第13話 炎と水の・・・

アンフィトリテ。

ノアの運命のライバルを称するアカリ――イグネア・アニュラスと契約した精霊である。

そして、水と相性の良いイルカタイプでありながら炎の力を宿す眼帯を身に着け、しかも声を出す事が出来るという前代未聞の精霊である。


そのアンフィトリテは今、精霊界にある大きな火山を登っていた。その山頂――火口を棲み処とする、とある精霊に会うために。

『来たぞ、サラマンダー』

『ん? おお、いつぞやの風変わりなイルカではないか』

サラマンダー、それはこの火山の主であり、炎を纏う蜥蜴の姿をした精霊である。

炎を求め旅をしていたアンフィトリテは、過去に一度、炎を司るその精霊に邂逅していた。


『どうだ、炎の力を身に宿す夢とやらは叶ったのか?』

『いや、まだだ。お前から貰ったこの眼帯、あれ以来一時も離さず着用してはいるのだが、な』

アンフィトリテの見た目上最大の特徴である炎の眼帯、それはこの大精霊であるサラマンダーが自らの炎から生み出し、アンフィトリテに授けたものであった。

『まあ己の存在と真逆の属性だ、そう簡単にはいかんだろうがな。どれ、お主の身の内の炎がどうなっておるか視てやろう』


サラマンダーの切れ長の瞳が炎のように揺らめきアンフィトリテをじっと見つめるが、やがてその瞳を大きく見開き、そして吠えた。

『何だ、もう身に宿しているではないか!』


『何!?』

確かに『良い感じになってきた』感覚はあったのだが、既に身に宿っているだと!?

驚くアンフィトリテを更に深く視るためサラマンダーはぐぐっと身を乗り出し、そして間違いなくそこに存在する炎の気配を感じとる。

『ふむ、なるほどな。身に宿った炎の力をお主の水が覆っておるようだ。意識とは別のところで自己防衛が働いているのだろう』


サラマンダーの言葉に衝撃を受けるアンフィトリテ。

まさか炎を望む自分自身が炎を拒絶していたとは……


『まあ仕方あるまいよ。これはお主という『存在』そのものが起こしている反応だからな。言っておくが、意思の力で強引に進めても良い事など一つもないぞ? むしろここから先は逆のアプローチが必要だろう』

『逆のアプローチ?』


サラマンダーは大きく頷き、言葉を続けた。

『イルカよ、水とは何だと思う?』

その問い掛けに、アンフィトリテは確たる常識をもって答える。

『炎の対極、真逆の存在だ』


アンフィトリテの答えにサラマンダーは大きく頷き、

『うむ、そのとおりだ。だがな、それは炎と水の関係のほんの一面でしかない』

『一面……でしかない?』

『その通りだ。水は炎の対極であり……同時に炎の結果でもあるのだ』


水が炎の結果……だと?

馬鹿な! それは水は炎から生まれたと云うに等しいではないか!

その言葉はアンフィトリテの理解の範疇を大きく超え、と同時に心の内に反発の気持ちを巻き起こした。

まるで生み出した炎を覆う水が如く。


『ふむ。理解できない、といった顔だな。まあこれに関しては、お主の契約者のほうが詳しいかも知れんぞ?』

『我が半身、イグネア・アニュラス、がか?』

『ほう、それがお主の契約者の名か。炎を宿す良き名ではないか。その契約者に訊いてみるがいい。炎と水の本質を、な』

『…………』


去り際、ふとアンフィトリテはサラマンダーに呟く。

『ところで向こうの世界では念話が使えぬのだが、どのように質問を――』

『知らんわ!!』

そしてアンフィトリテは魂の半身の元へと帰還する……




「戻ったか、アンフィトリテよ」

人界は既に夜、多くの者達が眠りについた頃。

アンフィトリテは帰ってきた。サラマンダーの助言を持って。

「ほう、その目……何かを掴んだか」


それは本当にアンフィトリテに何かを感じ取ったのか、それともただカッコいいセリフを言ってみたかっただけなのか……

だがそれはどうでもいい事だ。

何故ならそのアカリの言葉こそが、アンフィトリテを燃え上がらせるのだから。

(やはり俺は、この者とならば……)


「どうやら火と水の極意を掴んで帰ってきたか」

いや、全然そんな事は無いのだが、むしろ訳が分からず困っているのだが。

だがそんなアンフィトリテにアカリは言葉を重ねる。

「そう、水は雷によって燃えるモノと燃やすモノに分かたれる。燃えるモノと燃やすモノは小さな切っ掛けで激しい炎を生み出し、そして再び水となる。ならば炎と水とは単なる状態の違いでしかない」

これこそチューニの理科で習った水の電気分解、試験管でポンである。


「だからこそだ。だからこそ我は、アンフィトリテならば必ず炎をその手に出来ると信じていたのだ」

そのアカリの言葉は、まるで雷のようにアンフィトリテを激しく打ち据えた。

(これかっ!! これがサラマンダーの言っていた事なのだ!)


