第36話 合同競技会

バスティアーナ学園とロゼメアリー学園の合同授業は今日が最終日。

そしてそれはつまり全国大会出場者を決める合同競技会の日、という事。


学科試験は昨日のうちに終了し、既に採点も終えている。この点数と今日の競技会の結果から出場者が選抜される訳だが、技術において秀でた成績を納めている者は軒並み学科でも高得点を獲っているため、恐らく今日の上位者がそのまま出場者として選出される事になるだろう。


競技はその種目により講堂、グラウンド、実習室内で実施され、その時間差により他の学年と重ならないようになっている。


一年生の競技会は、まずは教室内で行う種目から。給仕や炊事洗濯、それに物品整理や掃除といった日常技術が採点されるというのは通常の実技試験と同じだが、全国大会基準の採点となる今回はそれに加え、動作や表情・所作といった見た目の動きの芸術点も競われる。

結果だけではなく過程までもが採点対象となるのだ。


涼やかに、にこやかに、淡々と、だがリズミカルに。そして時には重厚に、またある時は軽やかに。

決まった正解など無いこの芸術点こそが、実は各自の努力と発想、創意工夫などによる一発逆転の可能性を秘めているのだ。


この競技において一際周囲の目を引いたのは、やはりロゼメアリー学園1年生ロゼリアである恋沫アイコ。技術の最高位であるロゼリアだけあって、その技術力も動作の美しさも他の追随を許さぬレベルにあった。


「ふわー、アイちゃん凄い」

「Yes、あのレベルは母国でも中々見られないですよ。宮殿の注目リストに載るレベルです。あの笑顔でアイロンの魔法を相手に押し当てるとか信じられないです!」


エイヴァの感想が耳に届いたのか一瞬表情が引き攣ったように見えたアイコだったが、幸いにも減点には結び付かなかったようだ。

その後も周囲の歓声の中で課題を続け、すべて終わった時には全員から拍手が沸き上がった。


執事の中ではやはりエイヴァがトップだった。

洗練された動きはその容姿とも相まって彼女の姿を際立たせ、執事服とのコントラストに誰もが目を奪われる。

エイヴァもまた、大きな拍手と共に課題を終えた。


そしてノア。

普通にいい感じだった。

「比べる相手が間違ってるよー」




格闘競技。

これまでの技術競技は実習室でクラス単位で行ってきたが、グラウンドで行う格闘競技にてついに一年生全員が一堂に会す事となった。

「ノアー、やほー」

「ライム! カナカナとマイカも!」

「久し振り……じゃないか。放課後は毎日一緒だったし」

「でも一緒の授業は久し振りだね」

「む、我を忘れてもらっては困るな」

「ワタシもいますですよー」

ノア達六人組も全員集合し、運命の格闘競技がついに始まる。



今回の競技、執事とメイドのツーマンセルによるタッグ戦で勝敗よりもその内容が評価される。つまり、先日の授業のようにノアが一人で無双しても高得点には繋がらない訳だ。

そういった面から、ペアを組む相手は事前に同レベルの者同士が選定されている。

そして当然その対戦相手となるペアも。

これにより何が起きるのかというと――


「アイちゃん、よろしくね」

「こちらこそよろしく、ノア」

水月ノア&恋沫アイコのバスチアン・ロゼリアペア。それに対するは、

「我らの秘められし力、今こそ見せてやろう」

「アイコ、悲しいけど今日は敵同士だ」

火輪アカリ&桐野アズミという彼女らのライバル・守護者ペア。

つまり一年生頂上決戦の勃発である。


「始めっ!」


まず先手を取ったのはノア。

アカリとアズミに牽制の拳を飛ばす!

