第35話 全国大会に向けて

バスティアーナ学園とロゼメアリー学園の共同授業が始まって一週間、特に大きな事件などもなく平和で穏やかな毎日が繰り広げられていた。

だがその影で小さな、だがある意味深刻な事態が進行していった。

それは――


「おはよう、ワリスモンス!」

「シルワさん、今日もいいお天気ね」

「みんなおはよう」

「プラーティエースさん!」


そう、アカリ系ネーミングがメイド達の間で流行した――してしまったのだ。

ちなみに先程の会話に出てきたのは、谷山、森、平野の三名である。


だが中にはこのノリについていけない者も。

「おはよう、アマレスプマイ」

「お、おはようアズミ」

恋沫アイコである。

ストライクザハートの称号を得てしまった彼女にとって、同系統のこの流行は苦難のダブルアップであった。


そしてこの流行の発信源達はといえば――

「おはようアイちゃん――えっと、アマレちゃんって呼んだほうがいいのかな?」

「是非『アイちゃん』の方でお願いします!」

自分アクアルナだけじゃなくなった事で少し心が軽くなったノアと、

「アマレスプマイ……恋の泡、か」

自分だけの特別キャラが一般化してしまった事に戸惑いを感じるアカリ。中々対象的な反応である。


「何というか……まさかこうなるとは思っていなかったのです」

「あ、おはようエイヴァ」

メイド達に囲まれているうちに普通に彼女らに溶け込んでいったエイヴァだったが、まさかラテン語が飛び交う教室になるとは思っていなかった。

のだが――


「日本文化の根底にあるのはサブカルチャーだと参考資料にありましたが、やはり事実でしたか」

予備知識としては持っていたらしい。

「やっぱりその参考資料、興味津々だよー」




「……以上の文献から、現在では森蘭丸が執事で前田利家が萌徒もえどだったというのが通説となっている。ここはクイズに出題される可能性が高いから覚えておくように」


授業が始まれば喧騒は鳴りを潜め、生徒は全員授業に集中する。行われている授業は全て全国大会に特化したものだからだ。


「千利休の茶道も執事・メイド文化と互いに影響し合い、その影響は後の抹茶ラテアートにも――」

歴史はクイズの問題として非常に使い易い。引っかけに出来る問題ならば尚の事だ。

故に教師も過去の出題傾向や最新情報から全力で問題を予想する。全国大会は生徒だけではなく学校同士の総力戦なのだから。




今日の午後は仮のチームによる格闘訓練。

チームは執事三名とメイド三名の計六名構成で、うち一名があるじ役としてちょんまげのカツラを被る。

己のチームの主を護りながら敵チームの主からカツラを奪い獲る。獲ったら勝ち、獲られたら負けというシンプルなルールである。


「じゃあ主を誰にするか決めなきゃね」

ノアは今、仮チームのメンバーと打ち合わせ中だ。

「どうしようか、やっぱり定石通りメイドさんの中から身を守れる技術を持ってる人を選ぶ?」


「「「「「うーーーん」」」」」

悩む一同、その時一人のメイドが、

「このメンバーなら最強あるじ戦法の方が合ってるんじゃない?」

ノアを見つめながらそう言った。


「ああ!」

「確かに!」

「それならもし勝てなくても負ける事もない」

「「「「うんうん!」」」」

「って事だからアクアルナちゃんが主ね。【障壁】で身を護りながら固定砲台もよろしく!」


「えええーーー……うう、分かったよぉ」

チーム全員の期待のこもった視線を受け、ノアは渋々練習用のちょんまげを被った。左右の微妙なズレを気にしながら。

「試合開始!!」



開始から数分後、ノアのチームは全滅した。ノア以外。

「さあ、敵の主に総攻撃だ!」

「「「「おおーーーっ!」」」」

そしてノアに迫りくる敵チーム!


「わわわ……」

ちょっと声が上ずったノアだったが、すぐ横に浮かぶげんぷーと目が合った事で少し落ち着きを取り戻したようだ。

大丈夫、げんぷーから借りた【障壁】はちゃんと張れてる。きっとげんぷーが守ってくれる。

だったら……だったら後は頑張るだけだ!


