第63話 逆襲の序曲

『静岡チーム、いきなり四名が網に捕らえられてしまいました。これは痛い!』

『ええ、特に近接戦闘の牧島マキ選手と遠距離攻撃の鴨……モモカ選手の離脱が大きいですね』


会場に響き渡る実況を聞き、会場の観客や中継の視聴者達も静岡チームの危機的状況を悟る。これから始まるのは十二人対八人の戦いなのだと。

「皆! 複数人に囲まれないよう周囲と連携。あと空中からの攻撃にも気を配って!」

静岡チームの全員にアイリからの指示が飛んだ。




「アカリ、水の用意よろしく。爆発する系のやつ!」

「分かった」

敵の正体を知るアズミは、遠慮は無用とばかりにペアを組むアカリへと水素爆発を発注する。大型消防車並みの威力の放水、そしてそこからの爆発ならば例え相手が神の力を得ていたとしても!!




「ノア! 私が飛び込んで相手を撹乱するから、その隙にノアは障壁弾を飛ばしまくって。かなり固めのやつ!」

「分かったよー」

こちらはアイコ、やはり遠慮無用のスタンス。

そして相棒のノアもまた一試合めに不甲斐ない姿を見せてしまった経験から、手加減などする気は一切無い。




「真神、そろそろ行けそう?」

甲野こうのサザナミの問いに無音の遠吠えで応える真神。

不幸中の幸いというか、先程の戦いがあっという間に勝負が付いてしまった結果、真神が呼び出した部下達は短時間の虫退治をしただけでほとんど魔力を消費せずに帰還、それによって短時間で再召喚可能となっていた。

そして今、名に『神』の一文字を持つ銀狼が率いる狼の群れが、神の分霊わけみたまに挑む!




「白雪、【八艘跳び包囲陣】」

苑森そのもりミサの精霊は白ウサギ。

得意技の【八艘跳び包囲陣】は、指定した範囲を小舟の形をした八つの白い魔力の壁が取り囲み、外に出ようとする動きを感知するとその前に立ち塞がり跳ね返す。

敵にとっては牢獄の檻となり自分にとっては敵を翻弄する足場となる、攻防一体の陣である。


「よし、予定通り一人だけを陣で囲めた。リア、作戦開始だよ!」

「ええ行きましょう。ふふ、戦いとは相手より有利な場を設けるのが鉄則。常に一人の敵を二人で相手取れるなんて、とても素晴らしい作戦ですわ」




それぞれがそれぞれの戦いを始めるなか、【蔦千手】で身を守るアイリの元にも空から敵が襲い掛かる。

「やっぱりどの選手も同じ神気を発してるわね。見た事もないムシの精霊を連れている事といい、この人達を操る黒幕がいると考えるのが自然か」


【蔦千手】の自動迎撃を掻い潜ろうとする相手チームの少女達の様子を観察しながら、アイリは勝利への道筋を探り続ける。


「二回戦めで見せたブローチの怪しげな挙動からして、今回もブローチが鍵になりそうね」


ブローチが頭から外れた瞬間、まるで急に意識を取り戻したかのように辺りを見回し始めた少女。そして試合終了後、倒れる少女の頭にそっと戻っていったブローチ。

そのうえ今回はメイドだけではなく全員が同じブローチを頭に着けて出てきたのだ。

どう考えても怪しすぎる。


「リリー、ブローチよ。迎撃しながらブローチを狙って」


ブローチを破壊、もしくは先程のように頭から外す事が出来れば。

彼女達を自称『神』とやらの支配から解き放つ事が出来るかもしれない。

そしてきっとそれこそが勝利への一番の近道。

まずはその確証を得る!




