第27話 新バスチアンの誕生
二年生の決勝戦に進出したのは白銀のバスチアン
観客目線で言えば、白銀の狼の群れと白い大蛇の戦いである。
(って今回はマイクを大きくしたりはしないけど)
ヘビタイプは隠密行動こそが本来の持ち味、前回のアレは観客に向けたパフォーマンスでしかない。
決勝戦でやったりしたら敗北は必至だろう。
そしてそれはサザナミもまた。
「真神、いけそう?」
首を振る真神。精霊からの部下の召喚には多大な精霊力を必要とするため、万全の状態でしか行う事が出来ない。
本当であれば決勝戦まで温存したかったのだが、今回最強の敵と目していた牧島マキに勝つ為やむ無く準決勝で使用したのである。
「…………始めっ!」
準決勝とは打って変わり、その場でじっと相手を窺うサザナミ。
相手の精霊は自分よりも小さく隠密性に優れるヘビ、自分が翻弄されない為には常に居場所を把握しておく必要がある。
そうなれば仕掛けるのは当然タキとなる。
「マイク、【隠密】」
マイクが【隠密】を発動するとその気配は薄れ、姿も目に映らなくなる。
精霊が普通に姿を消すのとは訳が違う。そこにいる筈のマイクが他の精霊からも捕捉されにくくなる、それが【隠密】だ。
その効果は非常に高く、警戒していた筈のサザナミでさえもマイクを見失ってしまった。
「っ! 真神、捕捉出来てる?」
問われた真神も完全にマイクを見失っていた。過去にマイクの【隠密】を見た時にはうっすら漂う気配と匂いにより把握出来たのだが、今回は完全にロスト。
どうやらタキとマイクは【隠密】を以前より相当パワーアップさせて今回に臨んだようだ。
「真神、作戦変更、走るわよ!」
見失った敵を相手にじっとしているなど完全な悪手。こうなれば的を絞らせないよう不規則に移動を繰り返すしかない!
縦横無尽に駆け回るサザナミと真神。
マイクによる不意の攻撃を警戒した動きではあるが、その動きはタキにとってもまた脅威。その機動がいつ自分に向けられるかと一瞬たりとも目を離せない。
そんな中、先に勝機を掴んだのはタキ。
サザナミの軌道が姿を消したマイクの正面に重なったのだ。
マイクは無音で【緊縛】を発動、サザナミを捕らえる精霊力の渦がマイクから発射された。
(勝った!)
だがその渦がサザナミに届く直前、サザナミに飛び込む白銀の影。真神がマイクから離れサザナミに向かう精霊力を感知したのだ!
「真神!?」
真神に弾かれたサザナミはすかさず空中で体勢を整え着地した。
そしてその目の端に拘束され地面に転がる真神を捉えつつ、その勢いのままタキへと迫る。
「くっ!?」
それは、見えた勝利に気を緩めたほんの一瞬の出来事だった。
その緩みさえなければ、迫るサザナミに冷静に対処しつつ姿を消したマイクのアシストを受け勝利する事も出来ただろう。
だが、それはもう起き得ない未来。
「それまでっ! 勝者、2B甲野サザナミ!」
既に決着はついたのだから。
そしていよいよ最後の試合となる三年生の決勝戦が開始される。
「三年生決勝戦、3A
審判のコールを受けた二人はそれぞれの開始位置に立った。
「ミサ……」
「約束は守るって言ったよ?」
「そうね。ならば全力で楽しみましょう」
このトーナメントで戦おうと約束していたアイリとミサは微笑みを交わす。
そしてふたりはゆっくりと構えを取り――
「…………始めっ!!」
戦いの幕が上がった。
開幕の一撃は、開始位置からのミサの跳び蹴り!
ひと跳びで目の前に現れたミサに対し、リリーを御神刀に変化させたアイリは
「流石アイリ! でもっ!」
これは想定通り、そしてここからが今日の為に生み出した新技のお披露目っ!!
「白雪、【八艘跳び包囲陣】!」
白雪が一つ瞬きすると、空中に八つの半透明の足場が出現した。これまで使用してきた【八艘跳び】とは違い、中心にいるアイリを取り囲むようにして。
その足場の一つがミサの進路上に移動すると、ミサはその足場を蹴りアイリに向かって再度の跳び蹴り。
アイリが避けるとミサの進行方向に最寄りの足場が移動し、それを蹴ったミサが再びアイリに襲い掛かる。
アイリ相手に出し惜しみなど初めからするつもりは無い。
むしろこの新技で戦いの主導権を握る!!
強烈な覚悟と共に、ミサは上下左右あらゆる角度からアイリに息つく暇も与えず連続で襲い掛かってゆく。
(いっけぇーーーーっ!)
「これはっ」
正面から飛び込んで来たミサの跳び蹴りを避ける。
「ちょっとっ」
軽く屈み右上からの跳び蹴りを御神刀でいなす。
「よくない」
直上からの重い跳び蹴りは御神刀の両端を強く握りしめて押し返す。
「流れねっ!」
軽くよろけた瞬間に襲ってきた後方からの跳び蹴りを身を伏せてやり過ごし、素早く立ち上がる。
まずはこの包囲陣からの脱出を!
