第32話 先輩と
ぴーんぽーんぱーんぽーんっ♪
昼休みの学園に軽やかなチャイムの音が響き渡った。
『一年B組火輪アカリさん、本日放課後、生徒会室までお越しください』
そのアナウンスはもちろんノア達が昼食をとっている学食にも流れる。
「アカリちゃん大変! 生徒会からの呼び出しだよ! ネングノオサメドキだよ!」
「取り敢えず落ち着こうかノア」
すかさず声を掛けたライムは綺麗な返しが出来たせいかどことなく満足気な表情だ。
「でも一体何だろうね。アカリ、何か心当たりはある?」
「特に無いな。いや、まさか……」
「もしかして心当たりとかあるの?」
「生徒会が我が覇道に立ち塞が――」
「あ、勧誘とか?」
「「「「勧誘!?」」」」
アカリは放置し、カナタの言葉に驚く一同。
だが考えてみれば別に在り得ない話ではないのか?
「でもだって、アカリだよ?」
「だよねぇ」
いや、そうは感じていなかったらしい。
「もう、二人ともアカリちゃんに厳し過ぎだよー」
そして放課後。
「アカリちゃん、頑張ってね!」
宿命のライバルであるアクアルナの激励を受け、イグネア・アニュラスたるアカリは生徒会室へと赴いた。
内心、心臓をバクバクさせながら。
部屋に入ると、そこにいたのは生徒会長の苑森ミサただ一人であった。
「急に呼び出してしまってすまない。そちらに掛けてくれ」
来客用のソファを指さしながら、ミサは自らもソファに移動した。
手ずから紅茶を淹れてからアカリの正面に座り、ミサは早速用件に入る。
「実はね、私はとある研究をしているんだ」
「研究?」
「ああ。その研究とは、『精霊の属性を拡張できないか』というものなんだ」
ミサの瞳が怪しく輝く。
「属性の……拡張……」
アカリの脳裏に水の属性でありながら炎の力を手に入れた相棒の姿が浮かぶ。
「ああそうさ。水と炎を操る君の精霊のような、ね」
アカリはようやく自分がここに呼ばれた理由を理解した。
アカリが教室に戻ると、そこにはアカリの帰りを待つノア達の姿があった。心配からか好奇心からか。
「お帰りー」
「待ってたよー」
「ふふふ、では早速聞かせてもらおうか」
「それで、student councilの用事って何だったのです?」
そしてアカリは囲まれた。
アカリが先程の生徒会長との様子を話し始めると、みんな前のめりになって聞き入っている。
「へー、生徒会長にそんな趣味がねー」
「いや、趣味って訳じゃないだろ」
「うん。研究と趣味は違うと思う」
ノアに突っ込むマイカとカナタ。残念ながら今回はライムは出遅れた。
「それで『精霊の属性の拡張』だっけ? 協力する事にしたんだよな。どんな事するんだって?」
「具体的な話は次回聞く事になっている。二年の新生徒会に引継ぎを行ってから動き出すそうだ」
学園祭の少し後、立候補期間を経て新しい生徒会長を選出する選挙が行われた。
そこで選出された新生徒会長は、現生徒会で会計を務めていた牧島マキ。
先日のトーナメントで精霊のあーもんと共に準決勝を戦ったのは記憶に新しい。
他に立候補する者がいなかった為信任投票となりそのまま信任、現在は副会長を始めとする他の役員を集めている最中だ。
「ふーん。それにしてもアカリ、よくOKしたね。そういうのって面倒くさがると思ってた」
ライムの言葉にふふんと鼻を鳴らすアカリ。
「何を言う。『全属性持ち』とか最高のロマンだろう?」
「あ、前言撤回。今ものすごーく納得した」
以上で今日は解散。みんなそれぞれ帰ってゆく。
「それに、いつまでも負けたままではいられないからな」
アカリは帰路に一人呟いた。
翌日、昼休みに入ってすぐライムは三年生のフロアに来ていた。
ノア達との昼食に断りを入れて。
「やっぱり緊張するなあ。ええっと、確かC組って言ってたっけ」
C組の教室の前に辿り着くと、そこから目的の人物を探し始めた。
「あれ? あなた一年生? 誰か探してるの?」
キョロキョロと視線を飛ばすライムに、扉のすぐ近くの席に座っていたこのクラスの生徒が話しかけてきた。
「あっはい。あの、狩絵エリカ先輩にお話があって」
