第42話 執事の悩み、メイドの悩み

祈島リカ。

二年生で風紀委員長の彼女は、このメンバーの中でノアの次にアカリから多くの影響を受けていた。

といっても直接アカリと交流があった訳ではない。

ではどのような影響かというと――


「フィン、出ておいで」

その呼び声に応えて姿を現したのはイルカタイプのフィン。そう、イルカタイプである。


アカリとアンフィトリテのお陰で世間のイルカタイプ精霊への評価は爆上がりした。

そして評価とはつまりハードル。これまで陸上の戦闘向きではないハンデを背負って戦っていると思われていたのが、圧倒的な力を持って戦うアカリの姿により『イルカは陸上もイケる』という認識に変わってしまったのである。


「ねえフィン、念の為訊くけどさ、あなたって実は火とか爆発とかって使えたりする?」

フィンは激しく首を――というか体を左右に振る。

ある程度覚悟していた質問とはいえ、あの常識外れと一緒にされては困る。あれはイルカタイプによるイルカタイプへの風評被害だ!


「だよね……だったらやっぱり水で頑張るしかないかなあ。あと他にイルカが得意なのってなんだっけ?」


リカはフィンに向かって呟いた。だがこれはフィンからの返事を期待したのではなく、フィンの方を向いての独り言。別に応えを期待してのものではない。


「イルカは超能力で会話するんだよ」

だからその独り言への返答にひどく驚いた。

「フィンがしゃべった!?」

「おっと、これは想定外のリアクションだよ」


その声が聞こえてきた方向に目を向けると、

「あ、えーーと……深琴音みことね先輩」

「うん、確かに私は三年生だけど、でもほら、違う学校だし見ての通りただのオカルトをこよなく愛するメイドさんだし、そのまま名前でコトネって呼んでくれたら嬉しいかな」

そう人好きする笑顔で話し掛けてきたのは、ロゼメアリー学園三年生の深琴音コトネ。自己紹介で堂々とオカルト好きを語った彼女はオカルト研究会の会長である。


「はい、じゃあ……コトネさん、オカルトをこよなく愛しているというのは見ただけじゃ分かりません」

「ははは、そうか。それは私のオカルト愛もまだまだって事なのかな。で、ここで急に話を戻すけど、イルカは水中で超音波を使って会話をするんだ。しかも蝙蝠のように超音波で仲間や障害物の位置を把握するんだ」

「へえ、コトネさんはオカルト以外の事も詳しいんですね」

リカは全く意識していないが、中々にオカルト好きへの偏見に満ちた発言である。


「ははっ、オカルト好きがオカルトの事しか知らないとかある訳ないよ。あとイルカが高い知能やコミュニケーション能力を持っているのは普通に有名かな。かつて世界中の海を支配していた海底帝国の子孫だと言われているくらいだし」

「やっぱりオカルトじゃん!」

だがどうやら今回に限っては偏見ではなかったようだ。


「でもそう、超音波か……それならもしかして」




打出うちいでマレットはロゼメアリー学園の二年生、そして『ラッキーハンマー』の称号を持つロゼリアである。

日本人の父、そしてフランス人メイドの母を持つ彼女は、日本生まれの日本育ちではあるが幼い頃から日本流のメイドとフランス流のメイドの両方を見て育った、いわばハイブリッドメイド。

そんな彼女が今気になっているのは――


「ノア、おはようございますです」

「エイヴァおはよう」

(来たな……のね)

イギリスから来た留学生執事のエイヴァである。


自分のルーツの一つであるフランスとは歴史的に友好国でありライバル国であるイギリス人、そして執事とメイドの違いはあれど自分が母親から学んだ本場の技術を本場の学校で学び、そして日本の技術も学びに来た執事。

つまり――


「キャラ被りなのね」

そして――

「もしかしたら私の上位互換と見られるかも、なのね」

しかも――

「イギリスの学年で言えば実は二年生の同学年なのね」


だがエイヴァが気になる一番の理由、それは――

「今日も……カワイイのね!!」

エイヴァの契約精霊、ぬいぐるみの姿をしたクマタイプ精霊のパディ―であった。

母親の趣味でもあるテディベアに小さな頃から囲まれて育ったマレットにとって、自由に動き回ってコミュニケーションもとれるパディ―は、子供の頃に夢見た存在そのものだった。

「何とか同じチームになって一緒に戦いたいのね」

エイヴァはともかくパディ―と一緒に!



