第58話 控室にて堕つ
『総合』競技が終わり、両チームそれぞれ控え室に戻ってきた。
ここで開始時間まで『格闘』競技の準備や作戦会議を行うのだ。
「皆様のお陰でポイント大量リードですわ」
「ええそうね。もし『格闘』で二敗してもあちらに大きな技術点でも入らない限りうちの勝利は揺るがないでしょうね」
「まっでも油断はよくないな、油断は」
「勝ち遠からじ。いとをかし」
静岡チームの控え室、会議というよりこれはもうフラグ建築現場。
フラグは会議室で建ててるんじゃない、現場で建ててるんだ!
そしてこちらは対戦相手である東京チームの控え室。
「おいこれどうやったら勝てるんだ?」
「頑張る」
「どうやって?」
「何とかして」
「いやだからその為の作戦をだなぁ」
「……」
「はぁ」
こちらはこちらで『総合』競技開始前の強気の姿勢は欠片も見られない。既に心は折れているようだ。
「ま、勝利条件としてはさ、まず大技ぶちかますっしょ? 静岡の連中を全滅させるっしょ? それで全勝するっしょ? 後はハデに盛り上げるっしょ……そんな感じ?」
「遠い……な」
「あはははは…………は?」
「何、コレ……」
不意にキョロキョロと周囲を見回す東京チームのメンバー達。
それも当然だろう。
彼らがいた先程までの控え室とは全く違う、床も天井も無くどこまで続いているのかも把握できない、そんな360度全てが真っ白な景色へと突如として変わってしまったのだから。
椅子に座っていた者も立ち上がっていた者も皆一様に浮かんでおり、足の下にあった筈の床の感触が感じられない。
メンバー以外は全て白、白、白……
ただ何も無い、床も壁も重力すらも――いや重力は感じられる、上下の感覚はあるのだが宙に浮かんだまま落下する気配がない――そんな空間に突然移動してしまった!?
「な、何なワケこれ!?」
「謎空間とか勘弁して欲しいわー」
「はっ!? まさかこれは――」
「知っているのか
「謎の白い空間、きっとこれこそが噂に訊く異世界転生、そしてこの後女神が――」
『我は女神ではない』
「「「「「っ!?」」」」」
そちら方面に造詣が深い二年生執事の
確かにこのバリトンボイスで『女神です』などというのはあまりに――
『我は執事とメイドを司る上位神ライアスである』
その声と共に、彼女達の前にその存在が姿を現した。
だが、彼女達の戸惑いは増す一方だ。
「ライアス……様?」
「誰か知ってる?」
「知らない」
「初耳」
「だって執事は『セバスティ様』で、メイドは『メイリン様』でしょ?」
「「「「「だよねー」」」」」
そんな彼女達の声に応えるように『ライアス』は語り始める。
『うむ。実はな、先日そのメイリンがセバスティを封印し幽閉してしまったのだ』
「「「「「なっ!?」」」」」
「なぜ?」
『『方向性の違い』だそうだ』
「バンドかっ!」
思わず飛び出した鋭いつっこみは、果たして誰が発したのか……
『メイリンは『私達が加護を与えた子達が平凡な人間に仕えるなど間違っている。メイドと執事こそが人間達の主となるべきだ』と主張し、そんな彼女を諌めようとしたセバスティを……』
それを聞いたメイド達は、信じられないという表情で首を振る。
「そんな……メイリン様が……」
『そして彼女は動き始めたのだ。今年新しくメイドになった一部の少女に、メイドとしては不必要な程の魔力と戦闘力を与えた。狂ってしまったメイリン、その野望の先兵に選ばれた少女こそが、今君達と対戦しているチームにいる二人の一年生メイドなのだ』
「マジで……!?」
敵チームに、狂った神の力が!?
