第29話 本番だって祭り

実習用のソファーセット。

茶葉と茶器のセットは店内用と販売用。

教室内の飾りつけと看板、そして説明ポスターにチラシ。

そして、中世ヨーロッパの資料を見ながら作った、なんちゃって貴族風衣装。

その他細かいアレコレも用意し、あるじ喫茶の準備は全て完了した。




「君達、よくここまで頑張った。これ程のクオリティに仕上げるとは正直驚いたぞ。あとは今日の本番に臨むだけだ。皆緊張感を持って全力で楽しんでくれ!」


マキエ先生の号令でクラス全員動き始めた。

身長高めの生徒は男性あるじ、それ以外は女性あるじの衣装を身に纏い、顔には大人びたメイクを施す。

そして教室内は、中世っぽい衣装に身を包んだ少女達のパーティ会場のようになった。


「ノア可愛ね。少女漫画とかに出てきそうだ」

「えへへ、そうかな」

マイカの感想に照れるノア、そしてそこに乗っかるお母さん――ではなくライム。

「アニメとかに出てくる貴族のお嬢さんって感じ? この庇護欲をそそる感じが何とも……」

その感想、若干の気持ち悪さを感じるのは気のせいだろうか。


「カナカナもいいね。深窓のご令嬢って感じで」

「あ、それ私も思った」

「あと大正浪漫的な雰囲気?」

「わかるー」


ちなみにライムとマイカは男装の麗人である。

服装に合わせたのか、口調が若干男性っぽい。


「皆さん、ごきげんよう」

そこに着替えを終えたエイヴァが合流し、いつものA組の5人が集結した。

「「「「綺麗……」」」」


やはり西洋のドレスがベースになっているからだろうか。ドレス姿のエイヴァは、その体型や顔立ちと相まって非常に大人っぽい雰囲気を醸し出している。

登場から一瞬で、エイヴァはクラス中の視線を独り占めしてしまった。


「美しいお嬢さん、私とあちらでお茶でもいかがですか?」

エイヴァの手を取り微笑み掛ける男装のマイカ。

「「「「「ひゃーーーーー」」」」」

その様子にクラス中から悲鳴と溜め息が入り交じったような声が上がる。

そして――


「ライム大変だよ。マイカが浮気してる」

「よし行けカナカナ! エイヴァからマイカを取り返せ!」

「ええっ……」


ライムに(物理的に)背中を押されたカナタがマイカに近づき、その腕をそっと掴んだ。

「「「「「うひゃーーーーー」」」」」

「「「「「とっ尊い」」」」」

クラスはもう阿鼻叫喚というか意気衝天というか。


「あーー君達、そろそろ客が入る時間なのだが」

そう声を掛けはしたが、騒ぎが静まるのにはまだもう暫く時間がかかりそうだ、と溜め息を吐くマキエ先生。


いよいよ開店である。




お客様第一号は二年生の生徒だった。

「『あるじ喫茶』? あの、ここはどういったお店?」

入り口の案内係(男装)に質問すると、

「当店はお客様に執事を体験いただく喫茶店となっております。お客様は執事となり、テーブルの『あるじ』にお茶を淹れていただきます。淹れたお茶はそのまま『あるじ』と一緒にテーブルでお召し上がりください」


「へぇ、何だか面白そうね」

説明を聞き、その二年生は瞳を輝かせた。

「淹れるお茶は紅茶、抹茶、中国茶からお選びいただけます。まず『あるじ』をお選びいただきましたら、その『あるじ』のテーブルの前に立ち、声を掛けた時点からスタートとなります」

「……寄らせて貰うわ」


店内に入った彼女に掛けられる声はない。

彼女はもうお客様ではなく執事なのだから。

執事に『いらっしゃいませ』と声を掛ける主などいないのだから。

執事の卵である彼女もそれを当然と受け止め、そっと視線を飛ばし自らが仕えるべき『あるじ』を選び始める。


そして彼女の目が一人の少女に吸い寄せられ、次の瞬間彼女はくるりと踵を返した。

(何あの子? 絶対日本人じゃないよね? あ、そういえば一年にイギリスから留学生が来たって噂が……)

