第25話 三年生準決勝戦
「三年生第二回戦第一試合、3A
審判のその声に場内は沸き立った。
先程の試合で見せた剣術と治癒の力により、アイリが観客の心を鷲掴みにしていたからだ。
対戦相手のエリカについては『誰だっけ?』といった感じではあるが、アイリが今度は何を見せてくれるのかと皆期待に心躍らせている。
「ふっふっふー、計算どーり! マーシー、私達の力で今から皆をビックリさせちゃおう」
エリカは油断なくアイリを見据えながら、肩にちょこんと座ったネコタイプ精霊のマーシーに声を掛けた。マーシーはその声に応えるように立ち上がり、そしてエリカの頬に身体を摺り寄せる。
(はうぅ)
その極上の感触に緩みそうになる頬、だがエリカは慌てて表情を引き締め気合を入れ直した。
一方、観客の期待を一身に背負うアイリは、目を閉じ精神を集中していた。
観客の声は耳には入るが心には入って来ない。開始の合図を待ちながら対戦相手である今日のエリカの試合を思い出している。のだが……
(あれ? あれれ? エリカさんの試合ってどんなだったかしら?)
自分の試合のすぐ後だったから、控えスペースの前で見ていた筈、その記憶を探り当てたアイリは、その試合の開始から決着までを脳内で再生しようとした。
(ええと、確か……)
B組の
あまりに印象に残らない試合であった。
(ちゃんと見てた筈なんだけどなあ……)
だがその試合、エリカにそれ程の強さは感じなかった。
油断しなければきっと大丈夫。
そう結論付け、アイリはゆっくりと目を開けた。
「…………始めっ!!」
「リリー、【モード御神刀】」
第一試合の動きを繰り返すかのようにリリーは木刀へと変化、そしてそのリリーを手に、アイリは八双に構える。
(じゃあ見せてもらおうかしらね)
そしてエリカ。
「じゃあよろしくね、マーシー」
肩の上のマーシーの瞳が輝き、それと呼応するようにエリカの瞳も暗闇で光を浴びた猫の目のように輝き――
そしてエリカは脱力した無防備な動きでアイリに近づいていった。
一足一刀の間合い。
あと一歩踏み込めば頭上からアイリの刀が振り下ろされる!
だがエリカは軽い足取りでその一歩を踏み越えた。
ブンッ!
空気を切り裂くように襲い掛かるアイリの御神刀。
誰もが決着と思ったその瞬間、エリカは軽く右に身体を揺らした――
いや、それは揺らしたのではない。
目に移らない程速い足捌きにより右に一歩移動したのだ。
だがアイリの反応もまた常人のそれではない。
下へと向かう木の刃は空中で停止、そのままエリカが避けた方向へと90度方向を変えた。
再び襲いかかる刃にエリカは軽く目を見張りながら、左から自分の胸元に迫るその刀を中心として側宙、御神刀が通り過ぎたその場所に再び降り立った。
一連の攻防で僅かに体勢の崩れたアイリとエリカは、どちらも相手の次の攻撃を警戒して軽く後方に飛び退き、そして構える。
「「「「「ウワアアアアアァァァッ!!」」」」」
思いもよらぬ白熱した幕開けに会場の熱気は急上昇、一瞬止まった呼吸は歓声となって鳴り響いた。
(うわ、あっぶなー。やっぱ速いなー真名さん)
まさかあのタイミングから刀が追尾してくるとは想像だにしていなかったエリカは内心冷や汗ダラダラである。
そしてそれはアイリもまた。
(嘘でしょ? アレを避けるって一体どんな反射神経!? それにあんな避け方って!!)
これまでエリカは精霊格闘についてはいまいちパッとしなかった。
ネコタイプの敏捷性や跳躍力は人並みに得られていたもののそれ以上の能力の発現は無く、自他共に認める『普通』の優等生であった。
(せっかく……せっかく念願のにゃんこ精霊と契約出来たのに!)
子供の頃からずっと飼い猫と一緒に育ってきたエリカは根っからの猫派。
執事を目指してペット禁止の学生寮に入った彼女にとって猫と過ごす唯一の希望は、ネコタイプの精霊を引き当てる事だった。そしてその溢れるネコ愛により見事成し遂げたのである。
そんな彼女の次なる野望、それが――
『みんなにネコの凄さを知ってもらいたい』
であった。
だがネコタイプのマーシーから得られた力は至って平凡なものでしかなく、それにより彼女の精霊格闘の成績もまた平凡なものとなっていった。
だがエリカのネコ愛はそのままでは終わらない。
あまりに身近過ぎて今まで当たり前と考えていたネコの特性を端から調べ、パワーアッププランを練っていった。
その結果辿り着いたのが、動体視力と反射挙動特化。何があっても対処出来る超回避型の戦闘スタイルであった。
そしてその初披露として選んだのが、同学年最強『友愛のバスチアン』との試合なのである。
(でもいける! 真名さんのスピードについて……ううん、上回れる!)
