第30話 参加だって当然祭り

休憩はローテーションの隙間で。


「カナカナはどこか見たいところとかある?」

マイカの問いにカナタは軽く考えてから答えた。

「どんな感じなのか一通り見てみたい、かな」

「おっけー、じゃあ全部見に行こう!」


一人あたりの接客時間がおよそ十五分、それを四人でローテーションしているので、休憩時間はおよそ四十五分。

急ぎ足で見て回るだけなら何とか行けるだろう。

そう、見て回るだけなら……




聖バスティアーナ学園における教室の配置は、一年生の教室は一階に、二年生の教室は二階に、そして三年生の教室は三階に、となっている。

教室への戻り時間を考え、マイカ達は最上階である三階から攻める事にした。


階段を上りこの先はもう屋上のみとなる三階で、二人は廊下への一歩を踏み出した。

「上級生の教室ってちょっと緊張する」

「うん」

そんな会話を交わしながら。


だが来てみればそこは――

「いらっしゃいませー! 3Aお祓い巫女喫茶でーす!」

「3B恐怖の館でーす! 執事ゾンビに襲われてみませんかぁー!」

呼び込みの声も賑やかな、笑顔の生徒や校外客が行き交う空間だった。


「じゃあ行ってみようか」

「うんっ」




廊下の窓から中を覗きながら二人は進んでゆく。自分達と同じ喫茶店であるお祓い巫女喫茶は、巫女服を来た店員達が接客を行うお店のようだ。

だがその黒板の前には、喫茶店にはあり得ない光景が広がっていた。

「何だか神社の中みたい」

「前に立ってる人が唱えてるの、『祝詞』っていうんだったかな?」

「っていうか、あの人どっかで見たような……?」

そこでは今まさにお祓いが行われている真っ最中であった。


お祓いする側もされる側も真剣な表情で、とても学園祭の出し物とは思えない雰囲気だ。

「紙の付いた枝みたいなの振ってる。あれってテレビとかで見た事あるよ」

「凄い……まるで本当の神事みたい――」

「本物の神事ですよ」

「えっ!?」


ひとり感想を呟くカナタだったが、思わぬ返事に驚いて声の方に視線を向けた。

「彼女の実家はとある有名な神社で、彼女も小さな頃からその勉強や訓練をしてきているんです。その実力は本物で、神主である父親の代わりを務める事もあるんですよ」

そう解説してくれたのは、先程まで呼び込みをしていた三年の先輩。


「ええっ、じゃああの先輩も神社のプロって事なんですか!」

「神社のプロって・・・」

その先輩はマイカの感想に苦笑しながら、

「その呼び方が適切かどうかは分からないけど、まあそういう事かな。あなたたちも時間があれば中でゆっくりしていってね」

そう言って呼び込みに戻っていった。


その言葉にハッとするマイカ。

「時間っ! カナカナ大変だ、休憩時間が終わっちゃうよ!」

気付けば休憩時間はもう十五分が過ぎている。

まさか最初の店でこんなに時間を使ってしまうなんて……


隣の3Bの催しは『恐怖の館』。

迷路のようになった教室内で様々な執事ゾンビに襲われる、というものらしい。

興味を示すマイカだったが、俯いて速足で通り過ぎようとするカナタに手を引かれて通り過ぎて行った。

後ろ髪を引く執事ゾンビよりも手を引くカナタの方が力が強かったようだ。



「カ――ナ、――カナ……」

何だろう、遠くでマイカが呼んでいるような気がする。

「おーい、カナカナってばぁ!」

あ、やっぱりマイカだ。でも――

「ごめんマイカ、今急いでるから」

だって急がないとゾンビが――

「えと、もう三年の教室全部通り過ぎちゃったんだけど……」

「え?」

言われて前を見ると、廊下突き当りの階段前まで来ていた。


「カナカナがホラー系ダメだって忘れてたよ……ゴメンね」

「あ、うん……私こそゴメン」

「って事でさ、残り時間も少ない事だしこのまま二階に行っちゃおう」


階段を下りると、そこは二年生の教室。

ここでもやっぱり呼び込みの声が響いている。

「2Dは『世界の執事展』でーす。海外の執事さん達のインタビュー映像とか見たくありませんかー」

「『精霊マジックショー』見て行きませんかー。2Cでやってまーす」


「うわぁ、どうしようカナカナ。どっちも凄く面白そう」

「うん、だけど……」

「時間がねー」


素早く相談した二人は、まずはこのフロアの端まで進んでから選ぶ事にした。

さっきのような『気づいたら時間が経っていた』を防ぐ為に。


という事で2Bの教室の前まで来たのだが、何やら様子がおかしい――というかその先2Aにも誰もいない。

◇◇◇◇◇◇

中庭で屋台村やってまーす

       2A&2B

◇◇◇◇◇◇

……謎は全て解けた。


「屋台村・・・」

「行こうよカナカナ! ちょっと早いけどもうすぐお昼だし」

「うんっ」


だが効果は抜群だ。

二人の意識はすでに中庭へと飛び、この時点で『世界の執事展』と『精霊マジックショー』のスルーは決定したのである。




中庭。

