第18話 夏休みとアルバイト

7月最終週、聖バスティアーナ学園は夏休みに突入した。

寮住まいの生徒は実家に帰省し、教師と一部のクラブ活動に参加する生徒しか学園内にいない、学園にとってはそんな日々が始まったのである。


そして一方の生徒にとっては。

毎年聖バスティアーナ学園の夏休みにおいては、一年生によく見られる二つの過ごし方がある。


まず一つ目は、16歳の誕生日を迎えた生徒が原付免許や二輪免許を取得するというものだ。

聖バスティアーナ学園では生徒への原付バイクの貸し出し制度を行っており、免許を持っている生徒はその制度を利用する事が出来る。

ちなみに、一年生と二年生の授業では二輪車モトクロスの訓練が、三年生の授業では四輪車ラリーの訓練が行われる。

執事たる者、二輪や四輪は自在に動かせる必要があるのだ。


そして二つ目は、アルバイトで社会経験とお金を蓄積するというもの。

卒業と同時に執事として働き始める生徒が多いこの学園では、在学中に社会勉強を積む事が推奨される。そして自らの労働によって賃金を得る事により、お金の大切さと正しい金銭感覚を身に付ける事も出来る。

これもまた執事として重要な資質である。


揃って5月生まれのノアとライムもまた、他の多くの一年生と同様に夏休みに原付免許を取得する計画を立てていた。

そしてアルバイト。

お金を貯めて、夏休み明けに開始される二輪車の授業で運転技術を磨いてから普通二輪免許を取りに行こうと約束しているのだ。


何故二人は普通二輪免許を取る前に原付免許を取ろうとしているのだろうか。

それは、夏休み明けに原付免許を持って帰ってくる友人達と一緒にお出かけするため。授業で普通二輪免許が取れる程の技術が身に付くのを待ってはいられないのだ。


「早くバイクに乗りたいねー」

「だね。電車だと東西にしか行けないし、バスは時間と行き先が決まってるし。免許取ったらさ、みんなで色んな所に行ってみたいよね」


そして話題はもう一つの計画へ。


「でもさ、その為にはお金も貯めなきゃね」

「バイトかー。何をやろうか」

「うーん、社会経験って言ったらやっぱり接客業? ファミレスとかコンビニとか喫茶店とか?」

「じゃあさ、今から学校の前の通りでバイト募集の張り紙してる店を探してみる?」

「おっいいねー。じゃあ今日の予定はそれで決まり!」


ノアの提案に即時乗っかるライム。時間は有限なのだ。

こうして二人はバイト先を探して街へと繰り出した。




「いらっしゃーい。ふふふ、来る頃だと思ってたよ」

ここはいつか来た茶葉と茶器の店。

「ええっと……」

ノア達の前にはいつか見た店主のお姉さまが立っていた。

――手に持ったバイト募集の紙をヒラヒラさせながら。


「夏休みに学園の達がバイトを探すのは毎年の事だからね。執事を目指す学園の娘達は英語はそこそこ出来るし客あしらいもすぐに上達するし、バイトとして雇うには狙い目なんだよ。夏休みに実家に帰っちまう娘達が多いから、毎年ここらの店じゃ残った娘達の争奪戦が起きるのさ」

「客あしらいはともかく……英語?」

「ああ、この時期は特に欧米からの観光客が増えるからね。身振り手振り交じりでも英会話が必要になるんだよ」


そう言われ改めてて辺りを見回すと、確かに道には彫の深い顔がチラホラと歩いている。


ライムはふむと考える素振りを見せ、

「つまり今の話を総合すると……今は売り手市場?」

そう言ってニヤリと笑った。


一方のお姉さまもニヤリと嗤い、

「頭のいい娘は好きだよ。そう、あんたの言う通りこの辺りの店は軒並みバイトの募集中さ。あんた達も一通り見てじっくりと選ばばいい。だけどね――」

とここで言葉を止める。


そして二人の注意がこちらに向いたところで、続きを話し始めた。

「うち程条件のいいバイト先なんてそうは無いよ。何たって、時給が他と変わらない上にこのあたしから茶葉と茶器の直接指導を受けられるんだ。しかもバイト代の一部を社員特価の現物支給にする事だって出来るんだよ? どうだい、執事志望としてはこの上無い条件だと思うけどねえ」


「「おおーー」」

確かに、とノア達は声を上げる。


「しかも何という偶然か、今回うちは二名募集中なんだよねぇ。だけど他の募集を見ている間にもし誰か一人が決まっちゃったら……」

そう言って指を組み天を見上げるお姉さま。

その様子に二人は顔を見合わせ、そして同時に頷いた。

「「やります!」」


フィッシュ・オン!!



