聖バスティアーナ学園の非日常 ～ 執事の少女はメイドとともに神を救う

第62話 戦いの始まり

戦いが始まった。

静岡チームの主（あるじ）役を務めるアイリは、試合開始と共に早速動き出す。

「リリー、【蔦千手】」

精霊の力によって現出した蔦はアイリを覆い尽くす結界となり、襲い来る者からアイリを守りつつ自動で迎撃を行う。この結界によってアイリに護衛を置く必要がなくなり、結果他の全員が攻撃に参加出来るのである。

そしてその横では、いつもの通りマレットとミヤ、そしてリアが全員にバフを掛けている。

「メイド魔法【福引＠買物】よ」

マレットに『ラッキーハンマー』の称号が与えられる切っ掛けとなったメイド魔法。幸運を呼び寄せる事で、ちょっとした良いことが積み重なる。戦いにおいては、自分の攻撃は当たり易く相手の攻撃は避け易くなる。

「メイド魔法【丈夫＠保育】なりけり」

ミヤの得意魔法。身体が頑丈になり、少々の攻撃は跳ね返す。

「メイド魔法【元気苺】ですわ」

リアのオリジナルメイド魔法。人と精霊がいつも以上の力を発揮出来るようになる。また継続的に疲労を回復する効果がある。

これら力の底上げがここまで勝ち進んだ彼女達の躍進の原動力のひとつであったのは、間違いないだろう。

そしてもうひとつ忘れてはならないのは、ベンチにいるカナタの精霊ルークによる【俯瞰】の共有だ。上空から見下ろすルークの視界を『格闘』競技に出場している全選手に共有する事により、チーム全員が会場全体における敵味方の動きを把握し、効果的な撃破とスムーズな連携を可能としているのだ。

「では次は自分の番でありますな。メイド魔法【狙撃】であります」

モモカが狙撃するのは東京チームの選手の頭に鎮座するヘアブローチ。『羽の生えたカマドウマ』のような形をしたアレである。

モモカが発射した魔力の弾丸は狙い通り東京チームの先頭にいた三年生執事の小岩（こいわ）イコのブローチに命中した。

だが――

弾丸が直撃したにも関わらずブローチは揺らぎもしない。

「ははは、狙ってくると思っていたぞ。先程の蜻蛉偽精霊はしてやられたが、これは我が分霊。我にそのような豆鉄砲は通用せぬ」

イコはとても少女のものとは思えぬ笑みを浮かべ、そう小さく呟く。その声はモモカに届く筈がない程小さかったにもかかわらず、何故かモモカの耳に届いていた。

「っ単発で駄目なら連射で――」

「させぬ。神に弓引いた事を後悔するがよい。【蜘蛛】」

イコのすぐ前に白い塊が現れ、それは次の瞬間まるで弾丸のようにモモカに向かって飛び出した。

「危ないっ！」

狙撃手であるモモカを守るため、その射線へと割り込んだ牧島（まきしま）マキは、その白い塊を叩き落とそうと拳を構えた。

「なっ！？」

白い塊はマキのすぐ眼前で破裂した――いや、破裂したように見えた。

糸が勢いよくほどけるように広がると縦糸と縦糸の間を横糸が繋ぎ、瞬く間に蜘蛛の巣のような網となる。その網は飛んできた勢いのまま前方に広がり、そこにいたマキとモモカ、そしてすぐ横にいたマレットとミヤを包み込んだ。

「うそぉ！」

「であります！？」

「ちょっ」

「わろしー」

四人を捕らえた蜘蛛の網はそのまま彼女達に幾重にも巻き付いた。

「こんな糸なんて！」

網を鷲掴みにしたマキは、そのまま糸を引きちぎろうと全身にあーもんの力を漲らせた。だが、糸は弾性があるのか多少伸び縮みはするものの、どれだけ力を込めても全く切れる気配がない。