クラス棟と実習棟の間にあるその場所はベンチ等が設置された緑のスペースとなっており、普段から生徒達の憩いの場となっている。

そしてその憩いの場は、今日は縁日の匂いに満ちた素敵空間となっていた。


「うわぁ、むっちゃお腹空く匂い!」

「綿あめ、焼きそば、りんご飴、お好み焼き、それに……」

甘いものとしょっぱいものが交互に並んでいるのは、やはりそういう事なのだろうか。


思わず立ち止まった二人が様々な屋台に目移りしていると、その後ろから、

「あー、カナカナとマイカだー」

「ホントだ、やっほー」

ノアとライムがやって来た。

「あれ? 二人はまだ休憩?」

「さっきの休憩の途中でクラスの前を通りかかったらバイト先の店長が遊びに来てくれてさ、そこで急遽ローテーションに復帰してからまた休憩になった」


そのローテーション調整によって、前の休憩の残り時間を加算した一時間ちょっとの休憩時間をゲットできたラッキーなノア達。

フタバ姉さん様様である。


「それでマイカたちは?」

「ちょっと早いお昼を食べようかなって」

「おー、だったら一緒に食べようよ!」


タコ焼き、ベビーカステラ、チキンステーキ、チョコバナナ……

向かい側の列もまた、甘いものとしょっぱいものが交互に並ぶ誘惑ゾーン。

まるで『端から全部買って行きなさい』と言われているかのような……


「まあ全部買いとか絶対無理だけどね」

でも買ってしまう。

だって通常ではありえない原価すれすれの学園祭価格だから。

ここは学生が運営する、学生の財布に寄り添った屋台だから。

買えてしまうのだ。


だがそんな屋台村の最奥には、それまでの屋台とは一線を画す、屋台界のラスボスとも言える存在があった。

単価は他の屋台の三倍以上、だが道行く者達の視線を一身に受けるその屋台は、

――神戸牛串

当然本物の神戸牛を使用した、ガチの店である。



そしてそこで少女たちが出会ったのは……

「二本ください」「キュフッ」

「ありがとうございましたー」

炎の眼帯を付けたイルカ精霊と共に牛串を買うアカリ、そして――

「Oh! 世界のコーベビーフ! ワタシも一本買うでーす」

その隣に立つエイヴァだった。


これで全員集合である。




「あはは、思わず買っちゃったよー」

「他よりは高いけど、買えない値段じゃなかったからねー」

「そうそう、それに他じゃ絶対ありえなさそうな値段だし」


芝生に座り、買った物をシェアしながら縁日ランチ。

だがここで気を付けなければならないのは、

「休憩時間が残り少ししかない。カナカナ、急いで食べなきゃ!」

「ワタシもこの串を食べたら戻るのです」

そう、休憩時間。


目移りする屋台にまさかの全員集合。

食事に使える時間は実質十分程度しかなさそうだ。

取り敢えず今はじっくりゆっくりと神戸牛を味わい、残りはもらった袋に入れて教室に持ち帰る事にした。


マイカ、カナタ、エイヴァが戻り、ここにいるのはノアとライム、そしてアカリの三名である。

「アカリちゃんは時間大丈夫なの?」

「ふっ……我らは暗黒の海より漂着せし大地の欠片を祀っている故」

「ああ、そう言えば1Bの教室で海で拾ってきた石を展示してたっけ。あと駿河湾を暗黒とか言うな。深海だけど」


ノアとライムは最初の休憩でまず他の一年のクラスを回る事にし、そこで角の取れた石だけが展示された誰もいない教室を見て愕然としたのである。

「まさか本当にこれをやるクラスがあるとは……」

「あはは……しかも隣のクラスでねー」



食事を終えたライム達は三人で各教室を見て回り――

「あとは二年と三年のクラスか。ちょっと緊張するなぁ」

「ほほー、執事って国によって結構違うんだねー」

「おおっ! これが精霊マジック!」

「わっ執事ゾンビだー! 巫女さんにお祓いしてもらおう!」

「ふっ、ここは我の蒼き浄化の炎で――」

「ちょっお客様! ここで精霊の力を使うのはおやめください」

「す、すみません」


少々駆け足ではあったが大満足の一時間。

そして午後、ノア達と別れ暇を持て余したアカリはあるじ喫茶の常連となるのであった。

「アカリちゃん、そんなに気に入ったのなら一緒に『あるじ』の方をやってみる?」

「やる……」




その頃、精霊界では……

「へぇ、これがさっきの」

「僕達もいいの?」

「ああ、構わん」

「では遠慮なく――」


アンフィトリテが持ち帰った神戸牛串に一口ずつ齧りつく精霊達。

そして――


「ニンゲンの食べ物――ていうか食べ物自体特に興味とか無かったけど、これは……」

「ああ、嗜好品として最高級と言えよう」

「うん、癖になりそう」

「僕もライムが出してくる『ちょーる』、今度は食べてみようかな」


初めての食事が神戸牛、それで人間界の食べ物に興味を持つとか……

そこまで爆上がりしたハードルで、果たして精霊たちは満足できるのだろうか。


『ちょーる』は別として……

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