第60話 絶対に負けられ…なくもない

「ごめん、負けちゃった」

ベンチに戻った甲チームの少女達の第一声である。


だが、それに応える乙チームの面々の表情は明るい。

「大丈夫、ポイントはまだまだリードしているし、それにあなた達のお陰で相手の感じや戦い方が見られたしね」

「うん、これで対策が立てられる」

「そうそう、むしろありがとうだよ」


「みんな……」

「次の二戦目で私達が勝つから決戦は甲乙合流する第三戦目よ。この試合、体を休めながら敵の特徴をよく見ておいてちょうだい」


頼もしいリーダーの言葉にようやく甲チームの表情は和らぎ、勝利に向けて次の行動を開始するのだった。




「ポイントはどんな感じだと思う?」

「んーーー多分だけど……これじゃまだまだ次の試合で普通に勝っても逆転は難しいっしょ」

「いっそ次の試合はわざと負けて三試合目に全員でド派手に決めちゃう?」

「うん、それいい考えだと思うけど……」

「けど?」

「ギリギリの超接戦で負けないと、ポイント差が引き離されると思う」

「あ、確かに」


「よし、じゃあ次は制空権を保って相手を翻弄、人員の損耗は極力避けて相手の人数を削り、一瞬の隙を突かれてチョンマゲを奪われる、こんな感じで行くわよ」

「「おおーー」」

作戦は決まった。

だが東京チームの誰も、チームメイトのメイド達が一言の意見も意思も見せていない事に気付かず、不自然とも思っていない……




双方が所定の位置に付き、そしていよいよ乙チーム同士の戦いが始まる。

静岡の乙チームはサザナミの代わりにアイリが加わった、このメンバー構成。

一年生、桐野きりのアズミ(主)

一年生、火輪ひのわアカリ(執事)

二年生、打出うちいでマレット(メイド)

三年生、真名まなアイリ(執事)

三年生、鴨百かもももモモカ(メイド)

三年生、苑森そのもりミサ(執事)


一方東京の黒百合メイド執事高専はこのようなメンバーだ。

甲チームに高学年の執事を寄せていたため、こちら乙チームはメイドが高学年で構成されている。

一年生、鷺名波さぎなわナギサ(執事)

一年生、鳴枝なるえだエルナ(執事)

二年生、乃須柳のずゆうユズノ(執事)

二年生、小海奈おみなミオ(メイド)

三年生、亀有かめありアメカ(メイド)

三年生、金町かなまちマナカ(メイド)



『さあ間もなく二戦目が開始されますが、こちらはどうご覧になりますか奈留橋なるはしさん』

『そうですね、甲チームの戦いでは東京チームの全員が空を飛んでいました。執事とメイドの全員がです。甲チームに飛べる選手を集めたためなのか、それともチーム全員が飛ぶことが出来るのか……それが大きなポイントかと思います』


ビーーーーーッ


『さああ、いよいよ試合が開始されました! 果たして――っ飛んだぁ。東京チーム、またも全員空を飛んでいるぞーーーっ!』

『メイド、また飛んでますね。あれは一体どのようなメイド魔法なんでしょうか、非常に気になります。そして執事ですが精霊はクモ、カメムシと蝶? いや蛾でしょうか? ……私、今回ちょっと見た目に関するコメントは控えさせていただきます』


『クモは糸を延ばして風に乗っている感じでしょうか? 春の風物詩だった甲チームの羽アリに対してこちらは秋の風物詩ですねぇ』

『静岡乙チームが空中の相手にどう対処するか、注目です』


「やっぱりそう来たわね。リリー、【蔦千手つたせんじゅ】。アカリ、アズミ、やっちゃって!」

「「了解」」


アイリは【蔦千手】による鞭で、アズミはアカリを水源に放水で襲い来る敵を迎撃する。空飛ぶ執事とメイドは飛来する鞭に怯んだところに消防車並みの放水が直撃し、水の勢いに押されるように地面に落下した。


「くっ、流石に対応が早い!」

「ていうか今の水の魔法がライアス様の言ってたアレっしょ?」

「全身ビショビショとかマジムカつくんですけどぉ」

「ミオ、マナカ、アメカ、乾燥お願い」

「「「――メイド魔法【乾燥@洗濯】」」」


ユズノの指示に従い三人のメイド達は魔法を発動した。感情が一切入っていない平坦な声で。そのメイド魔法は制服の水気を一瞬で全て飛ばし、ふっと一息ついた東京チームは再び戦闘態勢をとった。

