第15話 メイド魔法
メイド魔法。
神セバスティに認められた執事が精霊と契約するように、神メイリンに認められたメイドが使えるようになる魔法。
その魔法は掃除・洗濯・料理や治癒などといった家事や生活に直結した、まさにメイドの為の魔法である。
ほとんどの場合執事はメイドと一緒に仕事をする事になる為、メイド魔法がどのようなものなのかも授業で教わる。
その為、ノア達もメイド魔法についての知識は多少持っていた。
だが……
「はい、初めて見ました」
その目で直接見たのはこれが初めて。しかも――
「Yes! 部屋と一緒にワタシ達もCleanになった気がするのです」
「うん、それに空気も澄んだみたい」
メイド魔法【綺麗】とは、その範囲内においてメイドが思い浮かべる『あるべき姿』に対し余計な物質を専用の空間に【収納】する魔法。
汚れや埃、小さなゴミの除去にしか使用できない代わりに、清掃・洗濯・染み抜き・清潔など用途が幅広い魔法である。
ただし、微生物を含む生き物には影響を与えない為、除菌や害虫駆除は出来ない。
それはまた別の魔法で。
文字通り塵一つ無くなった客間で、ノア達は執事やメイドの実体験談を聞かせてもらう事になった。
というか、どうやら草薙家では実習を受け入れるにあたり、そんなプランを用意してくれていたようだ。
日々の仕事の効率の良いTipsや季節・天候への対処、それから困ったお客やネット上の誹謗中傷に対し行った対応などなど。
次々と飛び出す本職達の体験談に、ノア達の感嘆の声とメモ帳にペンを動かす手が止まる事は無かった。
「……とまあ大体こんなところですね。何か質問などはありますか?」
一通り話し終えた
それに対してライムが、最初からずっと感じていた疑問を投げ掛けた。
「あの、仕事を始めると名字で呼ばれるようになるんですか?」
「ぷふっ!」
その質問に小さく噴き出した駒越と渋い顔をする本平。
対照的なそのふたりの表情に、ライムはまずい事を訊いてしまったのかと身を固くした。
「……笑っちゃってごめんなさい。そんな事は無いと思うわ。まあ家によってまちまちだと思うけど」
「はぁ……」
どう返事していいのか分からないライムは生返事を返す。
「ちなみに草薙家の場合は――」
「おい、アキヒメ!」
「いいじゃないツナミチ。別に家の秘密とかじゃないんだし」
「それはそうだけど!」
「あのね、私達名前がちょっと変わってて名前で呼ばれる事に抵抗があったの。そしたら名字で呼んでくれる事になったのよ」
「はぁ…………ったく」
「えと……」
「私の名前は
そう言って本平を視線で促すアキヒメ。
溜息を吐いた本平は渋々話を継いだ。
「本平ツナミチだ。父がロープウェイのゴンドラの中で母にプロポーズしてな、それをとって名前としたそうだ」
「え?」
「ツナは綱でロープ、ミチは道でウェイだ」
「ご両親、ロープウェイを直訳しちゃったのよね。まあそのまま『本平ロープウェイ』よりは良かったんじゃない?」
「変なフォローするな! で、そんな男みたいな名前を付けられた私は自己紹介する度に毎回名前を訊き返され、その度に名前の由来として両親の馴れ初めを語らされてきた。そんな私を
苗字呼びの理由は思いの外微妙なものだった。
だがまあ、伝統の始まりなど案外そんなものなのかもしれない。
「ほら、またしゃべり方が男の子みたいになってるよ」
「おっと……失礼しました。昔は名前に引きずられてこんな話し方でしたので」
そうこうしているうちに、時刻はまもなく午前11時。
「そろそろお昼の準備を始めなくっちゃ」
「そうですね。それでは厨房に向かいましょう」
専属の料理人を置くかどうかはその家次第だが、比較的執事とメイドの負担が少ない草薙家においては、食事の支度は執事とメイドの共同業務となっていた。
「今日は予定通り初夏のメニューでいきましょう」
「了解。じゃあ
今日の人数は、主と実習生それに自分達を合わせた六名。
