第57話 作戦勝ち

『では最初の種目『ペット』です。これから皆さんには自由奔放過ぎる大型犬を躾けていただきます。まずは自由奔放過ぎる大型犬、入場!』


実況の声に合わせて扉が開くと、中から二頭の大型犬が飛び出して会場中を掛け回った。

リードを持った係員をバナナボートのように引き摺りながら。


「うわっ、あれマジ? って言うかいくら何でも自由奔放過ぎない?」

「まあ実況の人も自由奔放過ぎるって言ってたし」

「確かに……って、いやいやいや、あれを躾けるとか無理ゲー過ぎない?」


「「むしろ乗りたい、乗りこなしたい」」

周囲が引く中、そう犬達に熱い視線を投げ掛けたのは、二輪部の篝火かがりびアヤナと馬術部の江見川えみかわカミエ、どちらもメイドである。


「これ完全に裏目った? このお題だったらサザナミがいてくれたら一発だったのに」

サザナミの契約精霊真神は狼にしてリーダーの特性を持つ。周囲の犬やイヌタイプ精霊を従わせる事が出来るのだ。


「ならここは一発マイクに威嚇させて……」

そう呟くのは二年生執事の北見きたみタキ。彼女の契約精霊マイクはヘビタイプで、姿を消したり相手を【緊縛】する能力を持つ。だがここで彼女が考えたのは【巨大化】して威圧させる事だ。確かにそれならばどんな犬でも大人しくなるだろう。なるだろうが――


「それってさ、怯えさせるだけでお題の『躾け』とは違うんじゃないかな」

ペンギンをお腹に抱えた三年生執事の南極なぎめコノハから至極もっともな指摘が入り、

「あ、やっぱり?」

やっぱり却下。


「ここはワタシに任せて貰うのです」

「エイヴァ?」

「やれるの?」

「ドッグは友達、怖くないです。きっちり上下関係叩き込んでやるのです」

「……友達だけど上下関係あるんだ」


他に手を挙げる者もおらず、そのままこの競技はエイヴァが担当する事になった。

「パディー、行きますですよ」

エイヴァは駆け回る犬に向かって颯爽と歩き出す。

相棒である契約精霊、テディベアの姿をしたパディー(エイヴァの後頭部にしがみついている)と共に。


「相変わらず自由ね、エイヴァのパディー……」



「Come on! Good boy!」

エイヴァが声を掛けると、二頭の犬がエイヴァに向かって方向を変え、嬉しそうに走り寄ってくる。


(なになに!?)

(遊んで遊んでっ!)

「Oh! 先着一名様限りなのですよおっ!!」

そんな叫びが通じる訳もなく、自由奔放過ぎる大型犬二頭は加速しエイヴァに飛び掛かった。


犬種は世界有数の大型種であるセントバーナードとチベタン・マスティフ。

顔立ちと姿形は可愛らしいが、二頭合計で百五十キロを越える重量が時速五十キロ以上の速度でぶつかってくるのだ。

ほとんど交通事故である。


「Oh well! こうなったら纏めて相手してあげますのです! Don't go yahhh!ドンと来いやぁ!


覚悟を決めたエイヴァ。

後頭部から流れてくるパディーの力を全身に巡らせ、二頭の突進をを力いっぱい受け止めた。


ドムッ!


肉と肉がぶつかり合う低い音が響き、エイヴァは一メートル程押し下げれらながらも受け止めることに成功、そしてその頭上を犬達に引き摺られていた係員達が「ぽーん」と飛んでいった。