そのまま数回深呼吸し、そして振り返った彼女は真っ直ぐそのテーブルに向かう。

そう、エイヴァの待つテーブルへ。


「お嬢様、よろしければお茶をお淹れ致します」

「ええ、お願いしますわ」

応えるエイヴァの言葉に澱みは無い。

事前に参考資料でお嬢様言葉を調べておいた成果である。


流れるような手付きで紅茶を淹れる二年生。

そしてエイヴァの前に紅茶が置かれた時、エイヴァが口を開く。

「よかったらあなたも一緒にいかが?」

「よろしいのですか?」

「ふふっ、今日は特別よ」

――ここはそういうお店なので。


ゆっくりと落ち着いた口調でありながらも弾む会話、そして会話の邪魔にならないタイミングで口に運ぶティーカップ。

テーブルの上に、実に優雅で上品な時間が流れていった。


時間にしておよそ15分程だろうか。

二人のティーカップがほぼ同時に空となり、

「あら、そろそろ時間かしら。残念だわ」

「お嬢様、非常に有意義な時間を過ごさせていただきました」

そして席を立った二年生は、

「それでは私はこれで失礼いたします」

そう優雅に一礼して去っていった。


途端に賑やかになる店内。

まるで魔法の時間が終わったかのように。

「凄い凄い凄い!」

「流石先輩ね。隙が無いっていうか、絵になるっていうか」

「エイヴァも素敵だったし」

「うわぁ、どうしよう。私あんな上手に出来るかな」

「っていうかエイヴァ、あんなしゃべり方も出来たんだ」

「ホント、お嬢様って感じだったよ」


そんな絶賛の中、エイヴァはテーブルの上のティーセットを持ち、一礼して奥に設けられた控えスペースに入って行った。

そして控えスペースから次の『お嬢様』が現れ、テーブルにスタンバイする。

そうやって『あるじ』担当がローテーションする仕組みなのだ。


それから徐々に客足が増え始め、間もなく昼時に差し掛かろうかという頃――

「ノアとライムはいるかい?」

案内係にそう声を掛ける女性客がやって来た。

「っ少々お待ちください」

店内と控えスペースを覗くが、二人の姿は見えない。

「申し訳ありません、只今休憩に入っているようです」


その女性客が残念そうに、

「そうかい、それはタイミングが悪かったねぇ」

と呟いたその時、

「あれ? フタバ店長?」

「あっホントだ! フタバ姉さん来てくれたんだ」

その後ろから、休憩途中に通りかかったノアとライムの声が。


「さて、じゃあ『旦那様』と『お嬢様』に執事のアタシが茶をててやるよ」

まだ休憩中とは知らず、ここでまさかの二人同時指名。フタバ姉さんやりたい放題である。

――まあ喜ぶノア達に否は無いのだが。


食事できる店へと人が流れ始めた時間のせいか丁度タイミングよく並んで空いたテーブルがあったため、そのテーブルをくっつけて3人で座れるようにする。

そしてノアとライムがあるじ席に座り、フタバ姉さんは運ばれてきた抹茶セットで二人に茶を点て始めた。

「中々いい感じの店じゃないか」

「ありがとうございます。でもフタバ姉さん、今は店長じゃなくって私達の執事なんですからね」

「おっとこいつはすまない……じゃなくって申し訳ありません旦那様」

「ふふっ、そうそう」


シャッシャッシャッと規則的な音が響き、器の中にまるで緑のクリームのようなきめ細かい泡が立つ。

「さあ、旦那様もお嬢様も飲んでくれ、ださい。どうも慣れないな」

「いただくわねフタバ」

「私もいただこう」

普段の口調が抜けないフタバ姉さんとノリノリのノア達。


仄かな苦さの中に隠れた甘さ、そして柔らかな口当たり。

「「美味しい……」」

不思議な爽やかささえ感じるその味わいに二人は目を点にした。

「だろ? これが本物の抹茶ってやつさ」


二人の反応に満足気な笑みを浮かべたフタバ姉さんは、

「さて、いつまでも二人分の席を独り占めする訳にはいかないからね。アタシはそろそろお暇するよ。じゃあまたな、旦那様とお嬢様」

そう言って去っていった。


テーブルを戻して茶器を片付けた二人が控えスペースに戻ると、

「ねえ、今の人って誰?」

「何だか凄く豪快な人だったね」

「でも不思議と雰囲気があったよね」

クラスメイト達に囲まれた。

「うん。私達のバイト先の店長で、この店の茶葉と茶器でお世話になった人」

「「「おおーー」」」




午後に入ると店は益々盛況となり、校内校外どちらの客も増え続け、そして刻一刻と行列が延びてゆく。

回転を上げるためテーブル数を六から十二に増やし、一人当たりの時間も十五分から十分に短縮。それで何とか行列を消化していったが、その代わり残念な事に休憩時間がほとんど取れなくなってしまった。


だがその甲斐あって『あるじ喫茶』の売り上げは歴代出店ナンバーワンとなり、記憶にも記録にも残る大満足の結果となったのである。




次回は午前中の休憩時間に他のクラスの出し物を見て回る話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る