第19話 ツーリングときどき船旅

長いと思われた夏休みも、あと1週間程で終了する。

日々を宿題とバイトに明け暮れていたノアだったが、今日ライムと二人無事に原付免許を取得する事が出来た。

そして夜。

ベッドに寝転んだノアは取り出した免許証をニヤニヤと見つめながら、学校指定の通信端末で友人達と連絡を取っていた。


この通信端末はスクロールタイプ、つまりシート状の表示部が巻物のように筒状の本体に巻かれており、通信時にそれがピンと伸びて情報を表示するタイプだ。

軽量コンパクトで携帯性に優れる上、広げたスクロールの広さに応じて表示する情報量が自動調整される為、1台で小画面としても大画面としても使用できる優れものである。


そして今はベッドの上で大きく広げられ、そこに友人達の顔が並んで映っている。

ノアはその友人達に向かって免許取得の報告をしていた。

「そうなんだよー、今日ライムと二人で取ってきたんだ」

『おおっ、おめでとー』

『おめでとう』

『Congratulations!』

『ふっ、流石はアクアルナだな』


そしてノアは他の面々の免許取得状況を訊き、目を輝かせた。

「そっかー、じゃあ全員でバイクでお出掛け出来るね!」

他の友人達も全員16歳となり、免許の取得が出来ていた。

そしてここで驚きの事実が判明。

『ワタシは日本に来る前に16歳でAMライセンス取ってたから、summer vacationで帰国する前に日本で原付免許を取ったです』

エイヴァはほんのちょっとだけ年上だったらしい。



ともあれ全員無事バイクに乗れるようになったので、

「みんないつ帰ってくるの?」

お出掛けの予定を決める事にする。


『夏休みの最後の3日間は寮にいるよー』

『うん、私も』

『ふっ、ならば我もそうするとしよう』

『あれ? ちょっと待って、アカリは寮住まいじゃないよね?』

『うちが経営しているマンションで一人暮らしだが?』

『『『『『ええーーーーっ!?』』』』』


突然の情報に一同騒然。

『お嬢様じゃん!』

『それでなんで執事!?』

『それに一人暮らしって……』

『どの辺? いつも何通学?』


少し困った顔を見せるアカリが、その質問に一つ一つ答えていく。

『お嬢様……確かに実家はどちらかというと裕福だが』

『なりたかったから。父に相談したら『やってみるがいい』と』

『執事を目指すなら自分の事くらい自分で出来なければな』

『隣の駅の近くだから電車通学だ』


そしてカナタがある事に気付く。

『アカリの苗字って火輪ひのわだよね? まさか……ヒノワグループ?』

『ああ、それはうちの会社だな』

『『『『『どっしぇえーーーー!!』』』』』

アカリは大企業のご令嬢だった。




「ま、まあそれはまた今度って事で……。あービックリしたよー……。それでええっと……エイヴァはいつ戻ってくるの?」

『明後日の便で戻る予定です』

「そっかー。じゃあさ、みんなが戻ってきた次の日ってのはどう?」

『さんせー』

『じゃあ戻ったらすぐに学校に申請しなきゃ』

『ああそっか、バイクの貸し出し制度』

『端末から申請しとけばいいじゃん』

『おおっ! ナイスアイディア!!』


こうして話はまとまり、通信を終えた各々はそのまま端末を操作し、生徒用の学園アプリからバイクの貸し出しを申請したのであった。




「「「「「おおーーーーーっ」」」」」

「海だーーーー」


まだ薄暗い早朝、集合場所である学校を出発したノア達はそこから南方向に突き進み、やがて海へと突き当たった。

そのまま海沿いの広い道に出ると進路を東にとり、海風を浴びながらトコトコと走ってゆく。バイクと一緒に借りたヘルメットに搭載された無線機によって、風の音に邪魔される事なく会話を楽しみながら。


「あ、山の上に神社だって。階段すっごいなー」

「何だかビニールハウスが沢山あるよ?」

「ああ、この辺りはイチゴが名産なんだよ」


暫く進むと道は大きく左にカーブし、海が見えなくなった。

「あれ? 海から離れちゃったよ?」

「うん、でも建物の向こうが海のはず」

そのまま道なりに走り続け、

「あっ、あの標識! 右に曲がると日出港だって」

「Go! Go!」




ターミナルビルで乗船券を購入し、係員の誘導に従いバイクを押してフェリーに乗り込んだ。そして船内の所定の場所にバイクを止めるとその脇の階段を上り、乗客用のスペースに到着した。