今日のところは契約書を交わして終了。

バイトは明日から始める事となった。

「じゃあ明日から頼んだよ。さっき説明した通り、開店は十時だけどバイトは九時からだから間違えないでおくれよ。店は制服だから服装は気にしなくていいからね」




翌日。

ノアとライムはバイト開始の15分前に店に到着した。

「「おはようございまーす」」

店のシャッターを半開きにしているお姉さまに挨拶すると、

「時間前行動とは感心感心、流石学園の娘だね。じゃあ中に入っとくれ。更衣室に案内するよ」

そう言って店内に招き入れられた。


更衣室で店の制服に着替えた二人は生まれて初めてのタイムカードを押し、そのまま説明を受けながら開店準備を始める。

人生初めての仕事という事で張り切っているところに、時々入るお茶に関するプロならではの説明。

二人のやる気はあっという間に天元突破し、仕事内容をどんどん吸収していった。


そして開店準備は完了。

ここでノアは大事な事を聞いていないのに気付いた。

「そう言えば、何てお呼びすればいいですか? 『店長』でいいんですか?」

お姉さまは『ん?』といった顔を見せて暫く考え、

「ああ! あたしとした事がまだ名乗っていなかったね。あたしの名は一芯いっしんフタバってんだ。店では店長、それ以外じゃあフタバ姉さんとでも呼んくれたらいいよ」



開店して少しすると、徐々に人の流れに動きが出来始めた。

時々立ち止まっては店の前に陳列された商品を眺めたり、興味を持ったのか店の中を見て回ったり。

今日のところは仕事を覚える以外に出来る事は無いので、ノア達はフタバ店長の後ろをついて回っている。


「いらっしゃいませ。…こちらの茶葉ですか? こちらは標高の高い山中で覆いを被せたまま…………」

「はい、茶器ですね。緑茶用はこちら、中国茶用はこの奥、紅茶用は…………」

「そうですね、産地ごとの今年の出来は…………」

「Yes,Matcha is favorite by……」


お客からの質問に一つ一つ丁寧に答えてゆくフタバ店長。

その受け答えの仕方や内容を見て聞いて覚え、時にメモ帳に書き残し、時間は過ぎてゆく。

「さて、そろそろお昼だね。仕事を覚えたら少し時間差をつけて一人ずつ昼休みをとってもらうが、今日のところは研修期間みたいなもんだからね。二人一緒に休憩しといで。一時間したら仕事再開だからね、休みの時間はちゃんと休むんだよ」

「「はい」」


更衣室兼休憩室でお弁当を食べる二人。

「ライムどうしよう、私何だかすっごく楽しい」

「私もだよ。早く仕事覚えて私達だけでも店番出来る様になろうね」

「うんっ!」


そして話をしながらも言われた通り一時間きっちり休み、そして午後の仕事が始まる。

二人が戻ったすぐ後、フタバ店長は客が途切れたタイミングを見計らってサッとお昼ご飯を済ませた。

「あんた達が仕事を覚えたら、あたしもゆっくり昼休みを取らせてもらうからね。期待してるよ」


そんな感じで初日は進みそして18時、バイトの終了時間となった。

「二人ともお疲れさん。店は19時までだけど、この後はもうほとんど客が来ないし、何たってそんな時間まで働かせる訳にはいかないからね」

という事で二人は制服から私服に着替えると、タイムカードを押して店を出た。

「今日ので何となく感じは掴めただろう? 明日からは店の前で冷茶の試飲をやるよ。今日と違って大忙しになるからね、覚悟して来るんだよ」

「「はいっ、店長お先です」」



『楽しかったねー』とか『明日も頑張ろうね』とか話しながら笑顔で帰っていくノア達を眺めながら、

「若いってのはいいねー。こっちまで若返ったみたいな気分だよ……はは、これだったら前々から頼まれてた『臨時講師』、引き受けてもいいかもしれないねえ」

そんな事を呟くフタバ姉さんであった。

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