第53話 作って選ぼう

「利き茶」「利き珈琲」「目利き」に関する問題が次々と出題され、選手達は四苦八苦しながら回答していった。


「ええと、この香りはキリマンジャロとモカのブレンドかな?」

「ええー、コーン茶の産地まではチェックしてないわ。っていうか違いとかあるの?」

「流石にどっちがタンポポコーヒーかなんてすぐに……あれ?」

「あの白い壺って……」

「ああ、あれは良いものだ。萬代の不易、だな」


そして全ての問題が終了した。

獲得ポイントの発表はこの時点では行われず、全ての『総合』競技が完了した時点で行われる事になっている。


選手達が隣のセットへと移動すると、そこには人数分の電動轆轤ろくろが並べられていた。

『それでは選手の皆さん、それぞれに用意された轆轤と土を使用して『陶芸』を開始して下さい。どのような作品にするかは各自の自由ですが、土は用意された量以上は使用できません』


「この量だと皿とか花瓶とか?」

「埴輪とか作ったらウケるかな?」

「埴輪って陶芸?」


『乾燥・素焼き・本焼きは大会本部の陶芸専門執事・メイドがその場で行いますので、必要な際はその場で手を上げて呼んで下さい』


選手達は一斉に轆轤を回し、思い思いの作品を作り始めた。

応援団や観客は選手の集中を妨げないよう静かに見守っている。会場には轆轤のモーター音と静かな実況の声だけが聞こえていた。


『それでは奈留橋さん、ここで陶芸についての解説をお願いします』


『はい、執事やメイドと陶芸には何の関係もないのでは、などと思われる方が多いかと思います。確かに陶芸が仕事の一部となっている執事やメイドというのは、それ専門の仕事をしていたり趣味にしているあるじに仕える方のみかと思います』


『確かにそうですね。かく言う私もそう思っていました』


『ですが実は教養としての陶芸は必要で、日常使用する陶器の取り扱いや選定に大きな影響があるんです。それにサバイバルにも役立ちますよ。無人島に漂着した際にも食器は必要ですから』


『成程、言われてみれば確かにそうですね。そんな陶芸ですが……各選手、それぞれ少しずつ形が見えてまいりました』


やがて選手達が続々と手を上げ始める。

高台、絵付け、釉薬と作業が進んでゆき、そして――


『はい、それでは時間となりましたので全員手を止めて下さい。本焼きがまだ行われていない作品につきましては、現時点の状態で本焼きを行います。』


完成した作品は二人一組のチームにつき一品ずつ提出するため、どのチームもお互いの完成品を見比べ、どちらの作品を提出するかを相談し始めた。

もちろんノアとアイコのペアも。


「ノアのそれ、凄く個性的ね」

「そうかな? こういうのって小学校の頃に粘土を作って以来な気がするよー」

「パッと見ると普通のお皿っぽいんだけど、じっくり見てるうちにだんだんと不安定になるって言うか平衡感覚を失うって言うか次元の壁を突破しそうって言うか……ラヴ&クラフトって感じ?」

「ええー、それ褒め過ぎだよー」

「ふふ……」


「そういうアイちゃんの花瓶はすっごく綺麗。何て言うか『ちゃんとしてる』って感じで」

「うーん、それだけに個性が足りないって自覚があるのよね。……よし、ここは冒険してインパクト重視よ、提出するのはノアのお皿で行きましょう」

「大丈夫かなー」




『陶芸』の次は『書道』。

選手達が轆轤を回している間に先程の格付けセットが撤去され、そこは板の間の上の書道場と化していた。


『それでは皆さん、次は『書道』です。こちらもまた二人それぞれ書をしたためていただき、どちらか片方を選んで提出していただきます。お題は『富士山麓鸚鵡啼く』、書体は自由です。それでは開始!』


