第33話 ロゼメアリー学園

十二月に入った。

風は時折冷たく背筋を撫で、街には赤と緑それに金色の配色が目を引くようになってきた。ここ日本においては宗教色の欠片もない、世界最大の宗教行事の季節である。


「さて、いよいよ『ロゼメアリー学園』との合同競技会だ。以前言った通り、これは冬休み明けに行われる『全国執事・メイド学校技術大会』出場者の選考を兼ねている」


朝のホームルーム、マキエ先生の言葉で教室の気温は一気に上昇した。


「まずは『全国執事・メイド学校技術大会』について説明するぞ。通称『全国大会』、毎年テレビ等でも放映される執事学校とメイド学校における一大イベントだ」


全員うんうんと大きく頷く。

この執事学園に通う生徒達、それはもう毎年テレビにかぶりつきである。


「競技種目は二つ。まずは技術点と芸術点を競う作法や給仕、調理や掃除等にクイズ形式の執事・メイド学を加えた『総合』だ。執事とメイドがそれぞれの得意分野で協力しあう事が必須の競技だ」


学校行事なのにエンターテイメント性が高い。


「そしてもう一つが『格闘』だ。執事による精霊格闘と本来生活魔法であるメイド魔法、この組み合わせを活用して戦う団体競技となる。こちらはチームで挑むトーナメント戦だ」


「「「「「おおーーっ!!」」」」」


先日のトーナメントでのたぎりを思い出した生徒達にマキエ先生は苦笑と苦言を発する。

「あー君達、忘れないで欲しいのだが」

そう前置きして本題へ。


「我々が格闘の訓練を行うのは、あくまで護る力を身に付ける為だ。そしてこの全国大会を広く放映する目的は、我々の力を広く世に知らしめる事により主や執事と共にある者への襲撃を抑止する、つまり戦いを回避する事なんだ。くれぐれもその事を忘れて暴走などしてくれるなよ?」


生徒が冷静さを取り戻したところで次の話題に進む。


「メンバーは各学年二名に控えサブ二名を加えた計四名が選出される。その為の合同競技会だから、皆気を抜かないようにな。では次にロゼメアリー学園についての説明に移るぞ」


生徒達をぐるりと見回し、マキエ先生は自分に注がれる視線に軽く頷いた。


「知っての通り、ロゼメアリー学園はメイドを育成する学校だ。メイドもまた執事と同様に主を選び仕える仕事であり、故に我らとは職場を同じとする仲間だ。その為、各都道府県には執事学校と対となるメイド学校を置き、学校間での交流を行うようにしている。パートナー校制度というやつだな。全国大会が合同で実施されるのもその一環だ」


(もしかして草薙家の駒越さんもロゼメアリー学園の出身なのかな)

現場実習でであったメイドのお姉さんの事を思い出しながら話を聞くノア。

そしてマキエ先生の説明は締めに入る。


「そんな訳で、わが校はパートナーであるロゼメアリー学園と共に全国大会に出場する。毎年上位に食い込みながらも優勝経験の無い我が校に、是非優勝トロフィーを持ち帰って欲しい」




その日の午後、ロゼメアリー学園からメイドの卵達がやってきた。

彼女達の教室には、実習が無い時は無人となる実習棟の教室や、各学年毎に一室ずつ用意されている予備教室が割り当てられた。

こうして、執事服一色であったバスティアーナ学園の半分がメイド服に染まったのである。


「ライムライム、メイド服だよ。メイドさんだよ!」

「やっぱメイド服は可愛いねー」

「見て見て、あの子すっごい美人!」


そんな感想を漏らす一年生執事達、そして一方の一年生メイドもまた、執事の群れをわいわいきゃきゃあと観察しているようだ。


「アイコ、むっちゃ注目されてんじゃん」

「揶揄わないでよアズミぃ」

「揶揄ってなんかないって。まったく相変わらず自分の容姿に自覚がなさすぎだろ……それにしても執事服ってやっぱカッコイイよな」

「だよねー。何だかドキドキしちゃう」


まあお互い楽しそうで何よりである。


「一年生は今回初めての合同競技会なので、事前に説明を行う。全員今から講堂に移動するように」



一年生が全員講堂に移動すると、壇上の白砂しらさご学園長から説明が行われた。

「まず最初にロゼメアリー学園の皆さん、当バスティアーナ学園にようこそ。我々はあなた方を歓迎いたします」

その言葉と共に前に立つ教師達が一斉に拍手、そしてその拍手はバスティアーナ学園の全員に伝播していった。


「これから2週間、あなた達はバスティアーナ学園に通い、共に学園生活を送っていただきます。そしてその最終日、選抜された生徒による合同競技会を行います。参加者の選抜はそれまでの学園生活の中で我々教師の採点により行われます。採点基準には能力だけでなく周囲との関係や態度も含まれていますので、皆さんには緊張感を保ちながらも楽しい学園生活を送っていただく事を望みます」