そしてそれは、アンフィトリテの腹にストンと落ちた。

(単なる状態、か……。水に属する精霊などと言いながら、自分自身の事すら理解出来ていなかったとはな。ふふふ、単なる状態の違いというのであれば、水だの炎だのと区別していた事がそもそもの間違いだったのだ)


そう思い至ったその瞬間、アンフィトリテの身体は青白い炎に包まれる。

水のような炎のような青。精霊の認識次第で水にも炎にも変化する青。

これこそが、アンフィトリテが水と炎の両方を手に入れた瞬間であった。

「キュルルルウ!(待たせたな我が魂の半身イグネア・アニュラスよ。今こそ我は己の全てを与えよう)」




翌日、アカリのクラスの精霊格闘訓練にて。


これまでアンフィトリテの成長を優先してきたアカリは、当然の事ながら精霊の力を得られていない。その間にアカリのクラスの生徒達は全員精霊の力を借りる事に成功し、既に授業は型から模擬戦へと進んでいた。

なので、今日もアカリは一人グラウンドの隅で型の訓練を行うものだと誰しも思っていたのだが……


今日初めて模擬戦に参加したアカリ。

そしてアカリは、その力をもってクラスメイトを更なる驚きに導く事となる!


アカリに向けられた相手の激しい攻撃。

だがその攻撃はアカリの前に出現した水の盾に受け止められ、その力を散らされてしまう。

「っ!?」

その隙をアカリは見逃さない。すかさず相手に拳を突き出すと、その拳の先に発生した青白い爆発が相手を吹き飛ばした。


代わる代わるアカリの前へとやって来るクラスの生徒達。

だがその全てが同じ結果となり散っていった。どれだけ速くても、どれだけ威力があっても、等しくアカリに受け止められ吹き飛ばされるのだ。

炎と水を自在に操るアカリは、その力を得た瞬間にクラス最強の座を手に入れていたのである。


「ふっ、我は力を手に入れたぞ。お前はどうだ、アクアルナよ……」




初めての精霊格闘訓練から今日で十日、ノアのクラスも既に模擬戦が始まっていた。

そしてノアはと言えば――

「はっ! ととっ……うりゃ!」

完璧とは言えないまでも、かなりの精度で攻撃に【障壁】を纏えるようになっていた。

そして動かす必要のない防御のための【障壁】だったら同時に十枚まで出す事が出来るため、相手の攻撃がノアまで届く事はほぼ無い。


そう、奇しくもノアとアカリは別々のアプローチからよく似た戦闘スタイルを会得していたのである。

これがアカリの言う『運命のライバル』に定められた道なのであろうか……


「もうっ! ノアってばずるいよ」

「ええっ、そんな事言われても」

攻撃を全て防がれたライムがノアに抗議するが、ノアにだって言い分はある。

「ライムだってタマミちゃんのお陰でもの凄く動きが速いじゃない。あんなの盾とか出さなかったら絶対に止められないよー」

「それはまあ……そうなんだけどさ」


渋々引き下がるライム。

代わりにノアの前に現れたのは、

「じゃあ次は私ね。ぴょんたん、カモン!」

マイカとぴょんたんのペアだ。


「いっくよー!」

地面を激しく蹴り、一瞬で間合いを詰めるマイカ。

ノアの前で体を捻り、強力な蹴りを浴びせ掛ける!

「わわっ!?」

反射的に身体の前に【障壁】を展開したお陰で、辛うじてその蹴りを受け止める事が出来た。


だがマイカの攻撃はまだまだ止まらない。

すかさず逆方向に身体を捻り、反対の足で蹴りを繰り出してきた。

「っとぉ!」

攻撃しようと構えた手を止め、飛んできた足の前に【障壁】を展開してその蹴りを受け止める。

だが――

マイカは足だけで五連撃六連撃と次々攻撃を重ね、ノアには一切攻撃の隙を与えない。

たまらなくなったノアは一旦全ての【障壁】を解除し、自分の周囲全てを覆うドーム型の【障壁】を展開した。


「ああっ、ずるい!」

「ずるくないもんっ!」

「――なんてねっ、ぴょんたん【穴掘り】!」

ぴょんたんの力で、ノアの足元に大きな落とし穴が口を開けた。

そしてノアは――


ドーム型の【障壁】は地面に沿って足元にも展開しており、その【障壁】を足場としていた為に穴に落ちる事は無かった。

「あーあ、これもダメだったか―」


「次はカナカナ?」

「ううん、私は無理。ルークの力は格闘に向かないから」

「そっか、じゃあ――」

次の相手を探そうとするノアだったが、すぐ横から声が掛かる。

「どうやら私の出番ですね」

「あ、エイヴァ」


そしてエイヴァは頼れる精霊を召喚!

「さあパディ―、Go!」

だがパディ―は現れない。

「パディ―? Where did you go!?」

「えっと……もしかしてパディ―、またお散歩中?」

「……そうみたいです」




ノアもまたクラス最強の座に一歩ずつ近づきつつある。

運命のライバル同士、激突の日は近い……のだろうか。

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