鴨百かもももモモカ。

江戸時代、鴨撃ち名人であったご先祖がさる大名の家臣として取り立てられた際に賜った『鴨百』の姓を現代に受け継ぐ少女である。

そして猛烈に噛みやすい名前のため、授業中に教師から指される事がほとんどない少女である。

だがその代償として自分でも自分の名前をしょっちゅう噛んでしまう、そんな少女である。

どれくらい噛み易いかは、是非一度彼女のフルネームを声に出して試してみて欲しい。


そんなモモカの趣味はご先祖から受け継いだ血が疼いたのか、サバイバルゲーム略してサバゲ―やFPS、あるいはダーツ等の投擲系ゲーム。

そしてそれらの能力を活かしたメイド技術やメイド魔法により代表選手として選ばれ、今ここにいる。


「――のですが、魔力量の限界により大きなものは飛ばせないのが最大の難点。アイコ殿やアズミ殿が羨ましいでありますよ。特にアズミ殿が得意としているアカリ殿との合体技の【高圧洗浄@掃除】、あれはいつ見てもお見事であります」


メイド魔法に使用する魔力はメイドの神メイリンへの『神認かみとめの儀』の時に授けられる。そして後からその魔力量を増やそうと様々なメイド達が挑戦し、そして誰一人として成し遂げる事が出来なかった。もちろんバフの魔法によってならば可能だがそれは成長とは言えないので除外。今のところ神メイリンから授かった魔力を後から増やす事は不可能というのが通説となっている。


「神メイリン殿の思し召し次第という事なのか、それともこの身の限界によるものなのか、いずれにしても努力でどうにもならない以上、使い方を工夫するしかないという事でありますな。どれだけ腕を磨いても鉄砲の射程自体は延ばせない、というのと同じでありましょう」


モモカの苦悩は続く。




絵巻えまきミヤについてよく聞くのは『愛らしい日本人形がメイド服を着ているようだ』という感想。そしてその感想は見た目だけではなく彼女の口調に対するものでもある。

「皆強かれと思い悩むに、さて道あれやなしや。もまたなれば」

ただしこの口調は彼女のインスピレーションによるもので、古語として古文として正しいかと言うと……


そんな彼女の話し相手となっているのは同じ二年生の笹呉ささくれカスミ。

「またそうやって良く分からない事をそれっぽく言ってる訳だ。ワリと面倒なキャラだと自分で分かっててやってるあたり、実にタチが悪いという訳だ」

こちらもまたアクが強いというかクセが強いというか、ストレートに放つ言葉の端々がささくれ立っている。


「さてカスミは何を思い悩むや。如何なる強さを求めるや」

彼女の口の悪さはまったく気にしない。それどころかきちんと反応してもらえている事に喜びすら感じるミヤである。

「無いものを強請ねだっても仕方がない訳だ。それを悩むなど時間の無駄で脳ミソの無駄使い、そんな奴に未来など無い訳だが。結局は自分に出来る事を強化するしかないと決まっている訳だ」


口が悪い上に『訳だ』『訳だ』と重ねる為、彼女と会話すると聞く方がかなり苛立ってくる。話す内容そのものは非常に正しく的を射ているのだが。


「心強き者なれば進めて良し、悩むのみ者はし」

「そうやって偉そうに人の事ばかり言ってる訳だ」

「涙チョチョギレ」

「……訳が分からん訳だ」


本当に何を言っているのか訳が分からないが、まあ楽しそうで何よりではある。

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