第14話 現場実習
「明後日はいよいよ現場実習の日だ。一年生はまだ見学だけだが、身だしなみ等に不足がないか当日までにしっかり準備しておくように」
そんなマキエ先生の連絡事項と共にホームルームも終わり、そしてその放課後。
「ノアはもう準備とか出来てる?」
「んーー、日用品類は全部揃えたしー、メモ帳と筆記用具も入れてあるよー」
「当日鞄ごと忘れたりしてね」
「もう、そんな事……やっちゃいそうかも」
普段と違う鞄に全部用意しておいたのに、当日の朝うっかりいつもの鞄をもって家を出る、そんな『あるある』。
その横ではマイカとカナタもまた明日の準備の話をしていた。
「あ、私新しいメモ帳とか欲しい。可愛いやつ!」
「じゃあさ、今日これから一緒に買いに行く?」
そんな二人の話にいつものメンバーも全力で乗っかる。
「はいはーい! だったら私も! ノアは?」
「もちろんついてくよー」
「ワタシも一緒に行くのです。写真のシール貼るノートを買って皆でショーメーシャシン撮るのです」
「……プリクラの事かな?」
そして、ここのところ毎日放課後になると出没するこのお方。
「ふふふ、我も同行しようではないか」
いつもの仲良し6人組の完成である。
建ち並ぶ数々の誘惑達を振り切りつつやってきたのは、駅近くの大きな商業施設。
たくさんの店舗が並ぶそのビルの中には、大きな文房具店も入っている。
「わぁ……っ」
「見てこれかわいい!」
「へぇ、こんな便利そうなのが出たんだ」
「日本のステーショナリー、ヤバイのです」
「このイルカ……眼帯を付ければアンフィトリテ風に改造出来るか」
店中に並ぶ彩り豊かな文房具に次々目を奪われ、ノア達は中々メモ帳コーナーに辿り着けない。というか、どこがメモ帳コーナーなのかも分かっていない。
だがそんな事を気にする者はここには一人もいなかった。
だって、今のこの楽しい時間こそが最大の目的だったのだから。
それから二日後、今日はいよいよ現場実習の日である。
「うう……緊張するよー」
「ほらノア、お祖母ちゃんとの約束」
「ノアは明るく朗らかに!」
「よし、じゃあ一緒に頑張ろう」
「おおーー」
そんなやり取りをすぐ横で眺めるのは、
「ワタシが一緒なのを忘れないで欲しいのです」
本場イギリスからの留学生エイヴァ。
「「忘れてないよっ!」」
今日の現場実習は3人一組で参加する事となっており、幼馴染コンビへのプラスワンは話し合いの結果エイヴァに決まっていたのである。
3人は学校から市バスで一時間ほど揺られ、割り当てられた実習先へと到着した。
そこは由緒ある旧家である草薙家の邸宅。その門構えからしてもう見る者に長い歴史の蓄積を感じさせる。
「Oh! なんてトラディショナルなジャパニーズ マンション!」
「エイヴァ、ここはお屋敷だよ? マンションでもアパートでもないよ?」
「ノア……こういう立派なお屋敷の事を英語でマンションって言うんだよ」
歴史を感じさせる門の一部を切り抜いて現代を貼り付けたかのようなインターフォン。深呼吸したノアがその呼び出しボタンを押すと、スピーカーから落ち着いた大人の女性の声が返ってきた。
『はい、どちら様でしょうか』
軽くビクッとしたノアの横からライムがインターフォンの前に身を乗り出し、ノアの言葉を引き継いだ。
「聖バスティアーナ学園の柑橘ライム、水月ノア、エイヴァ エヴァンズと申します。現場実習にお伺いしました」
『畏まりました。そちらに伺いますので少々お待ち下さい』
「うう、緊張するよー」
「ノア、もう実習は始まってるんだからね。緊張するのはいいけど気を緩めちゃダメ」
「分かったよー、じゃなくって……分かりました」
「よしよし」
暫くすると門扉が開き、中に執事服の女性の姿が見えた。
「
ノア達は雰囲気に呑まれつつも門を潜り、本平の後に続いて屋敷に向かった。
「こちらへどうぞ」
大きな玄関から屋敷に入り、案内に従い廊下を進む。
屋敷と呼ばれるほとんどの建物がそうであるように、この草薙家もまた建物内で靴を脱ぐ事はない。
毛足の長い絨毯を踏み締め廊下を進むと、やがて本平は重厚そうな扉の前で足を止め、その扉をノックする。
「どうぞー」
扉の向こうから聞こえてきたのは、涼やかな女性の声。
その声を受けた本平は扉を引くとその脇へと身を引き、ノア達に軽く頭を下げた。
「し、失礼します」
ノア達は恐縮しながら本平の前を通り、室内に歩を進める。
