第41話 お正月

合宿が始まって六日目の朝。

「明けましておめでとう」

「「「「「明けましておめでとうございます!!」」」」」

今日は一月一日、元日である。


「よし、では正月の挨拶も済んだ事だし、早速――」

「マキエ先生、質問良いですか?」

マキエ先生の話の途中、二年生の『白銀のバスチアン』甲野サザナミが手を上げた。

「む、何だ甲野?」

「旦那様と離れ離れで新年を迎えちゃいましたけど、大丈夫ですか?」


その一言で、マキエ先生は一瞬にして瓦解した。

「そうなの。そうなのよ……旦那様は『がんばっておいで』って優しく送り出してくれたけど、でもでもやっぱり私は一緒に大掃除して一緒にお蕎麦を食べて一緒に除夜の鐘を聞いて一緒に初詣に行って……それでそれで一緒に御神籤を引いて……お家に帰ったら私の作ったお雑煮とお節料理を……朝になったら初日の出を見に行って、そしたら初売りで福袋を……うふふ、ほらまーくん見て見てこの福袋、売れ残りが一杯入ってたぁ」


ちょっとヤバい感じになってきたマキエ先生、ハイライトの消えたその瞳には愛しい旦那様が映っているらしい。その表情に只ならぬ気配を感じ取った執事とメイド達は、互いに目配せし合い急遽『マキエ先生を慰め隊』を結成した。

ここまでの合宿五日間の成果である。


「ささマキエ先生、こちらへどうぞ」

「いつも私達の為にありがとうございます」

「先生の旦那様ってどんな方なんですか」

「是非色々と聞かせてください」


手早くテーブルセットを展開し、流れるようにマキエ先生を椅子に座らせ、鎮静効果のある紅茶を淹れ、取り囲んで代わる代わる声を掛ける。

もし全国大会の種目に『人生相談』があれば優勝を狙えるのではないだろうか。


その間に他の面々は朝食の準備を進め、並べられたテーブルには正月らしさ溢れる料理が並んだのである。

「「「「「いただきまーす」」」」」


朝食が終わる頃にはマキエ先生も無事復活を果たし、普段の姿に戻っていた。

勝因はチームのコンビネーション、それとマキエ先生の取り扱いを熟知していたエイヴァの存在である。

そこからはもう正月らしさは消え、普段と変わらぬ合宿が再開された。




「ルーク、【視覚共有】」

この合宿におけるカナタの課題は、【視覚共有】の人数を増やす事だ。執事三人とメイド三人の合計六人で構成されたチーム同士が敵チームの主のちょんまげを奪い合うこの競技において、最低でも自分以外に六人へ共有が必要となる。

各県二チームずつ参加して二試合を行い、先に二勝した方が勝ちとなるのだが、互いに一勝ずつだった場合は二チーム混合による三試合目が行われる。

つまり自分の他に最大十二人への共有が求められているのだ。


合宿初日に確認した自分以外への共有人数は四人であった。

そこからルークとの対話や先生の指導、それにチームメイトからのアドバイス等により、現時点で六人にまで増えていた。

一チームの人数はクリアしたものの、ほぼ間違いなく一度は起こるであろう二チーム混合戦の十二人まではあと六人、果たして全国大会までに間に合うだろうか……




ノアに課された課題は一度に撃てる【障壁】の数を増やす事。

相手が六人、混合戦なら十二人となるこの戦いにおいて、四個というのはあまりに心許ない。最低でもその倍の八個は撃ちたいところだ。

だが合宿が始まってから今日までの五日間、その数はひとつとして増えていない。

教師や先輩達のアドバイスを受け、毎日色々な事を試しているにも関わらずだ。


「はぁ……これって、もうこれ以上増えないって事なのかなあ」

周りに協力してもらっているのに全く成果が現れない現状に、久し振りのネガティブの虫がひょっこりと顔を出す。

「おや、本当にライムの言った通りになったよ」

「え? ライム?」


突然聞こえてきた親友の名前にノアが顔を上げると、そこにいたのは二年生の狩絵エリカであった。

「ああ。ここに来る前に君の事をよろしく頼まれていたんだよ」

「ええと……あっそうか、ライムのお師匠さんだ!」

「ははは、まあそんなところかな。で、そのお師匠さんの僕から言わせてもらうと、ここまでの君の頑張りはまだまだライムには遠く及ばないかな」

「え?」

「たった五日間頑張ったくらいで限界を感じるなんて、君を目標に頑張ってるライムに失礼だって事さ」


毎日付きっ切りで指導を行えないエリカは、基本的な方向性を伝えた上で小さな課題を出してそれをクリアしたら次に進むという、まるで一歩ずつ階段を上るかのようなやり方でライムを導いていた。

