第56話 サプライズ

準決勝戦、残り四校での戦いが始まる。


静岡の対戦相手は東京となった。言うまでもなく大企業の本社が軒を連ねる日本の首都であり、それ故に当然執事やメイドの需要も高い。

その需要に応えるべく作られた「黒百合メイド執事高専」には一流のメイドや執事を目指す大量の生徒が在籍し、日夜勉学に励んでいる。


「黒百合メイド執事高専」はその名の通りメイド学科と執事学科からなる高等専門学校である。

高等学校にあたる執事・メイド学校との大きな違いは、三年制ではなく五年制であるという事だ。

この全国大会への出場資格があるのは、他の学校との公平性を保つため一年生から三年生までとなっており、四年生と五年生は出場する事が出来ない。


「とまあ、今日のお相手はそのような感じの学校ですわ。どうかしら、お分かりになりまして?」

リアの説明に全員大きく頷く。

二年生と三年生にとっては既知の情報であったが、一年生は初めて耳にする情報だ。


「へー、五年間も執事の勉強をするなんてすごい学校なんだねー」

「東京の執事やメイドは、学校を出た瞬間からそれだけ多くの事を求められているって訳か」

「ふん、だが出場するのは我々と同学年だ。恐るるに足らずと言えよう」

「というかもう準決勝なんだから、今日も勝って決勝に行くだけよ」


「お、良い事言った。さすが『ストライクザハート』」

「そうよね、今日と明日勝てば全国優勝なのよね」

「天下獲ったるであります」

「まずは今日の勝利を、だな。その為には当初の予定通りに――」

「ふふふ、奴らの驚く顔が目に浮かぶぜ」





一方こちらは黒百合メイド執事高専側の控室。

「さて、今日の相手は静岡な訳だが」

「昨日のアレさ、ヤバくなかった?」

「うん、ガチでヤバい。一年から三年まで戦闘力高すぎだよ」

「それだけではないぞ。静岡はレースのポイントで既に我々を十ポイント上回っている。我々が勝利するには、その十ポイントを覆す必要があるのだ」

「あーあ、考えれば考えるほど無理ゲーって感じ?」


会話を聞く限りは非常に悲観的に感じられるが、彼女らの表情は決して悲観的ではない。むしろ自信に満ち溢れている。


「で、その静岡に勝利するためのプランだが……まあ非常にシンプルだ。まずは『総合』で追いつき、そして『格闘』に勝利する。以上」

「ん、まあそんなトコっしょ。いつもみたいにフツーにしてればおっけーおっけー」

「警戒しなきゃなのは……例の『アクアルナ』?」

「あのジョーカーっぷりは……ぷぷっ」

「あーあれね、ってか超ウケるんですけど」

「とはいえ、『総合』では特に飛び抜けた能力がある訳でもないしな」

「まあ『総合』では、ね」




『さあ! 全国大会もついに準決勝戦、残るはあと四校のみとなりました。そして本日の第一試合、東京対静岡の戦いがもう間もなく開始されます』

『完全無欠の東京対ビックリ箱の静岡って感じですね』

『ですね。そしてこの準決勝戦から、戦いの場はこの中央競技場に移されます。この大きな会場で『総合』と『格闘』の両方を行いますから、これで観客席の皆さんも両方の競技を観る事が出来るようになりますね』

『今までは『総合』を見ている間に『格闘』の観客席は全て埋まってしまっていましたから』


『さて、そんなここ中央競技場にいよいよ両校の選手が姿を現しました。そして今日のメンバーが発表され――――え?』

『どうしました、過多味かたみさん?』

『いやあの……静岡のメンバー、が――』

『ですからそれが一体――――は?』


静岡『総合』競技出場選手

一年生、エイヴァ・エヴァンズAva Evans(執事)

一年生、神山カナタかなやまかなた(執事)

一年生、三鷹マイみたかまい(メイド)

一年生、三鷹セイみたかせい(メイド)

二年生、祈島リカきじまりか(執事)

二年生、北見タキきたみたき(執事)

二年生、篝火アヤナかがりびあやな(メイド)

三年生、南極コノハなぎめこのは(執事)

三年生、狩絵エリカかりええりか(執事)

三年生、江見川カミエえみかわかみえ(メイド)

三年生、深琴音コトミみことねことみ(メイド)


『……ウソ、でしょ?』

『なな、なんとおっ! 静岡、ここに来て『総合』の出場選手を全入れ替えしてきたーーっ! まさか急病とか――いや、これまでのメンバーはベンチで元気そうにしていますね』

『一応ルール上は可能ですが、全員入れ替えとか初めて見ました』


実況席の二人とも、驚きと困惑の色を隠せない。


『ですが、技術を競うこの『総合』競技でこのような事をする理由が分からないのですが』

『そうですね。お互い自分の技術を見せ合う競技ですから意味の無い行動に思えます。ただ一つの理由を除いて』

『ほう、その理由とは?』

『こちらの選手の方が技術力が高い、という理由です』


奈留橋の推測に、過多味はありえないと首を振る。


『まさかそんな……だって負けたら終わりのトーナメントですよ? そこにこれまで全員控えの選手を投入してきたというんですか?』

『それでも勝てると踏んだのでは? レースの十ポイントがありますし、アクアルナ選手達がいますから、『総合』で負けても『格闘』でひっくり返せると……』

『だとしたら……選手層の厚さもさることながら、あまりに大胆な作戦ですね』


「ミナサン驚いているのでーす」

「ふふふ、あんな格闘バカ共に私が技術で劣っている筈が無い訳だ」

「みんな僕達の事を補欠だと思っていた、ってぼくは感じるかな、セイ?」

「それどころか視界にも入っていなかった、ってボクは思うよ、マイ」

「やっと出番だね、ぺんぺん」


してやったりの静岡チーム、そして――


「おいおい、流石にこいつは想定外なんだが」

「んー、けど別に関係なくない?」

「だね、ウチらはいつもどーりやるだけっしょ」

「超ウケる」


驚きはしたものの、すぐに平静を取り戻す東京チーム。

そしていよいよ決勝進出を掛けた前半戦『総合』競技が始まろうとしていた。




『さて、それでは今日の『総合』競技の種目を発表します。今日の競技は『ペット』『馬術』『野点』『花見弁当』『ジビエ料理』の屋外五種目です』

『『ペット』が屋外種目というと意外に感じる方もいらっしゃると思いますが、本日行っていただくのは大型犬の躾けトレーニングですから屋外となるんです』


それからも実況席からそれぞれの競技に関する説明があり、そしてついに――


『それではこれから『総合』競技を開始します』


双方の技術と技術を披露し合う、波乱の『総合』競技が幕を開けたのである。

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