「ほゃあ!」


「我が身を護れヴァッサーヴァント」

つき出した右手の平を前に向けアカリが発する香ばしいセリフ、文法は無茶苦茶だがその響きはカッコイイ。

そしてアカリ達二人を護る水の防壁が出現し、ノアの拳を受け止めた。

「ふふん、以前の我と思うなよ?」


「――でもまだ終わってないの」

「んなぁっ!?」

背後からの甘い声に驚き振り返ったアカリの目に飛び込んできたのは、

「メイド魔法【忌虫ゴキ駆除@清掃】」

安そうなスリッパを大きく振りかぶったアイコの姿。だが――

「来ると思ってたぜ! メイド魔法【ブロワー@清掃】!」

それを読んでいたアズミが突風を呼び出し、そのアイコを吹き飛ばす。

「きゃあ」


後方に3メートルほど吹き飛ばされたアイコはそのまま地を蹴ってその場を離れるが、どうやら着地時を狙った追撃はなかったようだ。


「アイちゃん、同時攻撃いくよ!」

「分かったわ」

一気に挟撃を狙うノアは前面に【障壁】を展開し、水の壁ごとアカリ達を弾き飛ばさんと突撃を開始!


そしてアイコは背後から。

アカリの突撃に身を固くするアカリ達の元へと駆け出した。

「メイド魔法【特売奪取@買物】」

それは、障害物も人混みもすり抜ける魔法のステップ。強風だってすり抜けられる。


「イグノア、アイコは任せて!」

「承知!!」

「メイド魔法【水やり@園芸】」

地面に出来るぬかるみと水溜まり。これはステップの天敵!

「でもここまで来ちゃえばっ!」

アイコはそれらを避けつつ勢いを殺さぬ低空ジャンプ、からその右手をアズミの襟元へと突き出した。打撃と見せ掛けて掴みに――


「かかった!」

だがそれはアズミの張った罠だ!

アズミはアイコの手を取り、そのまま――

「背負い投げ!?」

「からのぉ、メイド魔法【ブロワー@掃除】!」

反対方向から迫り来るノアに向かって風で加速したアイコを砲弾のように投げつけた!

「にょわー、アイちゃん!?」



「我が糧となれ【ヴァッサークヴェレ】」

胸の前で拳を握るアカリ、その前方に現れた水の塊がゆらゆらと揺らめく。

「おおっいい感じだぜ。じゃあこいつを水源に――メイド魔法【高圧放水@掃除】!」

メイド魔法で水を取り出す事は出来るが、その量には限りがある。

そこにある水を使う方が遥かに効率がよく、しかも威力も格段に上昇する。


アズミのメイド魔法により放出された水は高圧洗浄機のレベルを遥かに越え、まるでポンプ車の放水のようだ。

激突により絡み合ったまま地面に転がるノアとアイコは、その水圧に彼方へと押しやられていった。

これにてお掃除完了である。

「それまでっ!」




「いやー、負けちゃったよー」

ニコニコと笑顔で差し出されたノアの手を――

「ふざけるなっ!」

怒りの表情でアカリは払い除けた。

「えっ?」


「負けたんだぞ!?」

「アカリ……ちゃん?」

「ちゃんと悔しがってよ! 宿命のライバルなんだよ!? それとも全く気にしてないの!? 何とも感じてないの!? 私の事その程度にしか思ってないの!? ライバルって思ってるのは私だけなの!?」

目に涙を浮かべてアカリはノアに詰め寄った。


(そう……か。悔しがっても……いいんだ)

ノアは神妙な面持ちでアカリに向き合う。

「ごめんアカリちゃん。 私ホントはすっごく悔しい。でもそうしたら空気が悪くなっちゃうかなって。アカリちゃんが素直に喜べなくなっちゃうかなって。だから――」


ここで言葉を止めたノアはアカリの目の前に指を突きつけ、

「次は負けないよ! 私もっと強くなるんだから!!」


そして二人は握手した。



「うんうん、青春よねえ」

「こっちもアレやるか?」

「恥ずかしいから、い・や♪」

――すぐ横で見守るアイコとアズミの前で。


「素敵!」

「アクアルナ、それにイグネア・アニュラス……」

「二人のこれからは一体……」

「ああっ、この先もずっと見守っていたいのに!」

「うん、今日で合同授業が終わりなんて……」

――胸の前で指を組んで瞳をウルウルさせるメイド達の前で。


「ああ、はいはい」

「ノアも段々とアカリに染まってきたかな」

「まあ本人達が楽しそうだからいいんじゃない?」

「もうすっかり名物だよねえ」

――若干の苦笑いを含んだ表情の執事達の前で。



「さあ、次の組始めるぞー」

――冷静なマキエ先生の前で。

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