ノアは両の拳を構え、向かってくる相手にワンツーを繰り出した。

振り切った拳は相手の遥か手前だが、その拳から撃ち出した拳型の【障壁】が相手目掛けて飛んでゆく。アカリとの決勝戦で使った飛ぶ【障壁】だ。

「うわっとぉ!? 危なっ!!」

跳んできた拳を慌てて避ける相手だったが、ノアはまだまだ止まらない。


「うにょららららぁぁぁぁーーーっ」

相変わらず微妙な気合いの声を上げながら左右の拳を連打し、弾幕の如く次々と【障壁】を飛ばすノア。

そして相手に激突するか避けられて相手の後ろに飛び去った障壁は、げんぷーが消し去る。

同時に出現させられる数に限界がある攻撃用の【障壁】だが、この連携により次々と撃ち出す事が出来るのだ。


その同時出現数も以前は二つまでだったのが、その後の訓練により四つにまで増えていた。直接攻撃ならば両手両足に常時展開出来るし、飛ばせば以前と比較して弾幕の厚さが二倍となる。

そしてその二倍となった弾幕を浴び続けた相手は――


攻撃手は全て地に伏し、あるじ役のメイドは涙目でちょんまげを自ら外していた。

「そこまでっ!」


そのあまりにあんまりな結末に、周囲の騒めきは止まらない。

「うわ、えげつな」

「ねえ、あれってどうすればいいの?」

「鉄壁のガードに固定砲台って」

「誰か攻略方法を……」

「もうチームとか要らなくない?」


そんな中、

「流石はアクアルナ。次はこの我、イグネア・アニュラスが見せつける番だな。刮目せよ!」

アカリが出撃する。そして――

蹂躙が始まった。


「あ……ありえない」

こちらからの攻撃は全て水の盾に吸収され、アカリの攻撃は防御しても爆発し吹き飛ばされる。

ここまでは以前と同じ、だがアカリもまた進化していた。

「ふん、我が宿命のライバルが遠距離攻撃を行うのだ。ならばこちらもまた遠距離にて迎え撃つのみ!」


そして水の盾は水の槍と化した。

猛烈な勢いで撃ち出された水は相手を打ち抜くと衝撃だけを残してその存在を消し、そしてアカリの次の槍として充填される。

その再利用のサイクルは、まるでノアの飛ぶ【障壁】のようだ。


「次の課題は氷への変化、そして炎への変化だな」

次のプランを考えながら、地に伏す人を睥睨するアカリ。

「こっこらーー!! 味方まで全滅させる奴があるか!!」

「あ…………」



メイドの中で周囲の目を引いたのは、やはり恋沫アイコと桐野アズミだった。

「メイド魔法【アイロンプレス@洗濯】」

「うわ熱っ!」

「メイド魔法【スチーム洗浄@掃除】」

「もっと熱っ!!」

人に向けたらあちこちから怒られそうな攻撃を繰り出す二人のメイドさん。

そのあまりに凶悪な攻撃に、相手の執事もメイドもドン引きだ。

試合の後に精霊による回復を受けられるからいいものの、そうでなければ大惨事である。


「それまでっ! ……回復係、急いで治してやってくれ。私も手伝おう、リーフ頼む」

マキエ先生の契約精霊であるリーフはマキエ先生の肩に座ったままその蔓を伸ばし、生徒の赤くなった肌にその先端を軽く当てた。すると蔓の先端はうっすらと輝き、その光の中で生徒の肌はみるみる癒されていった。

その間に回復係はメイド魔法【回復】で別の生徒を治し、こちらも次々と処置してゆく。こうして生徒達が試合で負った傷は消え、すべてが元通りとなった。


「ふう、やれやれ。この攻撃は訓練では使用を控えさせた方がいいかもしれんな」

そんな事をぼやきながら、だがマキエ先生は獰猛な笑みを浮かべる。

その脳裏には代表チームの姿が何となく見えてきたのだろうか……

「今年はいけるかもしれないな。大会が楽しみだ」


代表選考まで残り一週間。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る