第17話 執事服だらけの水泳大会
夏場は体育の授業がそのままプール実習に充てられるため、夏休み前最後の実習となる今日までに、既に数回の実習が行われていた。
一部生徒の暴走に端を発した日焼け止めクリーム塗りは恒例行事となり、ノアを含む数名の生徒達は塗り職人として全一年生から一目置かれるようになっている。
そして今日は――
「夏休み前のプール実習は今回が最後だ。そこで今日は、執事服着用状態での水泳能力測定を行う」
執事たるもの、主を水難から護る
そして緊急時に水着に着替える暇などあるだろうか?
であれば、執事の水泳とは執事服で泳ぐ事を前提とすべきであろう――
という考えから、聖バスティアーナ学園をはじめとした執事学校においては、一般技能として水着による水泳、そして執事技能として着衣水泳を学ぶ事になっているのである。
そしてプールサイドに撥水執事服を着た少女達が並び、肌色要素が欠片も無い執事服だらけの水泳大会が幕を上げる。
「タイムは精霊の力を加味した上で評価するので、各自精霊の力を使用する事。特に水と相性の良いイルカやカメタイプと契約した者は積極的に使用するように」
その説明を受け、ノアは慌てた表情でげんぷーに視線を向けた。
「どっどうしよう、げんぷー! カメは水と相性が良いって。積極的に使用するようにって!」
――げんぷーはそっとノアから視線を外した。
「ノア、げんぷーはどうしたのです? 死んだカメのような目をしてるのです」
「あのねエイヴァ、げんぷーは……げんぷーは水が苦手なの」
ノアの言葉にエイヴァは軽く首を傾げ、
「リクガメタートルなのです?」
「いや陸亀だって水に浸かったりするぞ?」
エイヴァの言葉に釣られ、ライムが会話に参加してきた。
「Oh! それは知らなかったです。でもだったら余計に不思議なのです」
「だねぇ」
そして不安を抱えたままノアの番が回ってきた。
競技種目は百メートル着衣型。
上半身は変形クロールで下半身はドルフィンキックという、中々に過酷な泳法である。
精霊の力を借りられないとはいえ、ノアもまたキチンと授業を受けてきた執事の卵である以上、精霊の力無しでもそれなりのタイムを出す事は出来る。
だが、ここでノアは閃いた。閃いてしまった。
(水を掻くのって水に攻撃するようなものだよね)
両足を揃えるドルフィンキックなら足への魔力盾は一つで済む為、常時展開する事が可能。
一度に展開できる可動型の魔力盾は二つまで。その残り一つは水を掻く側の手に展開する。そう、これで魔力盾は魔力フィンとなったのだ。
ノアの編み出した魔力フィンは効率よく水に力を伝え、ノアに大きな推進力をもたらす事になった。
(うう、水が重いよー)
……ただし、もの凄く疲れるのだが。
「おつかれですー、凄く速かったですよー」
「うん、速かった」
中々のタイムを叩き出して戻ってきたノアに、エイヴァとカナタが労いの声を掛けた。
エイヴァ達は既に測定を終え、一般的な好タイムを出して戻っていたのである。
「ありがとー。ぶっつけだったけど上手くいって安心したよー」
ホッとした表情で応えてエイヴァ達の横に座ったノアは、
「ライム達は?」
そこにいた筈の親友の姿を探す。
「もうすぐスタート」
そう言ってカナタが指差した先には、揃ってスタートを待つライムとマイカの姿が。
どうやら一緒に泳ぐ約束をしていたようだ。
前の組の測定が始まると入れ替わりにスタート台に立ち、手足を解しながらその時を待つ。
そして前の組が終わり、いよいよ二人の番となった。
「よーい」
パンっ
軽い破裂音と共に一斉に飛び込む少女達、だがその飛び込みの距離が飛び抜けていたのはマイカだ。
流石はウサギタイプだけあって、ぴょんたんの脚力上昇によりマイカは十メートル近い距離をジャンプで稼いだのである。
だがライムも負けてはいない。
ネコタイプのタマミちゃんは水が得意ではないが、その真価は跳躍力と敏捷性の上昇にある。
そして今回の戦術――跳躍距離は程ほどに抑え、水中での加速に重点を置く。
この作戦により、マイカが着水した時には既にその先の地点を泳いでいたのである。
ここからは水を蹴る脚力と敏捷性の戦い。
そして逃げるライムと追うマイカの戦い。
爆発的な脚力でライムを追うマイカだが、全身を綺麗に連動させて効率よく進むライムとの距離は中々縮まらない。
だが折り返し地点の五十メートルを迎える頃、二人の差は着水時の半分程となっていた。
「ライムぅ―! マイカぁー! どっちも頑張れー!!」
「マイカ、がんばれ」
「「「柑橘さぁーーんっ!!」」」
「「「
いつしか巻き起こる応援合戦。
その声援が背を押したのか、二人のボルテージはさらに跳ね上がる。
そしてターン。
今度は全力の跳躍力を発揮したライムは、猛烈な勢いで水中を突き進む。
だが!