『だから私は君達をこの神域へと呼び寄せたのだ。メイリンの野望を阻止し、セバスティを救い出す為に。君達にはこの私の使徒としてこの戦いに勝利して欲しいのだ』
だがそんなライアスの願いに、チームリーダーである
「それは……正直難しいと思います。私達にはその勝利への道が見つけられなかった」
その声にチーム全員が先程までの会話を思い出して俯いた。
『うむ、分かっておる。神より力を与えられた者と戦うのは非常に困難だ。そこで君達には我の力を与えよう。それにより君達は強大な力を手に入れ、勝利を掴む事が出来る筈だ』
「私達、勝てる……の?」
「ねえ……どうする?」
「どうしよう」
突然降って湧いた大きな話に彼女たちは戸惑いを隠せない。
『皆で相談して決めると良い。この神域は人の住まう場所とは時間の流れが違う。いくら力を得る事に何のリスクも無いとはいえ、余程優れた者でもなければ、急な話ですぐに決断するというのも難しいだろう』
「さすが神様、話が分かるじゃない」
「ささ相談相談。で、どうする?」
「ライアス様さ、リスクが無いって言ってたよね」
「うん、確かに言ってた」
「悪い話じゃ……ないよね」
「ん、それに相手は神様だし」
「それは確かに」
話は徐々に受け入れる流れに。
そしてそこに決定的な一言が。
「だったら協力しよう。時間の流れが違うといっても、余りに決断に時間が掛かったら私達が『優れた者』じゃないって証明するようなものだし」
「私達は優れている……はず」
「だよね、うん協力しよう」
「「「「「賛成!!」」」」」
顔を上げた東京チームのメンバー達にライアスが問いかけた。
『どうするか決まったようだな。どのような答えとて我は受け入れよう』
「はい。……ライアス様、私達はセバスティ様をお救いする為、ライアス様に協力いたします」
チームを代表してナギサがライアスに答えを返した。
真っ直ぐに自分を見つめるその眼差しを受け、ライアスは満足げに頷く。
『うむ、協力感謝しよう。それでは早速始めるとしよう』
少女たちは一斉に頷いた――
『それでは執事の君達は契約している精霊を呼び出すのだ』
「「「「はい」」」」
呼び出しに応え執事達のすぐ横に浮かんだ精霊達は、ライアスの姿を見て怯む様子を見せた。
その精霊達にライアスは声を掛け、手を差し出す。
『今から彼女達には私の精霊を与える。その契約が終了するまで、お前達は我の元にいてもらう事となる』
その手の平から精霊達に力の奔流が延びると、その力に包まれた精霊達は小さな光の珠となってライアスの元へと吸い寄せられていった。
「「「「「ああっ」」」」」
これまでの一緒の日々を思い出し悲しげな声を上げる少女達、そんな彼女達を安心させるようにライアスは語り掛けた。
『この精霊達はセバスティの眷属だ。彼らはこの神域にて我が保護していよう。君達はセバスティを救うまで我の精霊と契約し、すべて終わった後にこの精霊と再契約すれば良い。もちろん我の精霊を選択する事も可能だがな』
安堵の声を上げる少女達にライアスの声は続く。
『それでは執事達には我の精霊を与えよう。そしてメイド達にはメイリンに与えられた魔法にメイリンからの悪影響を受けぬよう我の加護と力を与えよう』
その声と共にライアスから少女達に光の帯が延びた。
「――これが、力……凄い、身体の奥からどんどん溢れ出して……。ふふふ……勝てる、これならば……勝てる!!」
「うん! 悪いメイドと、ついでに静岡チームも全員倒して、みんなでセバスティ様を助けよう!」
「「「「「おおーーーーーっ!!」」」」」
目の前に浮かぶ精霊達はこれまで見た事のない姿だったが、何故か執事達はその事に何の違和感も覚えない。
ライアスの光を浴びたメイド達の目から光が消え、声を出さずただその場に立ち尽くしている事も妙だとは思わない。
そして、最後まで一度もライアスの言葉を疑う事の無かった自分自身にも。
そんな自分達に暗い笑みを浮かべるライアスの姿にも――――
こうして静岡チームの誰も気付かぬうちに建ったばかりのフラグは回収されていたのである。
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