そして正面へと目を向けると、そこでは落ち着いた雰囲気の女性が椅子から立ち上がるところだった。
「まあまあ! よくいらっしゃいましたね、かわいい執事さん達。私が草薙家当主、草薙ツルギです」
「ほっ、本日は! 現場実習にご協力くだしゃり――くっ、くだ、しゃり――」
ノアは盛大に噛んだ。噛み倒した。
「大丈夫、落ち着いて。ゆっくりゆっくりでいいのよ。いい? じゃあ大きく深呼吸してーー」
ツルギはそんなノアを暖かい目で見つめ、優しく語り掛ける。
ノアは涙目になりながらもそんなツルギの言葉に従って大きく息を吸って……
「ふぅーーーーーーーーーーーーーっ」
「ふふっ、ほーら口から緊張が抜けてったーー」
そんなツルギの言葉に釣られ、ノアはクスっと小さな笑いを零す。
「もう大丈夫そうね。それじゃあテイク2、行ってみましょうか」
「はいっ!」
そしてノアは先程とは比べ物にならないくらいリラックスした面持ちで、
「本日は現場実習にご協力くださりありがとうございます。私は聖バスティアーナ学園より参りました水月ノアと申します。そして――」
「柑橘ライムと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「エイヴァ エヴァンズと申します。ワタシはイングランドからの留学生です」
無事に挨拶を済ます事が出来たのである。
ツルギは満足げに微笑み、話に入る。
「はい、皆さんよくいらっしゃいました。今日は草薙家自慢の執事、この本平について執事の仕事を見学して行って下さいね」
「「「はい!」」」
「我が家には執事とメイドがそれぞれ二人ずついます。そのうち一人ずつが娘夫婦と一緒に出掛けているので、今この家にいるのは本平とメイドの
ノア達は、間取りや注意点について説明を受けながら本平に屋敷を案内してもらっている。
「草薙家では廊下に美術品などを置かないようにしています。何故か分かりますか?」
「華美な装飾等を好まれないからでしょうか?」
「ええ、それもあります。ですが一番の理由は災害対策ですね」
「災害対策?」
「避難経路を確保するためです。地震等で倒れて通路を塞ぐ可能性もありますし、そもそも真っ暗の中で移動しなければならない可能性もあります。主とそのご家族を守る為の措置なのです」
本平の説明を聞いたノア達は、大きな勘違いに気付かされた。
学園では『主の為に』という言葉をよく聞く。これは執事として当然の心構えなのであるが、これまでノア達はその言葉を目の前のひとつひとつへの対処というように捉えていた。
だが『生活を護る』という事は『生活を継続』させると言う事。
つまり未来の可能性を予測し備える事もまた大切な仕事なのだと。
客間に入ると、その部屋の中央に特徴的な衣装を身に付けた若い女性が立っていた。
(おぉ、メイドさんだー)
そのメイドは本平とノア達に気付くと、その場で姿勢を正して頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいましたお客様」
凛とした佇まいと可愛らしさの共存、それは本人の纏う空気感とメイド服が織りなす高次元のコラボレーション。
その所作にノア達は一瞬で目を奪われた。
「「「はっはい! お邪魔してます」」」
そんなノア達にふふっと笑みを溢したメイドは、
「私は草薙家のメイドを務めさせて頂いております駒越と申します」
と、もう一度今度は軽く頭を下げた。
ノア達がアワアワと自己紹介を返したのを見届け、本平が駒越に指示を送る。
「彼女達に掃除の様子を見せてやってくれ」
駒越はニッコリと笑顔を見せ、
「はい、では見ていてくださいね」
そう言って目を閉じ、顔の前で指を組んだ。
そして脳裏に現在の居間の様子を思い浮かべ、それを本来あるべき姿で上書きしていく。
その作業が完了すると目を開き両手を広げ、
「メイド魔法【綺麗】」
次の瞬間、駒越を中心として淡い光が広がる。
その光はノア達も包み込みながら部屋の隅々まで広がり、そしてふっと消えた。
「今のって……」
「ご覧になるのは初めてですか? 今のはメイド魔法の【綺麗】、部屋中のゴミや汚れを取り除く魔法です」
(おおー、やっぱり!)
これが、ノアが初めて目にした『メイド魔法』であった。
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