「ああ、エリカね。……エリカ―、お客さーん!」
一斉に集まる視線に居心地の悪さを感じたが、ここで逃げる訳にはいかない。
その時、
「はいはーーい」
一人の生徒が立ち上がり、こちらに歩いてきた。
エリカである。
「うん、君は一年生だね。私に何か用かな?」
「はい、あの実はこの前の試合を見て……私もネコタイプの精霊なんですけど――」
エリカの瞳がキランと輝く。
「うん、よし分かったよ。じゃあ場所を移動しようか」
そしてライムの手を取って歩き出す。
「お昼は食べた? この時間だったらまだだよね? お弁当?」
「は、はい。いつも学食で――」
「よし、じゃあ話はお昼を食べながら聞こうか」
今日のランチを手に、二人は空いている席を見つけ座った。
遠くの席にはノア達の姿が見える。こちらには気付いていないようだ。
飲み物を用意しようとするライムを手で制し、エリカはお茶を入れて戻ってきた。
「はい、お茶どうぞ」
「あっありがとうございます!」
「まずは温かいうちに食べちゃおうか」
ある程度食事が進み、プレートの残りが三分の一くらいになった頃。
「じゃあそろそろお話ししよっか」
食事の手は止めずにエリカはライムに声を掛けた。
「はい。実は……」
そしてライムは話し始める。
「この間の試合、すっごく感動しました。ネコの力をあんな風に使いこなせるなんて」
アイリと戦うエリカの姿を脳裏に浮かべながら。
「いやっはっはは、照れるなー」
ネコの凄さを知らしめるのを目標としていたエリカであったが、こうストレートに言葉にされると非常にむず痒い。
「私の精霊もネコタイプなんですけど、貸して貰った力をどう活用したらいいのかって悩んでたんです。その時に先輩の試合を見て衝撃を受けたって言うか――」
「ああ、分かるなあ。私もそうだったからね」
エリカは自分の事を思い出しながらライムに応える。
「ネコタイプに限らずそうなんだけどさ、精霊の力って凄く分かりやすいのとそうでないのがあるんだよね」
「分かりやすい力と……そうじゃない力?」
「うん、そうそう。で、ネコタイプなんだけどさ、一緒に戦うっていうよりは力を借りて自分の身体を強化するって感じじゃない」
「はい、私もそう思います」
「で、以前の私もそこで行き詰っててね。普通に敏捷性とかジャンプ力とは上がるんだけど、そこまでって感じで」
ライムは大きく頷く。自分もまさに今そんな感じだから。
「私さ、実家でネコを飼ってて子供の頃からずっと猫と一緒に育ったんだ」
学生寮はペット禁止だから今は違うんだけどね、と笑うエリカ。
「それで、思ったんだ。あれ、ネコって敏捷性とジャンプだけだっけ? ってね」
そこで一旦言葉を止める。
「精霊から借りる力ってさ、私達がその精霊の形を成す生き物に対して持っているイメージなんだよね」
そう話すエリカの肩にはいつしか精霊のマーシーが座っている。
「だから私は、ネコについて調べ直した。ネコが優れているのはどんなところだろう、私はこれまでネコに対して何を見てどう感じていたんだろうって」
プレートを空にしたエリカはお茶で一息つき、マーシーの鼻先をこちょこちょし始める。
「ネコは夜行性で夜目が利く、狩りをするために動体視力と瞬発力がすぐれる、そして実は嗅覚や聴覚だってもの凄い。身体だって柔らかいし木登りとかも得意」
エリカの指先にマーシーが軽い猫パンチ。
「ほら、敏捷性だけじゃないでしょ?」
そんなエリカの指摘に、ライムは目から鱗が剥がれ落ちる思いだった。
「分かりにくい力っていうのはさ、私達が気付いていない力の事なんだよね。精霊についてちゃんと知って、それをイメージする事が出来れば借りられる力なんだよ」
ライムは思った。
やっぱりあの時感じた自分の直感は正しかったと。
この先輩は凄い人なんだと!
そして――
「先輩! 私感動しました。先輩の事は師匠と呼ばせてください。いや、私の師匠になって下さい!」
「うえぇぇぇぇ!?」
こうしてライムは無理矢理師匠をゲットした。
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