第40話 合宿開始

夕方。

普段であればそろそろ沈む夕日は、その島ではまだ西の空に留まっている。太陽がいつもよりも少し北寄りに見えるのは、真っ直ぐ南へと進んだせいだろうか。

そんな頃、ノア達を乗せた船はその島へと到着した。


「よし、では合宿所へと出発する」

船を降りたバスは合宿所までの一本道を走り出した。

孤島とは思えないほど綺麗に整備された道を通り、間もなくバスは合宿所へと到着する。


「各自、自分の荷物を降ろす前にまずは物資の搬入を手伝ってくれ」

マキエ先生が指さすその先には、バスと一緒に船を降りたトラックが搬入口の前に停車しようとしている。

「君達の命を繋ぐ大切な食糧だから、丁寧に扱うようにな」

「「「「「はいっ!!!!」」」」」

スーパーもコンビニも無いこの島ではこれが唯一の食糧、誇張無しに『命を繋ぐ』大切な物資だ。

全員、緊張の面持ちで食品庫への搬入を行った。


「あれ? 冷蔵室の中が冷えてるよー?」

「そういえば部屋の明かりも普通に点いたよね」

「マキエ先生、これって?」

「ああ、数日前から管理会社が入っているからな。彼女らは毎年この合宿中期間に合わせて管理棟に駐在し、島内の各設備のメンテナンスを行う事になっているんだ」


船の中で決めておいた部屋割りに従い、ノアは自分の部屋に向かった。

「ええっと、201号室202号室203号室…………あった、206号室」

「ふふん、ここが暫しの我らが住処か」

同室となったアカリと共に。


部屋に入り荷物を置くと、二人の目は窓の外の景色に釘付けとなった。

「おおーっ……シャンビューだー!!」

「何故途中で区切る? 普通にオーシャンビューと言えばいいだろうに」

「ええっ、シャンビューじゃないの?」

「まっ、まさかお前!?」


そんな一コマを挟みながらそれぞれの荷物を整理し、二人は食堂へと向かった。

夕食の準備の時間である。


部屋の準備を行う班、食器やカトラリーを洗いテーブルにセットする班、そしてお茶の準備を行う班に料理を行う班。

全国大会に出場するレベルの執事とメイドが24人もいれば、食事の準備などあっという間である。

「うむ、初日でこれ程の連携が出来れば十分だろう。後はこの合宿中にどこまで突き詰めていけるかだな」


食事が終われば次は入浴の時間。合宿所にはこの全員が同時に入ってもまだかなり余裕がある程の大浴場が備えられている。

「今日はこちらで準備しておいたが、明日からは風呂の準備も君達に行ってもらうからそのつもりでな」




「うわぁ、広ーーい!」

たくさんの洗い場に大きな浴槽、そして水風呂を併設したサウナ。

地下深くから汲み上げたたっぷりの温泉を湛えた湯舟からは柔らかな湯気が立ち昇り、浴室の隅々までをやさしい霧のように包み込んでいる。

「Oh! これが参考資料に書いてあったハダカノツキアイ! みんなで輪になってセナカノアライッコするのですね」

「うーん、正しいようなそうでないような?」

「ならばアクアルナよ、我が背中を流してやろう」

「Wow! ジツエンハンバイでーす!」

「それは絶対間違ってるよ!?」


とそこに、

「ふふ、楽しそうねアクアルナさん」

「真名センパイぃ!?」

友愛のバスチアン、三年生の真名アイリが声を掛けてきた。

「私の事はアイリと呼んでくれると嬉しいな」

「ええと……アイリ先輩」

「そうそう。出来れば『先輩』も取って欲しいけどね」


「そんな事言われてみいきなりは無理だよな、アクアルナ」

「はっはい! 苑森先輩!」

「固い固い。私もミサでいいよ」

「はい。じゃあ……ミサ先輩」

「ん? ところで知ってるか? この大浴場は精霊と一緒に入浴していいんだ」

そう言ってミサは白雪を呼び出した。

風呂場にウサギというのも中々ミスマッチである。