「我が糧となれ【ヴァッサークヴェレ】」

胸の前で拳を握る香ばしいポーズと共に、アカリはゆらゆら揺らめく水の塊を呼び出した。

「おおっし、じゃあこいつを――メイド魔法【高圧放水@掃除】!」


アズミが放った放水は狙いたがわず東京チームの小海奈おみなミオに直撃した。ミオはその強烈な水圧に一瞬よろけたものの、不遜な態度で言葉を返す。

『一瞬でも我をよろめかせた事を褒めてやろう。だがこの程度の力では我を後退させる事など出来ぬ』

その言葉は浴び続けている放水が口の中にも飛び込むせいで周囲には『がぼがぼっっががぼ、ぼむぼむがぼぼ』としか聞こえていないが、おそらく思念として届けているのだろう、アカリとアズミにはしっかりと届いていた。


「成程、確かに遠慮はいらなさそうだ。ならば――」

左手を前に差し出したアカリはその親指と人差し指を擦り弾くような仕草とともに呟いた。

「イグニッション」

珍しく英語で……


発生した現象は劇的であった。

高圧の放水は続いたまま、ミオの身体に当たり周囲に飛ぶ水滴が全て青白い炎となって爆発したのである。

四方八方で連続する爆発にミオの身体は木の葉のように翻弄され、そしてそんな状態では到底踏みとどまる事など出来る筈もなく、最後は呆気なく高圧水流に弾き跳ばされていった。

衝撃で頭から外れたブローチをその場に残して。


「アカリ! 今すぐそのブローチを破壊して!」

その様子を見ていたアイリは素早く指示を飛ばす。

その指示を受け、アカリは一瞬の迷いもなくブローチ周辺の水を爆発させた。

『ぬおおぉぉっ! やっやめ――』

地に落ちたブローチは自らの周囲を光で囲い、アカリが巻き起こした絶え間ない爆発からその身を守っていたが、やがて耐え切れずにその輝きは徐々に薄れてゆき、そして光が消えると同時にとうとう砕け散った。




「メイド魔法【特売奪取@買物】」

アイコは魔法のステップを繰り出し、敵の集団の中をスイスイとすり抜け駆け抜けてゆく。そのアイコを捕まえようと分霊達が待ち構え追い縋るが、その度にするりと躱され触れる事すら出来ない。

『何だ、一体何が起きているのだ。まさか実体のない幻影なのか?』


混乱する分霊達だったが、もちろんこれは幻影などではない。

ただ単に、この程度の動きが出来なければ、世のお姉さま方を出し抜き特売品を手に入れる事など出来ないという、それだけの事。

そしてこの場においては、特売コーナーでは決して許される事のないある行為が可能となる。そう、直接攻撃が。


「うにょらららららららるおぁ!」

アイコに全神経を集中させた分霊達目掛け、ノアが障壁弾を連打し始めた。

ノアの拳から飛び出した拳型の障壁が立て続けに分霊達に激突する。だが――

『ふん、この程度の硬さの魔力など幾ら数を撃ったところで――』

「あ、忘れてたよー。いつもより固くするんだった」


そして放ち始める、いつもよりずっと固い拳。

『こっ、この程度の硬さ、など……』


平然としていた分霊達はやがて怒りの表情を浮かべ、

『この程度……この……痛いわっ! いい加減にせぬかっ』


そして段々と涙目となり、ついには――

『はぅ……んぶっ……ぐがっ……』

くぐもった悲鳴だけが口を吐くようになった。


「ノア、ストーップ。さてそれじゃあ次は私の番、本邦初公開のメイド魔法【サイクロン@掃除】」

アイコの新しいメイド魔法、それはアズミとの雑談から生まれた新しい非常識。

ノアの拳で地面に倒れ伏した分霊達を中心に、サイクロン――竜巻が巻き上がり、その身体を空中に吸い上げ始めた。


浮かび上がった少女達の身体は、サイクロン型掃除機に吸い込まれたゴミのように空気の中を激しく動き回り、そしてその激しい風により頭からブローチがポロリと剥がれ落ちた。

「はい、小さなゴミは中央にぃ」

アイコの言葉通り、三人の少女達から取れた三個のブローチは渦の中心へと移動し、そのまま地面に落ちていく。

そして意識を失った少女達は、まるで空気で作られた掌の上に乗せられたかのようにそっと地面に降ろされていた。


「えっと、あのブローチを壊せばいいんだよね」

ノアの繰り出した特大の障壁弾により、地に落ちた三個のブローチは粉々に砕け散った。



さあ、残る分霊はあと八体!

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