学園長の話が終わると次は実際の学園生活に関する説明で、要約すると次の内容だった。

・期間中は執事とメイド混在の特別編成クラスで授業を行う。

・クラスと座席は偏りが起きないよう決定済み。

・就職後の実際の業務や全国大会を想定した授業を行う。


そして全員分のクラスと座席が書かれた紙が配られた。

「私はA組のままだ……ああっ、ライムがいない! それにカナカナとマイカも!」

「ノア、強く生きるんだよ」

「我がいるのだ、問題なかろう」

「ワタシもいるのですよ」

「アカリちゃーーん! エイヴァーー!」


その様子に友人達は、

「A組に宿命のライバルww二人が揃った!?」

「これは嵐の予感……」

「見たいような、見たくないような」

「エイヴァ、頑張れ」

と、お互い軽く顔を引き攣らせるのだった。




「私がこのA組の担任、此華このはなマキエだ。此華先生でもマキエ先生でも好きに呼んでくれ」

執事服とメイド服が入り乱れた教室の中、教壇に立ったマキエ先生は全員を見渡し、話し始めた。


「ロゼメアリー学園の諸君にとっては慣れない環境だと思う。バスティアーナ学園の皆は積極的にサポートして欲しい。来年は逆の立場になる事だしな」

この期間生徒が集まる学園は、毎年交互での持ち回りとなっている。

今年はバスティアーナ学園、そして来年はロゼメアリー学園となっているのだ。


「さて、それでは自己紹介タイムだ。今回の自己紹介は普段とちょっと違う形式で行おうと思う。二人ずつ前に立ち、その二人が互いに自己紹介しあうんだ。他の者は席からその二人の様子を見守っているといい。窓側の席から始めよう。隣の席同士で前に出てきてくれ」


その妙な自己紹介はクラス中の視線を集めながら進んでいった。

執事とメイドが一対一で向かい合い、初対面の挨拶を交わし、自分について相手に説明する。大勢の人々に対してという非日常的なシチュエーションとは違い、目の前の一人にのみ相対すればいい。

しかも相手が質問しれくれれば、それに回答して話を続けられる会話型である。


その自己紹介は日常的なシチュエーションに近く、初対面の相手という事で多少ギクシャクはするものの順調に進んでいく。

そしてそれを見守る生徒といえば――

(((((目の前で新手の恋愛バラエティ番組やってるみたい)))))

まあ大体そんな感じで楽しんでいた。



さて、ノアの番である。

「みっ水月ノアです。趣味は……あれ? そういえば私の趣味って何だろう……」

ここに来て真剣に悩み始めるノア、真面目さが裏目に出てしまったようだ。

だが幸いにも今回は会話形式、話を進めてくれる相手がいるのだ。

「ふふっ、私は恋沫こいあわアイコよ。趣味はゲームで、最近は恋愛シミュレーションとかよくやるかな」

ノアはハッと顔を上げ、自分探しから帰還した。

「ああ! いいですよねゲーム。一人でも遊べるしみんなでやっても楽しいし!」

そこからは会話が途切れる事も無く、無事に自己紹介を終える事が出来た。



そしてノアの次は――

「我が名はイグネア・アニュラス、ここでは火輪アカリと名乗っている者だ」

第一印象が大事とばかりに飛ばしまくるアカリだ。

「おっと、君はその手の人だったか。でもいいのかい? 真名をそう簡単に人に教えたりして」


思いの外自分のノリに乗ってきた相手に、ノアの瞳がきらりと輝いた。

「ふん、真名を介した干渉については既に対処済みだ。問題無い」

「おっとそいつはすまない。どうやら余計なお世話だったようだ。ボクの名前は桐野きりのアズミ、恋沫アイコを陰から守護する者だ。おっと、この事はアイコには内緒だよ?」

「うむ、心得た。我はアクアルナ――ここでは水月ノアと名乗る彼女の宿命のライバルである。お互い相手にも妙な縁があるようだな」

「そうか、アイコの自己紹介のパートナーが君の……」

「ふっ、そう云う事だ」



「アカリちゃん、何が『そう云う事』なのかな、それにまた私の事を人前でアクアルナって……」

「アズミったらまたいつものアレ言い出して。『守護』とか何とか……大体『内緒』とか言って、私やクラス全員見ちゃってるじゃない。私また今回も気付いてない振りしなきゃダメなの?」


並んで机に突っ伏すノアとアイコ。

その姿は、ドヤ顔で戻ってきた後ろの席の二人と実に対照的であった。

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