主の性格を考えると、おそらく今日は全員で同じ食卓を囲むことになるだろう。
その前提で調理を開始する。
「真白素麺の下拵えは私が。天ぷらは駒越が担当して下さい」
「りょうかーい。鱧ちゃん、アスパラちゃん、オクラちゃん、大葉ちゃん、ズッキーニちゃん、車海老ちゃん……みんな集合!」
すべての食材をバットに並べ、天ぷらの下拵えを始める。
「まずはメイド魔法【綺麗】……からのメイド魔法【毒抜き】……で、メイド魔法【衛生】」
【毒抜き】は特化型の【綺麗】で、文字通り人体にとって有害となる物質を除去する魔法、そして【衛生】は【綺麗】では取り除けない微生物や寄生虫等を除去する魔法である。
「そして鱧ちゃん。あなたには特別な魔法を掛けてあげる。メイド魔法【骨抜き】」
【骨抜き】もまた【綺麗】の特化型。その効果は……説明するまでも無いだろう。
全ての料理人から『ズルい!』と言われそうな魔法により、鱧ちゃんは極上の食感を約束された。
「車海老ちゃんにもメイド魔法【骨抜き】。殻と頭と尻尾にサヨナラしてね。あとワタも」
ちなみに海老は尻尾の殻を綺麗に外すと鰭の先まで身が入っており、歯応えが楽しい。
抜いた骨と殻だって無駄にしない。器に入れたら、
「メイド魔法【石臼】……そしてメイド魔法【焙煎】」
名前そのままの魔法により、微細な粉に挽かれた骨と殻は香り高く焙じられた。
そして粗塩と混ぜて天ぷら用の海老塩となる訳だ。
一方こちらは本平。
材料として用意したのは、大根・豆腐・梅干し・かいわれ、そして鶏ささみ。
大根はおろし、豆腐は目の細かいザルで
鶏ささみはしっとり感が抜けない程度に湯がいた後に小さく割き解す。
種を抜いた梅干しは細かく叩いて梅ペーストに。
鰹節から出汁をとって、
「駒越、お願いします」
「はいはーい、メイド魔法【温冷】」
メイド魔法で温度調節。
冷えた出汁に白醤油とポン酢を加えて風味を増し味を調えたら、かけ汁の完成だ。
ここで二人は天ぷらの揚がりと素麺の茹で上がりのタイミングを合わせ、そして――
「マルコ、主を食堂に誘導してきてくれ」
本平は自らの精霊へと指示を飛ばした。
茹で上がった素麺は流水で冷やし、よく水を切ってから一人分ずつ器に盛りつけた。
その素麺の上に大根おろし・濾した豆腐・ささみを混ぜ合わせた真っ白な具を置き、更にその上へと深紅の梅ペーストをぽんと乗せたら、緑の彩にかいわれを散らす。
横にかけ汁を入れた小鉢を添えたら、真白素麺の完成である。
料理をすぐ隣の食堂に並べていると、白い大きなネコと一緒にツルギがやってきた。
「あらまあ、今日は真白素麺なのね。それに天ぷらも凄くいい香りね」
そして全員分の料理とお茶がテーブルに並ぶと、
「ありがとう。じゃあ皆で食べましょう」
草薙家の昼食が始まった。
「うわっ、天ぷら美味しー。鱧って初めて食べたけど、すっごくふわふわだ。それにこのお塩!」
「素麺も……真白素麺って言うだけあって具が真っ白で綺麗。それに豆腐と大根おろしと梅って、何でこんなに合うの? 酸味がいい感じで箸が止まらないよ」
「……和食最強説なのです」
「ふふ、喜んでくれてよかったわ。この真白素麺は本平が考案してくれたレシピなの。食欲の落ちる夏場にバランスよく栄養を摂れる素晴らしいメニューだと思うわ。それに駒越のメイド魔法と料理の腕、絶対専門の料理人にだって負けないんだから」
手放しのツルギの誉め言葉に照れる執事とメイド。
理想的な主との関係、そして理想的な職場。
それが今回草薙家にてノア・ライム・エイヴァが得た共通の感想であった。
こうしてノア達の現場実習は幕を閉じた。
翌日、3人から提出されたレポートの半分以上が、実習先で出された食事への感想、所謂食レポであった事に頭を抱えたマキエ先生の悩みとともに。
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