更なる速度アップを目論むエリカ、そして――
(スピード勝負だと分が悪そうかしら。だったら……)
「リリー、【モード
突然のアイリの行動に訝しげな表情となるエリカ。
(武器モードを解除して回復モード?)
だが自分の武器は反射的な回避と攻撃。ならばこの状況は自分にとってより有利である筈!
不規則な挙動でアイリを翻弄しつつ必殺の爪を立てようと動き出した。
「リリー、試合場全体に
アイリを中心にうっすらと霧がかかり、
「この程度の霧なんて目隠しになんてなら――ぶっ!?」
走り回っていたエリカが突然コケた。それはもう盛大に。
「いたたたた……何なのよ急に? ってマーシー!?」
張り付いていた床から顔を上げたエリカは、すぐ先にいるマーシーに気付きその様子に目を止めた。
寝転がって背中を床に擦り付けるようにクネクネと動くその様子、そして浮かべている恍惚の表情、あれはまるで……
「またたび?」
でもそんな筈はない。だって――
「精霊にまたたびは効果が無い筈……」
実際エリカも試してみたが、マーシーは買ってきたまたたびに興味すら示さなかった。
またたびエキスを霧状に噴霧するスプレーも試してみたけど結果は同じで……
「スプレー?」
ふと周囲に揺らめく霧を見回し、
「まさか!? ……いや、でも……」
そのエリカにアイリが話し掛けた。
「そう、この霧は木天蓼、つまりまたたび成分の霧です」
「そんなのあり得ない! だって精霊にまたたびは――」
「効かないのでしょう? 人間の世界のまたたびは」
そのアイリの言葉にエリカは驚きの表情を浮かべ、
「!? それって……」
言葉を失う。
その様子にアイリはゆっくりと頷き、
「ええ、真名さんの考えている通りよ。この霧はリリーの生み出した霧。つまり精霊界のまたたびなの」
そう答えた。
「……そっか」
エリカはマーシーの初めて見せる微笑ましい姿をしっかり心のスクショに収めてから、
「でもだからと言って、まだ負けた訳じゃ――」
と立ち上がろうとして――
「あれ?」
そのままぐらりと傾き尻もちをついた。
それから何度か立ち上がろうと試したが、全て失敗。
普通に体を動かしている筈なのだが、必要な箇所に力が入らず、逆に不要な箇所に力が入り過ぎたり……何と言うか身体のバランスがおかしいのだ。
「真名さん、あなたの精霊さんから流れる力が乱れている今、あなたはまともに身体を動かせない筈です。このままギブアップする事をお勧めします」
そんなアイリの宣言に自分の現状を理解したエリカは、
「ははは……これはもうどうにもならないや。うん、私の負け。参りました」
試合はアイリの勝利。だがそのアイリと互角に近い勝負を繰り広げたエリカに、観客は惜しみない拍手を送った。
ネコタイプ精霊の凄さを知らしめたいというエリカの野望は達成できたのである。
そして、
「エリカ先輩凄い。私、あの人に弟子入りしたい!」
同じネコタイプのタマミちゃんをパートナーに持つライムの突撃を受ける未来もまた、確定したのだった。
第二試合は3Cの
ペンギンとウサギの戦いである。
そして生徒会役員同士の戦いでもある。
南極コノハが生徒会副会長、そして苑森ミサが生徒会長なのだ。
「ミサちゃん、今日は負けないからね」
「悪いなコノハ。アイリと決勝を戦う約束をしてるんだ」
立ち上がりは凪の朝のように静かで穏やかであった。
お互いに手の内を知り尽くした二人だけに、相手の戦術も予想できる。
――そしてそれを裏切る事も。
「
自分に向かって出現する空中の足場。ミサは上から来るっ!
「ぺんぺん、上方向に【ブリザード】!」
制空権を取られると一気に勝ち目が薄くなる。
だがコノハは気付いていた。
足場から足場へと跳ぶその瞬間こそが最大の攻撃のチャンスでもあるのだと。
(この勝負、もらったよ!)
攻撃の機会を逃さぬため空中の足場を注視するコノハに、突然大きな衝撃が襲う。
「ぐふっ!?」
それは、ミサの飛び蹴りだった。
出した足場は一切使わず、ウサギの脚力全開で弾丸のように超低空を跳んできたのである。
ミサの跳び蹴りを無警戒で受け、コノハの戦いは幕を閉じた。
「勝者、3B苑森ミサ!」
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