悲しげな、だが安心した顔で。


「あの人達、受け止めた方がいいのかなってぼくは考えてるよ、マイ?」

「彼らもプロなんだから余計な手出しはしない方がいいとボクは思うよ、セイ――あ、落ちた」



放物線を描いて地面に熱烈なキスをした係員達が回収されていく中、エイヴァによる説教が行われていた。

「あの人達を見なさいです。あなた達のせいで怪我をしましたですよ」

二頭の犬達もその自覚はあるのか、頭を垂れて大人しく説教を聞いている。


まあもっとも大人しくしている本当の理由は、ふたりがかりの全力の突進を受け止めたエイヴァを自分達の遥か上位の存在と認識したためであるが。


「力がある者こそ、周りに歩を揃える必要が――ちょっと聞いてますですか?」

「「くう~ん」」

「ですからあなた達も――」


ビーーーッ

『競技終了! 何と静岡のエイヴァ選手、ひとりで二頭とも躾けてしまったーーっ! 東京は為す術なし、『ペット』は静岡にポイントが入りましたーー!』


「――Huh? もうこれで終わりましたのです?」

「「くう~ん」」



次の競技は『馬術』。

「流石なのですね。まさかなのです。先生の見立て通り、ここで『馬術』がきましたのです」

係員達によってあっという間に地面が均され障害物が設置されてゆく様子を見ながら、江見川えみかわカミエは呟いていた。


「敷地内に馬術場があるのですから、普通なら準々決勝あたりに持ってくるところなのですよ。それを中央競技場で行われる準決勝で、わざわざ会場を作り替えてやるなんて、普通は思わないのですよ。しかも馬場馬術じゃなくて障害馬術だなんて………………勝ったな」




その頃東京チームでは……

「ちょっとぉ、なんか障害とか作っちゃってるんですけどぉ?」

「馬術担当の大井ちゃんも府中っちも今回サブメンバーに回しちゃったっしょ」

「他に馬術が得意な者は?」

「――いるわけないじゃん」

「ちっ、だが静岡も条件は同じはず。例え低レベルな戦いと言われようが勝てばいいんだ」


そして競技が始まり――


「何であいつあんなに上手なんだよ……」

「オワタ」


圧倒的大差によりカミエが勝利した。

流石は本職、馬術部である。


『さあ、残る競技は『野点』『花見弁当』『ジビエ料理』の三つ。こちらはセットで実施する競技となっています。チーム全員で花見弁当の作成、そしてアウトドアでのジビエ料理を行っていただきます。料理が完成しましたらそれぞれのチームによるおもてなしタイムです。審査員に野点でお茶を振る舞い、その後に花見弁当とジビエ料理を出していただき、芸術性と味の両面から採点が行われます』


『まさに和と洋の文化の共演ですね。どの競技も庭園文化との関わりが深いですし、わたし非常に楽しみです』

『さあ、庭園好きの奈留橋さんも大注目の競技がいよいよ始まります』




先程まで馬術競技場となっていた会場は係員の手によりみるみる緑の庭園に様変わりしてゆき、その一部にアウトドアキッチンが作られて行く。

その様子をうっとりと眺める奈留橋の視線が熱い。


『それでは両チーム、花見弁当とジビエ料理の製作に入って下さい』

六人ずつ二班に分かれてそれぞれの料理に取りかかる。

花見弁当は簡易ながらもキッチンで、ジビエは石組みの竈やアウトドアテーブルで。


そして出来上がるのは、数ヵ月後の春を先取りした色鮮やかな花見弁当。重箱の中は花畑の箱庭のようだ。

その横には迫力の骨付き鹿肉。スパイスの香りを移し、じんわりと炙ったロースと腿肉は、その色合いと香り、そしてサイズ感が、野趣感と上品さという相反する両面を演出している。



大きな赤い和傘の下で審査員に茶を点てるのは、オカルト大好きメイドの深琴音コトミみことねことみだ。

「どうぞ」

「ありがとう」


コトミのすぐ後ろで静かに控える双子のメイド、三鷹マイみたかまい三鷹セイみたかせいの姿も相まって、まるで一枚の絵画のようだ。


『野点』の審査が終われば、次は『花見弁当』と『ジビエ料理』。

花見弁当の華やかさに目を輝かせ、大きな肉に目を奪われ、そしてその味と香りに顔を綻ばせる。


会場の全員がその様子をじっと見守る中、両チームの採点が終わった。


『それでは結果発表です。『野点』は静岡がポイントを上回り勝利、『花見弁当は』東京側に軍配、そして『ジビエ料理』同ポイントという結果となりました。したがって『総合』競技は『ペット』『乗馬』『野点』の3種目で静岡がポイントを重ね、初日の『二輪レース』ポイントも合算するとその差はかなり大きなものとなりましたぁ!』


『これで東京が『格闘』で巻き返す為にはただ勝利するだけでは難しくなりましたね。技術点・芸術点で大きく加算しながら勝利する必要があるでしょう』


『東京チームも頑張って欲しい。そして静岡チーム、『格闘』ではどのようなチーム構成としてくるのか! 皆さん、引き続き『格闘』の行方に注目していきましょう!』

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