイドゲームになるかとも思われたが、逆襲に転じた静岡チームにより今度は東京チームの四名が脱落、これにより両チームとも残り人数は八名、再び勝負は振り出しに戻った。


などと実況の過多味かたみキミタカと解説の奈留橋なるはしハルナがマイクに向かって話している間に、戦いは次の局面に向けて動き出していた。



『よくも我が分霊わけみたま達を……許さぬぞ』

ノア達の頭の中に、何処からか怒りに満ちた声が響いた。

口調は先程の小岩こいわイコと全く同じだが、空気の振動すら感じられそうなその低い声は明らかに彼女のものとは違う?


「今の声……誰?」

「何だか頭の中に響いたんだけど?」

ノア達はキョロキョロと辺りを見回すが、それっぽい奴は見当たらない。


「アズミ」

「ああ」

こうなったらチームの皆に事情を説明して協力してもらうしか……

「ってかよく考えてみたら別にメイリンから口止めとかされてなかったよな」


アイコに頷いたアズミは敵の動きに注意しながら声を上げた。

「今しゃべった奴、あいつの名前はストーカー。メイド神メイリンの敵だ」

「ストーカー!?」

「メイリン様の敵のストーカー……って事はもしかしてメイリン様のストーカー!?」

「名は体を表すってやつね」


不思議とアッサリ信じたチームメイト達。

これには逆にアイコとアズミの方が面食らってしまう。

「いや自分で言っておいて何だけど、随分簡単に信じたな」


そんなアズミの言葉に返事を返したのは【蔦千手】に囲まれたアイリだ。

「私はあちらのチームが急に『神気』に近い気配を放ち始めたのを不思議に思ってたから。それにチームメイトの言葉だもの、皆疑う理由とか無いわよね?」

「「「「「うんうん」」」」」

「「「「「そうそう」」」」」


アズミの言葉で敵から感じた神気の謎が解けたアイリだったが、そうすると今度はアズミの情報源が気になる。

「それでアズミ、どうしてあなたはその事を知ってたの?」

その会話にチームのメンバーも興味津々で耳を傾ける。試合中なので視線は敵から外さないが。


「前にアイコと二人でメイリンに呼び出された事があって、その時に聞いたんだ。で、ストーカーを何とかして欲しいって頼まれたんだよ」

「ああ成程、メイリン様から直接ね。だったら間違いな――――って、え!?」

「「「「「メイリン様に会ったぁ!?」」」」」


想定外の爆弾発言に、思わず分霊達に向けていた視線がアズミに集中!