「その糸は神である我が生み出した神力で出来ておる。人や精霊ごとき力で切れはせぬ」

不思議と響くイコのその声に、モモカはチームメイトに注意を発した。

「皆気を付けるであります。あの人さっきから自分の事を神様とか言ってるであります！　要注意であります！」

モモカの声を聞いたノア達は、驚きと共に一斉にイコに視線を向けた。

その視線を受けたイコは愉快そうに、ノア達全員に声を掛ける。

「神である我の存在に気付いたか。ふはははは、勝ち目の無い戦いに絶望するがよい」

だが、彼女達の反応はイコの――ライアスの想定とはかなり違っていた。

「うそ、ホントに神様って言った！」

「痛い……聞いてるだけで心が痛いよ」

「ねえ、あなた小岩さんだっけ。大丈夫？　疲れてたりしてない？　大会本部に言って休ませてもらおうか？」

「まさかの自称神降臨……このイグネア・アニュラスを軽々と越えてくるとは」

「神様だったらさ、お賽銭とかあげたほうがいいのかな？」

そう、ある意味当然だとは思うが『イタイ子』扱いである。

彼女達にとって神と言えばセバスティとメイリン、それ以外の神を自称するなどあり得ない行為なのだから。

「じっ自称ではない――いや確かに今のは自称と言えば自称であるが――だが断じて自称では……」

若干のダメージを受けつつ論理のループに突入したライアスの分霊（わけみたま）だったが、静岡チームの中には、そのフロントエンドであるイコへと厳しい視線を向ける者達もいた。

「やっぱりか……穢れを含んでるみたいだけど、この気配は確かに神気よね」

まずは霊能力を持つ真名アイリ。

そしてこの二人も。

「うわ、ホントに出た」

「アレってアレだよな、前にメイリンが言ってた――」

「うん、メイリンを狙ってる『気持ちの悪いストーカー』だよね、きっと」

恋沫（こいあわ）アイコと桐野（きりの）アズミは、メイド神（メイリン）からストーカー被害について打ち明けられ、その対処を依頼されていた。

それは神認め（かみとめ）の儀の時……

『ああ、貴女達のような力ある子の出現を待っていました。お願いです、どうかその力を私に貸して下さい。あの『気持ちの悪いストーカー』が私を狙ってるんです』

突然見た事もない白い部屋に転移させられた二人は、そこでメイドの神メイリンに出会い、話を聞いていた。

「ストーカー……だって？」

『ええ、あの者はある日突然私とセバスティの前に現れました。そして言ったんです。メイドと執事により大きな力を与えて世界を統治させ、私達が人界を支配すべきだと。私達を信仰する者のみの世界を造り、その信仰心からより大きな力を手に入れるべきだと』

「うわ、典型的な悪い神様だ」

アズミの言葉にメイリンは首を振る。

『そもそもあの者は神ではないのです。強力な思念体が神気を吸収した事で神に近い力を手に入れた紛い物、所謂『偽神（ぎしん）と呼ばれる存在なのです』

「偽神……」

『その言葉に怒ったセバスティはあの者を追い払い、私達にまた平穏な日々が訪れました。ですがそれから暫く経ったある日、ふとセバスティの気配が感じられなくなったのです』

「えっ？」

「事件発生か！？」

『いえ、その事自体は特に心配はしていません。別の神界に用事があって出掛けるというのはよくある事なので。ですが問題はそこではないのです』

メイリンから漏れた溜め息で、アイコとアズミは何となくその『問題』が分かってしまう。

『セバスティの気配が消えた事で、あの者が再び姿を現すようになりました。そして『セバスティの事は忘れ、共に世界を支配しよう』などと何度何度もしつこく……っていうか、私って相手の言葉じゃなくってその真意が伝わってきちゃうのよ。で、あいつの真意っていうか下心って言うのが……ああもう、ほんっと気持ち悪い！』

「うわ……キモ」

「あの、追い払うことは出来ないのですか？」

「私自身は戦う力を全く持っていないのよ。もしそんな力があったらあんな奴ああしてこうして、それから消滅するまでボコり倒して……」

かなり色々と溜まっているようだ。

気付けば途中から口調も変わり、それまでとのあまりの落差にアイコとアズミがポカンとする中、メイリンの話はますます愚痴っぽくなって…………

それとともにメイリンに対する二人の感情は信仰心から親近感へと変化してゆき、そしてついにはその頼みを引き受ける事を決めたのである。

もし自分達の前にその偽神ライアスが現れたら、メイリンの代わりに盛大にボコると……

そして今、眼前に現れた敵は偽神ライアスの分霊（わけみたま）。

「ねえアズミ、何て言うかさ……すっごく今更なんだけど、神様ってどうやってボコればいいと思う？」

「メイリンの頼みだからってその場のノリでオッケーしたけど、そう言えば何も考えてなかったな。メイリンも何も言ってなかったし。まあでもアレしかないだろ？」

二人は顔を見合わせて笑みを浮かべ、

「「当たって砕け！」」

そして前を向く。