「ええ? いいんですか?」

驚くノアに、

「もちろんよ。リリーいらっしゃい」

そう言ってアイリも自分の精霊を呼び出した。


良いというのなら出すに決まっている。

他の執事も一斉に精霊を呼び出し、浴室内には十二体の精霊が姿を現した。

「ふふ、相変わらずファンタジーな光景ですわ」

「あらリア、ロゼメアリー学園のミーティングは終わったのかしら?」

ロゼメアリー学園3年生ロゼリア、『スイートベリー』の揮雅ふらがリア。


「ええ、ミーティングといっても他の学年とお近づきになる為のお茶会みたいなものですもの。あなたたちはこれから?」

「そうさ、これこそ裸の付き合いってね」

リアの言葉にミサは屈託なく応えた。

「じゃあ私達は暫く遠慮させていただきますわ。アカリさんもまた後でね」

「ええ、ごきげんようリアさん」


優雅に去ってゆく揮雅リアだったが、それを目にした者は一人もいなかった。

全員、鈴の音のような声でリアに挨拶を返したアカリを愕然と見つめていたからだ。

「アカリ、あなたリアと知り合いだったの?」

「っていうか今『ごきげんよう』って」

アイリとミサが全員の驚きを代弁する。


「揮雅コンツェルンの揮雅リアだろう? 年が近かったせいもあって昔からよくパーティで顔を合わせていたからな」

何でもないように答えるアカリの姿に、ノアはふと思い出した。

「あ、そういえばアカリちゃんってヒノワグループのお嬢様だったっけ」

「「「「「ええーーーーーっ!?」」」」」

浴室に上級生達の驚きの声が響き渡った。


驚きというのは人間の裸の心をさらけ出す。

誰もが自分を取り繕う事を忘れてしまうからだ。

次々とアカリに質問を投げかける少女達は、もう誰も学年の違いなど気にしていなかった。

そして全員の心にひとつのワードが浮かび上がった。

(((((厨二令嬢……)))))

この瞬間、執事達の心は一つになったのである。裸の付き合いならぬ裸の心で……


その後、完全に打ち解け合った執事達にメイド達も合流し、浴室内は華やかな少女達の姿と弾む声に溢れた。

エイヴァの号令で24人全員輪になってのセナカノアライッコが行われ、その頭上からアンフィトルテがお湯を掛け全員の泡を流して回る。


やがてげんぷーが【障壁】で作った浴槽にアンフィトリテが湯を張り、そこにリリーが精霊界の薬草の成分を抽出して薬湯とし、精霊達が精霊風呂を楽しみ始めた。

「うわぁいい香り。ねえげんぷー、私もそのお風呂入っていい?」

ノアの声にげんぷーは軽く首を傾げた。

精霊風呂は精霊のサイズに合わせて作ったため、ノアが入るには小さいのだ。


「だったらリリー、こっちのお風呂にもあなたの薬湯をいれてくれるかしら?」

状況を把握したアイリが契約精霊のリリーに声を掛けると、リリーは再び【百薬樹】モードとなり、人間達が入っている湯の中に薬湯の成分を流し込み始めた。


「ふはぁ……」

「これはたまりませんなぁ」

「あ゛あ゛あ゛……生き返るぅ」

「へにゃあぁぁぁ……」


少女達は湯の中で溶けた。いやとろけた。

その優しい香りは脳をうっとりと痺れさせ、肌から浸透する薬湯成分は全身の緊張をほぐしてゆく。

皮膚についた小さな傷はみるみる癒えてゆき、体内の毒素は分解され、余分な脂質を蓄えた脂肪細胞はその脂を吐き出して正常な大きさに……


その天国のような風呂で心身ともにリフレッシュした少女達は、自室にて朝までゆっくりと熟睡する事が出来た。




そして翌日。

大浴場にて湯舟に浮かぶマキエ先生と他教師達が発見された。

その顔には恍惚の笑みが浮かび、全身の肌はまるで十代の少女のようにつやつやプルプルだったという。

「はにゃあぁぁぁ……にゃにこれぇぇぇ……」

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