そう判断したアイリは、次のミサの攻撃をやり過ごした瞬間、ミサと反対方向に大きく飛び退く。
包囲の外へと飛び出す為に足場の無い空間を選んだアイリだったが、その進行方向に足場が回り込みアイリの進路を妨げた。
「無駄だよ! この足場は外へと向かう者の前に自動移動するんだ!」
敵味方の区別なく、ただただ単純に外へと向かう動きを察知し、必ずその前へと現れる足場、それこそが【八艘跳び包囲陣】だ。
これによってミサは足場の位置を気にせずどの方向にでも跳ぶ事が出来、そして同時に陣は敵を捕らえる檻ともなるのだ。
だがここで一旦ミサの連続攻撃が止んだ。
アイリが陣の端にいる限り連続攻撃の足場としての効力が発揮されないからだ。
「あら? もしかしてここなら安全?」
外には出られなかったが、これならば――
「そんな訳ないじゃん」
ミサが白雪に視線を送ると、アイリの後ろの足場が一瞬アイリの背を押した。
「えっ!?」
不意を突かれたアイリは押された勢いでよろけながら中央に歩を進め、その隙にミサは跳び回りながらの連続攻撃を再開した。
「嘘でしょっ」
これはもう勝負の趨勢は決まったか。
観客がそう思い始めたその時、アイリがミサの攻撃を避けながら微笑む!
「でも私、攻略法見つけちゃった」
「だったらやってみなよっ!」
アイリは先程と同じようにミサと反対方向に飛び退く。
「無駄だって――」
「リリー、【モード
「!?」
木刀から長い鞭へとその身を変化させたリリー。
「この限られた空間でそんな長い鞭なんて――」
その言葉を遮るようにミサに鞭が襲い掛かる。
「大丈夫よ。リリーが自分で動いてくれるから」
鞭で攻撃するには、その前後に鞭と同じ長さの空間が必要となる。
そして一旦後ろにループさせてからでなければ攻撃を行えないのだ。
したがって【八艘跳び包囲陣】に囲まれたここの場所で鞭を使う事など不可能なのだ。
――通常ならば。
だがリリーの蔦千手は、精霊であるリリーが鞭に姿を変えたもの。
ならばリリーの意思により自在に動く事が出来るのは当然。
陣の中央でループをひとつ作ったリリーは、そのループを勢いよくしならせる事で陣のどこにでも鞭の攻撃を行う事が可能となるのだ。
陣の中では、ミサが縦横無尽に激しく跳び回る。
だが先程までと違うのは、ミサが攻撃の為ではなく空気を切り裂く音を立てながら迫りくる鞭を避けるために跳び回っているという点。
そしてその表情がもの凄く引き攣っているという点。
ミサは頑張った。
音速に近い鞭の攻撃を避けながらも、何とかアイリに攻撃を加えようと頑張った。
だが……
「そこまでっ! 勝者、真名アイリ!」
最期はリリーの鞭に全身ぐるぐる巻きにされ、床に転がったのである。
「ぶいっ!」
アイリに勝利のVサインを向けられながら。
観客の大きな歓声と拍手の中ふたりは中央で握手、そして――
「参ったよ。まさか【八艘跳び包囲陣】が自分の逃げ場を無くすなんてね」
その言葉にアイリは不思議そうな表情で尋ねた。
「えっと、どうして陣を解除しなかったの?」
「え?」
そう、解除して外に逃げればよかったのに。
「ああーーーーーっ!!」
どうしてそこに気が回らなかったんだろう。
凡ミスに思わず頭を抱えたミサだったが、
「いや、もしそうしたとしても結局あの鞭には対処出来ないな。やっぱり今のままじゃダメだ。精霊に別の属性を追加する研究をもっと進めてかないと」
と気持ちを切り替える。
「うん、もしミサが遠距離の攻撃を混ぜてきたら、私負けてたかも」
「よし、頑張って卒業前の試験までに完成させるよ! いいヒントになりそうな研究対象も見つけた事だしね」
そう言ってミサは控えスペースに視線を向けた。
「炎と水のイルカの子ね。ふふっ」
「はははは……」
そして表彰式。
壇上で優勝者三名と向かい合うのは、バスティアーナ学園の学園長、
「三年生バスチアンは真名アイリさんとします。称号は前回に引き続き『友愛』でいいですか?」
「はい」
その様子に、観客席からは何故か拍手の代わりにざわめきが聞こえてきた。
「あの子に相応しい称号は『女王様』じゃないか?」
「ああ、あの鞭捌きはやっぱり――」
「『女王様のバスチアン』」
どうやら最後に見せた鞭の印象が強すぎたらしい。
白砂学園長はひとつ咳ばらいをし、
「友愛のバスチアン、真名アイリさんに大きな拍手を!」
今度こそ観客席からは大きな拍手が送られた。
「二年生のバスチアンは、こちらも前回に引き続き甲野サザナミさんとします。甲野さん、称号は前回に引き続き『白銀』でいいですか?」
「はい」
これには観客達も納得の表情で大きな拍手を送った。
白銀の狼、真神の印象そのものだったからだ。
「そして今回初めて選出される一年生のバスチアンは、水月ノアさんとします。水月さん、希望する称号はありますか?」
「いえ……まだ考えてないです。すみません」
小さくなるノアに学園長は優しく微笑み、
「いいんですよ。これから考えればいいのですから。バスチアンおめでとう、よく頑張りましたね」
「はっはい! ありがとうございます!!」
その頃観客席では、
「アクアルナじゃないのか?」
「アクアルナのバスチアン? ちょっと長いな」
「でもそうは言ってもアクアルナだしなぁ」
完全にアクアルナありきの感想が飛び交っていた。
「はい、皆さん水月ノアさんに大きな拍手を!」
「「「「「アクアルナぁ!!」」」」」
場内に鳴り渡る拍手と歓声の中、ノアの口元が小さく動くのが見えた。
「うう……アカリちゃんのバカぁ」
後日、ノアの称号はげんぷーの色をとって『漆黒』と決まった。
この称号の発案者もまた、アカリである。
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