「おおー、椅子が並んで大きなバスみたい」

「あそこからデッキに出れるみたい。行ってみよう」

「売店発見!」


フェリーはゆっくりと岸を離れ、海上を滑るように進んでゆく。

多少の揺れは感じるが、酔うほどではなかった。

「あっ、富士山!」

「ええっ、どこどこ?」

「ほら、左の方!」


朝の第一便だからだろうか。

乗客は数組の家族連れの観光客と、あと他に数名程度しかいないようだ。

誰も彼も皆、ノア達同様周囲の迷惑にならない程度に会話を楽しんでおり、船内はゆったりとした時間が流れていく。

そうして一時間強の船旅は終わり、6人は伊豆半島への上陸を果たした。




「同じ海沿いの道でも結構雰囲気が違うね」

「生活感溢れるような、なのにリゾート地みたいな……何だか不思議な雰囲気」

海から付かず離れずの位置に延びる道路をひた走りながら、ノア達はその景色を楽しんでいた。海は磯部や砂浜、整備された岸壁や漁港へと姿を変え、そしてそこに生活する人々の住まいがあり観光客用の大きな施設があり。


やがて太陽が徐々に高く上ってゆく中、ノア達六人はついに目的地へと到着した。

「ここが堂ヶ島かー」

「さあ洞窟探検だ!」

「いや、探検じゃなくて遊覧船だから」


チケットを購入して船に乗り込む。

洞窟に入るツアー船なので船体はそれほど大きくない。小さめのバスくらいだろうか。

ノア達以外にも観光客が続々と乗り込んでゆき、遊覧船は間もなく出発した。



船は海岸線に沿って小島を巡る。

海底が透けて見える海面は青く輝き、まるで流れるガラスのよう。そんな海水そのものが輝いているのような綺麗な青の中を進む船は、やがてツアーのクライマックスを迎える。

そう、切り立った崖の狭間、青い海面が奥へと続く神秘の洞窟への突入だ。


「うわぁ、こんな隙間を通るんだ」

「岩にぶつかりそうだよ」

「キュウッ」

「こっこらアンフィトリテ、こんなところで出てくるんじゃない」


洞窟を奥へと進んでいた船は、その途中突然日の光を浴びる。

「あれ? ここだけ明るい?」

不思議に思った乗客が揃って見上げたその先には――


過去に崩落でもあったのだろうか。天井の一部が丸い吹き抜けのようになっており、そこから日の光が洞窟内に差し込んでいた。

「きれーー」

薄暗い洞窟の中に浮かび上がる、そこだけ切り抜いたかのように明るく輝く海面。

あまりに幻想的なその光景に、船に乗る全員が言葉も忘れ見入っていた……



大満足の遊覧船ツアーを終えたノア達は、観光客向けのレストランで昼食をとった。

そしてきゃいきゃいと土産物屋を覗いてお揃いの小物を選ぶと、名残惜しさを振り切って堂ヶ島を後にする。

「さあ皆の衆、安全運転でござる」

「「「「「……おっ、おおーー」」」」」

時々妙なノリが飛び出すのも、まあ旅先の解放感故という事で。


フェリー乗り場に戻る途中、ガラス工芸の美術館に立ち寄って美しいガラス細工に感嘆し、ここでもまた土産物コーナーに吸い寄せられる。時間を忘れて見入っていたノア達だったが、ここでカナタが何とか帰りのフェリーの出発時間を思い出した。

後ろ髪を引かれながら美術館を出たノア達は、時間を気にしながらも帰り道をひた走り、無事にフェリーに乗り込む事が出来たのである。




……船内のシートでおしゃべりしているうちに、いつの間にかうとうとしていたらしい。気が付けばフェリーは日出港に到着するところだった。

アナウンスの声に背を押されフェリーを下りたノア達は、船着き場で大きく伸びをした。


「ううーーん、帰ってきた―」

「いや、まだだから。ここからまだ結構あるからね」

「そうそう。家に帰るまでがツーリングだよ」

「Oh! 参考資料に書いてあったセリフです」

「ホント何なの、その資料」




帰りももちろん安全運転。

無事に帰り着いた学園でバイクを返却し、別れの挨拶を交わしている最中さなか、ふとノアが呟いた。

「あ、温泉……」

「ああっ、忘れてたぁ!」

「せっかく温泉地に行ったのに!」


そして……

「じゃあ今度は一泊二日で温泉旅行?」

「「「「「それだっ!!」」」」」

カナタの発案で次回の予定が決まり、初めてのツーリングは今度こそその幕を閉じるのだった。


「ていうかさ、今回旅の半分くらい船に乗ってなかった?」

「ツーリング……?」

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