だが――


『誰がストーカーかっ!!』

脳内に響き渡る怒声とともに、アズミにターゲットを変更した全ての分霊達が陸から空から一斉に襲い掛かった。

「やばっ!」


「しょっ【障壁】! でっかいの! げんぷー!」

「リリー【蔦千手】でアズミを守って!」

「白雪、空中の敵に【八艘跳び包囲陣】」

「真神、地上の敵を足止め!」

それぞれがそれぞれの対処を行い、何とか気の攻撃を食い止める。


『おのれ忌々しいセバスティの手先共め。こうなればもう手段など選ばぬ! 行けい、我が眷属よ!』

ライアスの意識と同調する分霊達が眷属の偽精霊ぎせいれいを呼び出さんと右手を翳した。

呼び出すのは器となった彼女達ではなく分霊が行うため、最早そこに執事もメイドもない。

「「「「「【軍隊召喚】!!」」」」」

そして試合場は数えきれない程のハチ、アリ、クモ、カメムシ、ガで溢れ返った。


「いやあぁぁぁぁっ!!」

「たくさんのむしがうぞうぞって、うぞうぞって!」

「背筋がぞわっと、ぞわっとぉ!!」


会場内のあちこちに悲鳴が上がるが、至近距離で虫の群れを見たノア達もまた、今すぐにこの場を去りたい気持ちで一杯である。

そんな中、アイリは――

「リリー、【モード万薬樹ばんやくじゅ】」

自らの身を守る【蔦千手】の結界を解除し、契約精霊のリリーを植物から薬を生み出す【万薬樹】へと変化させた。


「アイリ、今は怪我人はいないよ?」

不思議に思ったミサがアイリに問い掛けると、アイリはにっこり笑って、

「ミサ知ってる? 虫が嫌いな植物ってね、実は結構過激な手段をとるのよ? さあリリー、あの群れに『虫嫌いな黄金花』」


リリーは可愛らしい白い花にその姿を変え、花びらの中央からムシの群れに向かって透明な液体を大量にスプレー散布し始めた。


その夏場の台所などで見覚えのある光景に、思わずミサは目を見開く。

「まっまさかコレは……」

「嫌な虫には殺虫剤、当然よね」

どうやらアイリは視界を覆う大量の虫達に対し、静かにキレていたようだ。

そこに慈悲はない。


精霊界の除虫菊はかなり強力なようで、大量の害虫達はスプレーを浴びるや否やその動きを止め、ハラハラと地面へと落ちていった。

『なっ、何という非道な事を! 貴様には血も涙も無いのか!』

「血も涙も無いのはムシ達を戦いの場に呼び出したあなたの方です。大体、前の試合で見せた技に対応策を講じられるのは当然の事。そうでしょう、カ・ミ・サ・マ?」


ノアはアイリの背後に立ち上る黒い何かを幻視する。表情だけ見れば優しげなのに。

「アイリ先輩が怖いよー。急にどうしちゃったの?」

「ほら、アイリ先輩の実家って神社だから。神様を自称する人にはアタリが厳しいんじゃないかな」

ノアの疑問に応えたのはサザナミ。そしてその推測は正しかった。


「さあ皆、そろそろ決着を着けるわよ。ノア、ミサの【八艘跳び包囲陣】の中に向けて障壁弾を連射して。ミサは少しずつ陣を狭めて敵を一ヶ所に集中させて」


敵の殲滅を目指してアイリの指示が飛ぶ。

空中の四人が障壁弾を受けてボロ屑になってゆくのを確認し、次は地上の敵へとターゲットを移した。


「サザナミ、地上の敵を一ヶ所に追い込んで。アカリとアズミは追い込んだ敵に爆破放水よ」


始まった猛攻になす術もなく、空中でも地上でもみるみる消耗してゆく分霊達。このまま続ければ勝利はもう間違いない。

だが――


『許さぬ、許さぬぞ! 人間共のルールで戦うのも一興と思っておったが、もうこれ以上の狼藉は許さぬ。ここからは我自らが神威を示すとしようぞ!!』


頭の中にライアスの大きな声が響いたその次の瞬間、試合場の中央で光が爆発した。

その爆発によって試合場にいる静岡と東京の選手達は皆一様に吹き飛ばされ、試合場の端まで転がっていった。


「一体何事!?」

それ物理的な力をもった魔力、そしてその魔力が周囲の空気を吹き散らし、爆心地が一瞬の真空と化す。

そして爆発が収まると今度は逆に真空地帯目掛けて周囲の空気が雪崩れ込む事で暴風となり、まるで会場は小規模な台風の直撃を受けているかのようだ。


当然観客達もその暴風に巻き込まれていた。

皆悲鳴を上げる余裕すらなく、座席に蹲り身を縮め嵐が過ぎ去るのを待つ事しか出来ない。


そしてこちらは試合場の片隅にある実況席。

多少の被害は見られるものの、実況席を囲うように張り巡らされた障壁により暴風から守られていた。


『これは大変な事になりました! どちらのチームによるものかは不明ですが、これはやり過ぎでしょう。没収試合となる可能性もありますよ!』

『私の障壁が消えるまでに本部の判断が出てくれると良いのですが』


解説の奈留橋なるはしハルナは執事である。

格闘の会場で実況を行う以上は戦いの攻撃に巻き込まれる可能性があるため、身を守る術を持つ事が解説者として必要な資質。奈留橋が契約するカメタイプ精霊が強大な魔力を感知し、自らの判断で障壁を張ったのだ。魔力を大量につぎ込んだ、燃費の悪い強力な障壁を。


『そうですね。この勝負に決着が着くのが先か、大会本部から何らかの裁定が下されるのが先か、はたまた奈留橋さんの障壁が消えて我々が吹き飛ぶのが先か。予断を許さない展開となっております!』



戦いはいよいよ最終局面を迎えようとしていた。

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