「こいつら相手に全員で飛ぶというのは悪手っぽいな。なら高速飛行出来るミオ、マナカ、アメカが上から、私とナギサ、エルナが地上からだ。ナギサとエルナはチャンスと見たら【軍隊召喚】で嫌がらせだ」

「「りょーかいっ!」」



細かく指示を飛ばす相手チームの様子に、アイリもチームに指示を送る。

「何か仕掛けてくるようよ。【俯瞰】の映像は常に確認しつつ個別に狙われないようアズミとアカリ、ミサとマレットのペアで常に連携。モモカは作戦通りアレを狙い撃って。私は後方から全体への支援を行うわ」

「うむ」

「分かったぜ」

「分かった」

「了解」

「了解したであります」


後方に控えるあるじ役のアイリとその横で【狙撃】魔法を構えるモモカ。

その前方にはアズミとアカリ、ミサとマレットがペアとなって展開して敵の襲撃に備える。その陣営に、まずはトンボのように自在に飛び回るメイド達が空から襲い掛かってきた。


「いきなり来たでありますな。【狙撃】」

一人のメイドが射程距離に入ったと見るや否や、モモカはそのメイドの頭を狙い撃った。正確に言うと、右側頭部に着けたトンボのヘアブローチを。


「っ!?」

モモカの【狙撃】は狙い通りアブローチを打ち抜き、メイドの頭から弾け飛んだ。

その瞬間、メイド――金町マナカは飛行能力を失ったかのように落下し始める。


そのまま墜落するかと思われたマナカだったが、素早くその真下に回り込んだミオにより墜落を免れた。

そのまま地面に軟着陸したマナカだが、何やら様子がおかしい。驚いたような表情で辺りを見回し始めたのだ。

「え? 何? あれ? ここ控室じゃ・・・ない? ええっ、もしかして試合始まってるの!?」


その只ならぬ様子に一瞬静岡チーム全員の意識が試合から外れ、その視線が彼女に集中した。

「ちゃーんす! 【軍隊召喚】、からの【悪臭】!」

エルナが手を上げると鮮やかな緑色の小さな虫達が現れて静岡チームの中を飛び交い、そして――


「「「くっさぁーーーー!!」」」

「「おげぇーーー」」

「「うぷっ」」

静岡チームの全員が悶絶し始めた!


そう、その緑の虫は――カメムシ。

取り囲んだ大量のカメムシが一斉に悪臭を放ったのだ。

その様子を見たナギサから連続攻撃が放たれる!

「いけっ! 【軍隊召喚】、からの【鱗粉】!」


ナギサから放たれた大小様々な蛾が静岡チームに突撃し、敵味方構わずぶつかり合って鱗粉を撒き散らす。

鱗粉で視界を奪われた静岡チームの上から、羽が痛んで飛行出来なくなった蛾と自らの匂いで気絶したカメムシが降り注ぐ。

「うわぁっ!? 虫、嫌ぁ!!」

「目が、わたしの目がぁ」


あまりの状況に半分パニックとなった静岡チーム、

だがその中で、唯一現状を打破する能力を持ち合わせたアカリが吠える!

「ふっ……ざけるなぁ!!」

怒りの声と共にアカリは自分達全員を包み込むように大量の水を出現させ、その一番外側の皮一枚を分解して水素爆発を巻き起こした。


ドバンッ!


一瞬の青白い爆発。

その爆発は虫も匂いも鱗粉も吹き飛ばした。

そしてその次の瞬間、爆発から自分達を守った水は身体から匂いと鱗粉を洗い流しながら虚空へと消えてゆく。


そして会場がどうなったかと言うと――

後に残ったのは全員無事な静岡チーム、そして爆発で倒れ伏す東京チーム。

その東京チームにアイリはそっと【蔦千手】を延ばし、ユズノの頭からちょんまげを剥ぎ取った。


ビーーーーーッ


『試合終了! 何と静岡チームが想像するのも憚られる大変な状況から一発大逆転! 恐るべし静岡チーム、恐るべし火輪ひのわアカリ!!』

『最後はイグネア・アニュラス選手一人で東京チームを全滅させてしまいましたね。水と炎、そして爆発と使い分ける攻防一体のその能力は、もしかしたら今大会一と言えるかもしれません』


興奮する実況と解説、そしてその言葉に熱狂する観客達。

両チームの応援団を含む会場全体の視線が集中する先は、『ふふん』と小さく胸を張るアカリの姿だ。


そんな中、モモカの【狙撃】で飛ばされていたトンボのブローチが、人目をはばかる様にゆっくりとマナカの頭に戻ってゆく。

その様子を、唯一人アイリだけが厳しい表情でじっと観察していた。

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