全員一斉に筆を取る――かと思われたが、まずは頭の中でイメージを作り始めた。


『各選手、どのような書にするか考えているようですね。奈留橋さんはこの競技どう見ますか?』

『そうですね、執事にしろメイドにしろ美しい文字を書くというのは非常に大事な事です。主の代筆をする事もあるでしょうし、家の用件で手紙や書類を記載する事もよくあるでしょう。そこに書かれた文字というのはつまり家を代表して書かれた文字と言う事、家の品格を表すといっても過言ではありません』


やがて、頭の中に完成形をイメージ出来た者から筆を取り紙に向かい始める。

『……いよいよ書き始めました。ここからは我々も静かに見守る事にしましょう』



静寂の中、執事とメイド達は床の上で筆を持ち、己の意思を形にして目の前の紙へと乗せてゆく。

ある者は筆を自在に動かし、ある者は筆が躍るがままに任せ、ある者は筆に己の魂を憑依させる。

そしてそれぞれの書が完成した。




最後は目利き。

先程轆轤を回した場所に移動すると、すでにそこは先程とは全く違う様子となっていた。

まるで倉庫のように様々な骨董品や美術品が置かれた棚が立ち並び、その向こうには例のセットが見える。

鑑定士が座るその上に金額表示のLEDパネルと招き猫が鎮座する、例のセットだ。


『それではいよいよ最後の競技です。二人で相談してこの中から美術品・骨董品を一つだけ選び、係員にそれを伝えて下さい。中には数百万円から数千万円する品物もありますから、くれぐれも手に取ったり触ったりしてはいけませんよ』

『もしかしたら人生の半分を借金返済に使う事になるかもしれませんね』

『奈留橋さんの怖い解説が現実にならないよう、皆さん十分に気を着けて下さい』



足が竦んで棚に近寄ろうとしない選手達の中、ふたつの人影が棚の間を歩き回り端から吟味してゆく。

「ふむ、我はこれを選ぼう」

「あら、素敵ですわね。でしたら私はこちらの逸品を」

「ほう、流石だな」

アカリとリアのお嬢様コンビだ。

それぞれのペアであるアズミとアイリは既に二人に全権を委ねている。


係員が二人の選んだ品に『売約済み』の札を立てるのを見て、他の選手達が恐々と品定めを始めた。

百均で買ってきた花瓶や千円の陶器、一万円以下の書画などが数多く並ぶ中、数十万円の美術品が数点、数百万円の骨董品が数点、そして目玉商品となる数千万円の品が数点。


やがて二人で相談しながら一つの品を選んで係員に伝え、緊張しながらその場を離れるチームが続々と現れ、そして――

『それでは鑑定の結果を見ていきましょう。まずは『陶芸』からです』


各チームの作品を比較順の番号札と共にテーブルに並べる。

同じ番号の札同士を比較し、より評価が高かった方にポイントが入るのだ。

その評価を行うのはまさに今。じっくりと品定めしていく鑑定士達によって着々と進められてゆく。


「ほほう、なるほど」

「ええ、こうして見ると実に分かりやすいですね」

「常滑焼、それにこちらは瀬戸焼ですか。流石日本有数の焼き物の産地だけあって、学生と言えど中々いい仕事してますねー」

そんなリラックスムードで鑑定が進む中、ある一つの作品の前で鑑定士達の顔色が変わった。


「これは……」

「何という存在感! わたくしこれほど気持ちの悪い仕事をこれまで見た事がありませんよ」

「いやだがこれが逆に――」

「出来ればスタジオに持ち帰って詳しく鑑定を――」

「先生、これ出張鑑定じゃないですよ!?」


それから鑑定士総出で何とか金額を算出し、全チームの『陶芸』のポイントが確定した。そして鑑定はそのまま『書道』へと進み、こちらは終始和やかにポイントが付けられてゆく。

最後は『目利き』だが、これは初めから値段が分かっているものを並べているだけであり、ポイントは係員の手によって既に判明している。




こうして全てのポイント集計が完了し、いよいよ運命のその時を迎える。

『けっかはっぴょーー!』

嬉しそうな表情で全力モノマネする過多味の絶叫によって……

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