その時、応援している少女達にはドゴォォォンという幻聴が聞こえていた。
プールの壁が蹴り壊されたのかと。
高々とそそり立つ水柱を残し、壁を蹴ったマイカが脱兎ならぬ泳兎の如く水面を滑ってゆく。
その勢いはとどまる事を知らず、残り二十メートルあたりでマイカはついにライムを捉えた。
「「「「ライムぅぅぅ!!」」」」
「「「「マイカぁぁぁ!!」」」」
悲鳴のような応援合戦の中、二人は一進一退の攻防を繰り広げ……そしてその時が訪れる。
「「「「「うわあぁぁぁぁぁっ!!!」」」」」
ゴール直前にマイカが頭一つ抜け出し、そのままゴールイン。
突如始まったネコとウサギの競泳は、ウサギの勝利で幕を閉じたのだった。
「あーあ、負けちゃったよー」
「お疲れ様、ライムー」
ノアの横にペタンと座り込んで寄りかかってきたライムの頭をヨシヨシと撫でながら、ノアはライムに労りの声を掛ける。
「ううう、ノアぁーーー」
そのノアの手に自ら頭を擦り付けていく姿はまるでネコのようだ。
そのネコの精霊もまた、ライムの肩に乗ってノアの手に頭を擦り付けているのだが。
そんな二人の様子を微笑ましげに、そして羨ましげに眺めているのはすぐ側に座ったマイカ。
だがそんなマイカはふと頭に感じた優しい感触に気付いて振り返ると、
「マイカもよく頑張ったね」
そこには、そっとマイカの頭を撫でるカナタの姿が。
「カナカナぁ!」
そんな心温まる光景をよそに実習は進み、測定を待つ生徒が残り僅かとなった頃。
「さて、ではそろそろ我が力を見せるとしようか」
炎と水の精霊であるアンフィトリテを従えたアカリがスタート台に立ち、そして――
「たっ高いな……」
水中スタートを選択したのである。
パンッ
乾いた音とともに一斉に水に飛び込む生徒達、そして壁を蹴るアカリ。
そしてその次の瞬間、目の前の光景に集まった生徒たち全員がどよめいた。
最後に残った一団は、全員がイルカタイプの精霊と契約した生徒である。
他の生徒と一緒にすると差がつきすぎてしまうため、イルカタイプで固めて最後に回したのだ。
イルカタイプだけあって、どの生徒達もドルフィンキックが美しい。
そして息継ぎする事も無く猛烈な速度で水面下を進み続けてゆく。
そんな中、水中スタートにより出遅れたアカリが凄まじい加速によって周囲を追い上げ、そして折り返しの五十メートルターンを行う頃には既に全員を追い越し、逆に大差をつけていた。
(さて、そろそろアレをやるぞアンフィトリテ)
(キュウッ)
水中でアンフィトリテと目配せしたアカリは、
(
流水炎。
それは水流操作により身体を前方に送り出すと同時に後方で炎を発して推進力とするという、水と炎の両方を操る彼女達にのみ許された技。
水中を進むアカリの後ろには一筋の炎が水中から水上へと立ち昇り、アカリの泳跡として数秒間燃え続ける。
その炎が尽きる前に、アカリは残りの五十メートルを泳ぎ切った。
その神秘的な光景、そして圧倒的な速さに呆然とする生徒達。
先程名勝負を繰り広げたライムとマイカも、口を半開きにしてアカリを眺めている。
二人のタイムは他のイルカタイプの生徒達を凌駕する素晴らしいものだったが、目の前の光景はあまりに桁違いだった。
やがて――
「水の女王……」
「水と炎の女神様……」
ぽつりぽつりと賞賛の声が上がり始め、
「「「「「うわぁぁぁぁっ!!!」」」」」
「「「「「凄い凄い凄いっ!!!」」」」」
今日何度目かとなる熱狂の渦がプールサイドに湧き上がったのである。
「ふっ……アクアルナよ、我は遥か高みにて貴様を待つ」
「キュイッ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます