第34話 執事とメイド
実技の授業が始まると、執事達はメイドの力に圧倒された。
「メイド魔法【加熱@料理】」
一瞬でポットの中の水がお湯になり、
「メイド魔法【抽出@料理】」
一瞬で茶葉の成分がお湯に溶け出してお茶になり、
「メイド魔法【配膳@料理】」
一瞬でポットのお茶がカップに注がれテーブルに並べられた。
執事がお湯を沸かし始める頃にはお茶の準備が終わっていたのだ。
「これがメイド魔法の力だ。手で行う作業を魔力によって代行し素早く完了させる力、それがメイド魔法だ」
「「「「「おおーーー」」」」」
マキエ先生の説明に感心しきりの執事達、そして照れながらも誇らしげなメイド達。
「だが誤解しないで欲しいのは、これはあくまで『魔力による作業』であり『手で行う作業の代行』だという事。彼女達は手でお茶を淹れる技術を練習し習得してから、それを魔力で再現する練習をしてきたという事であり、つまりは手で淹れるよりも多くの努力を積んできたという事なんだ」
メイド魔法とはメイドの技を魔法化したもの。基礎的な魔法の使い方を覚え、そこから先は自らの知識と技術を自らの力で昇華し、オリジナルの魔法として構築してゆく魔法。
誰でも呪文を唱えれば結果が現れるようなものではないという事だ。
「へー、駒越さんのあの凄いメイド魔法もそうやって使えるようになったのかぁ」
初夏の実習先で出会った優しげなメイドのお姉さんを思い出しながらノアは呟いた。
その瞬間――
ギンッ!!
そんな音が聞こえそうな勢いでメイド達全員がノアに視線を向けた。
「えっ? えっ? 何!?」
突然の事に狼狽えるノアに、隣の席のアイコから声が掛かる。
「ねえノアさん、もしかしてもしかするとだけど、あなた今駒越さんって言った?」
「うん、前に実習先で会ったメイドの
「「「「「きゃあーーーーっ!!」」」」」
教室中にメイド達の歓声が響き渡った。
そしてノア達執事がきょとんとする中、メイド達は大騒ぎとなる。
「キタ!! 駒越先輩の目撃情報!!」
「あのアキヒメ先輩に会えたなんて!!」
「凄い! 凄い!」
「何て羨ま!!」
「「「「「是非kwsk!!!!」」」」」
大騒ぎのメイド達に呆然としているノアの表情を見て、アイコが溢れる笑顔で説明を始めた。
「駒越先輩はね、うちの学園の伝説なの。一年生の時に既に学園内の最優秀生徒って言われ、技術も魔法も他の追随を一切許さず、でもいつもニコニコ笑顔で誰からも好かれて――」
「つまり完璧超人か」
アカリが呟いた感想にも大きく反応するアイコ。
「そう、まさに完璧超人の超絶メイドだったの。それは下級生から新入生へと語り継がれ、今でも伝説のメイドとして学園で――」
そこでノアの脳裏にふと疑問が浮かぶ。
「あれ? でもそんなに凄いのに全国大会の放送で見た覚えがない?」
ここ数年は毎年欠かさず見てるのに……
そんなノアの言葉にアイコは頷き、更に語る。
「そこがまた伝説というか……駒越先輩ね、全国大会への出場をずっと辞退してたの」
「えっ、どうして?」
「他人と競うのは好きじゃない、自分が技術を磨くのは自己満足の為だからって」
「ナニソレカッコイイ」
「でしょ!? やっぱりそう思うよねっ!」
そして目を輝かせたアイコがノアに詰め寄った。
「そんな駒越先輩の最新情報、是非とも詳しく聞かせて欲しいの!」
その後ろには黒山ならぬメイド山の人だかりが。
「「「「「欲しいの!!」」」」」
視界を埋め尽くすメイドの圧にノアは思わず仰け反り、椅子ごと小さく後ずさる。
「え、えーーーーー……っと」
そして――
「あーー君達? 今は授業中だという事を思い出してくれないだろうか」
マキエ先生の一言で授業は再開された。
「はぁ……助かったー」
「単なる先延ばしだがな」
ノアの呟きに反応したのはアカリ。
途中から空気と化した彼女の危機回避能力は完璧であった。