その『小さな課題』というのはエリカ自身の経験上それ程簡単なものではない。

そしてそれを必死にクリアするライムの姿を見てきているのだ。


「そっか……ライムも頑張ってるんだ」

「うん、そしてそのライムから君に伝言。『げんぷーを信じて』だって」

「げんぷーを……信じる……」

「そうさ。君の力はげんぷーから借りてる力。力を出すのがげんぷーで、それを制御するのが君の役割なんだから」


その日、ノアが撃てる【障壁】の数は五個になった。




アカリは悩んでいた。

自分に求められる役割が『水源』になりつつある事を感じていた為である。

その理由は十分理解出来ているし、納得も出来る。

以前の合同実習で見せたアズミのメイド魔法とのコンビネーションはあまりに鮮烈で、また同時にそれがアズミの能力を最大限に発揮させられる戦術であったからだ。

「アズミの能力を活かす役割にいやは無い。だが……それだけで終わるつもりも無い!」


それはつまり、アズミへの燃料源として機能しつつ単独でも攻撃を行うという事。

ふたつの精霊力を同時発動するという事だ。

「我らならばそれも可能、やってやるさ。なあアンフィトリテよ」

「キュイッ!」


これを実現させるには、二つの方法が考えられる。

一つ目は、アンフィトリテが直接水源として働き、アンフィトリテの力を借りたアカリが自分の攻撃を行う方法。

そして二つ目は、アンフィトリテからの力をアカリが制御し、水源と攻撃の両方を行う方法だ。


だがこの方法はどちらを選んでもデメリットがある。一つ目の方法では精霊力の行使と供与を同時に行うアンフィトリテの負担が大きく、二つ目の方法では二つの精霊力を同時に行使するアカリの負担が大きいのだ。

ならばどうする?


「決まっている。どちらを選んだとしても気にならない程に、我ら二人ともが強くなれば良いだけの事。だろう?」

「キュワワッ!!」



これだけ大きな声で、そして大きなリアクションで精霊と語り合えば、当然周囲の注目を浴びる事になる。

「うん、これはいいコンビ」

「これだけ似た者同士の執事と精霊というのも珍しいな」

「これはアレね、ほっとけば勝手に強くなるってやつ」

「それにしてもさ、出した結論があれって力技過ぎない?」

「ふふ、頭良いのに脳筋とか」

「あれ? ちょっと待って、それって実は最強なんじゃ――」

「でも厨二だよ?」

「いや、それもいい方に作用してるっぽい?」

「「「「「ううーーーん」」」」」


そんな周囲の反応に気付き、少し顔を赤らめ声を潜めるアカリとアンフィトリテだった。

「「……クキュウ」」




そしてこちらは1年生メイド。

「ねえアズミ、次はこんなのどうかな……メイド魔法【サイクロン@掃除】」

「ほうほう、落ちる事のない吸引力……か。多少は効率が上がりそうだが……制御が難しいんじゃないか?」

「流石、よく分かったわね。うーん、もっとシンプルな方がいいかなあ」

「その空気の渦を直接攻撃に使ったらどうだ?」

「ええっ、それじゃあただの竜巻だよ?」

「吸い上げた物の落下場所を一か所に集中すればギリ【@掃除】の範疇じゃね?」

「そうかな?」


そもそも人間を吸い上げる時点でメイド魔法の範疇を逸脱している、という事には気付いていない二人。

そしてこの二人には全国大会が終わったらメイド魔法の常識を叩き込まねば、と心のToDoリストに書き加えたマキエ先生は――


「そのあたりはうちの学園の先生達がもう散々手を尽くした後だ、とぼくは伝えるべきかな、セイ?」

「世の中には知らない方が幸せ、ってボクは思うよ、マイ」

そんな双子のやり取りには当然気付いていないのである。

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