言葉を挟む隙が無かっただけかもしれないが……
格闘訓練は執事の戦闘力にメイドが目を見張る番だった。
初めは姿を現した精霊にきゃあきゃあ言っていたのだが、訓練が始まると目の前の光景に表情が一変する。
精霊の力を借りた執事の動きは超人どころか人外レベル、それに執事と共にある精霊が繰り出す能力もまた現実離れしているからだ。
テレビなどで見知ってはいても、やはり目の前で見せられると迫力が違う。
メイド達の心には驚きと感動、そしてこれ程の力を持った執事と共に戦う事への不安が満ちていた。
「執事もまたメイドと同様に家事全般の技術を習得するが、それと併せて主を護る力を持つ必要がある。基本的にどちらも習得する内容は同じで、家事寄りなのがメイド、警護寄りなのが執事だと考えてくれればいいだろう。とはいえこれまで君達は護身術に加えメイド魔法を護身に使う技術も学んできた筈。あとはその技術に慣れるための場数、そして創意工夫が君達を強くする事だろう」
マキエ先生の言葉に深く頷くロゼメアリー学園のメイド達、その表情は不安の色は残るものの一歩踏み出す決意のそれだった。
翌日。
お互いの凄さを認識した執事達とメイド達は、その理解を進めるべく共同での授業に取り組んでいた。
お互いやる気は十分、そのうえメイド達は昨日の放課後に伝説の先輩の情報をゲットしている。目撃者であり情報源のノアから、それはもう根掘り葉掘り。
終わる頃にはぐったりしていたノアだったが、休息はしっかり取れたようで疲れの表情は見えない。
むしろたくさん話が出来た事で、おしゃべり好きのメイド達に無事馴染むことが出来たようだ。
そしてメイド達の今日の
何しろイギリスと言えばメイドにとっても本場。そこからの留学生ともなれば是非色々と聞かせてもらわねば。
そんな事とはつゆ知らず授業を受けるエイヴァだが、きっと休み時間や昼休みの質問攻めで、昨日のノアの災難が今日は我が身となるに違いない。
まあそれはともかくとして、授業である。
授業内容に絡めての雑談の中で、マキエ先生がふと呟いた。
「そう言えばこのクラスにはバスチアンとロゼリアが揃っているのだったな」
「「「「「ええーーーーっ!?」」」」」
「何だ、君達それぞれの学年の代表の話とかしていないのか?」
昨日の話題は伝説の先輩についてのみだったから。
「まあいいか。バスティアーナ学園一年のバスチアンは水月ノア、ロゼメアリー学園一年のロゼリアは恋沫アイコだ」
「「「「「ええーーーーっ!?」」」」」
「アイちゃんがロゼリアだったの!?」
「ノアさんがバスチアンだったなんて……」
隣の席同士、顔を見合わす二人。
お互い意外だったようだ。
「あのノアさん、称号を聞かせてもらえる?」
「あっうん。私の称号はげんぷーの色から『漆黒』、漆黒のバスチアンだよ」
「そうなのね。私は『ストライクザハート』。凄く恥ずかしいんだけど」
「えっそう? 何だか凄くカッコいい名前だと思うよ?」
ノアの率直な感想にアイコは哀しげな表情を浮かべ答えた。
「だって名前に『恋』の文字が入ってるからって、ノリで付けられちゃったんだもの」
その言葉に反応したのはアカリ。
「うむ、アクアルナと同じか」
「アカリちゃん!?」
「そっか、アクアルナと比べればまだ……」
「アイちゃん!?」
「一般的に強さのバスチアンと家事技術のロゼリアと言われるが、君達二人もまあそんな感じだな。ちなみにバスチアンの次点は火輪アカリ、ロゼリアの次点が桐野アズミなのだが、そちらも揃っているな。意図的なのか偶然なのか、いずれにしろ厄介な状況を押し付けられたものだ」
最後は愚痴となってしまったマキエ先生だったが、両学園の学年トップ2が集中するという事態に、生徒達もまた驚きを隠せないでいた。
名前問題に揺れる当人たちを除いて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます