第12話 初めての精霊格闘術
今日は初めての精霊と一緒の格闘訓練である。
精霊に出会ってから今日までの間に精霊による身体強化を会得した者も多い。
その為この授業は格闘の訓練でありつつも、通常の世界記録を遥かに越える事が可能なスピードやパワー、動体視力などに振り回されないような制御の訓練も兼ねているのだ。
ライムもまたこれまでの訓練によってタマミちゃんから速度と跳躍力を得る事が出来ていた。
それ故ようやく訪れたその力を全力で使える機会に、今日は朝からずっとテンションが高い。
「やっとタマミちゃんの力を試せるよ。タマミちゃんから力を受け取った感覚はあるけど、それが実際どれくらいなのかがついに分かる!」
そんなライムにマイカが、
「うちのぴょんたんだって凄いんだから。聴覚は何度か試したけど、もの凄く遠くの音とかも聞き取れるんだよ。ふっふっふ、でもそれだけじゃないんだよなー。ね、ぴょんたん」
と含みのある言葉を返す。
そしてカナタはノアにあの事を伝える。
「私はルークのお陰で視力が回復したの。毎朝、目が覚めて周りの様子がはっきり見える事に凄く感動してるんだ」
「あれ? じゃあ今掛けてる
「これは度が入っていない眼鏡。前にマイカに選んでもらったんだ」
「おおー、そうだったんだ」
そしてカナタは心配していた本題に切り込む。
「それでノアはどうだったの? 必殺技?とかって」
その途端、ピタッと話を止めてこちらに耳を傾けるライムとマイカ。ぴょんたんはすかさずノアの角度に絞ってマイカの聴覚を上げる。まさに全自動集音機。
「ふっふー、バッチリだよー!」
笑顔のノアは親指を立てて、
「げんぷーが頑張ってくれたんだ。後で見せたげるね」
3人に向かってそう答えた。
ライム達がさらに追求しようと身構えたその時、
ノアの背後からエイヴァがふわっとノアの胸元へと両手を回した。
「修行成功なのですねー。ノアとのスパーリング、楽しみです」
「うん、今日の授業頑張ろうね」
それから間もなくしてマキエ先生から号令がかかる。
「よし、では全員広がって整列。まずは今まで通り精霊なしでの型からだ。それが終わったら次は精霊の力を使った状態でもう一度型を行う。まずはそれを交互に繰り返し、オンとオフの違いを身体で覚えるんだ」
指示通り、通常状態の型を行った後に精霊の力を借りた型を行った途端、あちこちから焦りの声が上がる。
「わわっ、速っ!!」
「これ音っ! ボッ!って!?」
「ちょ、どいてぇ! 跳んじゃったー」
「体が回るぅー、誰か止めてー」
その様子を微笑ましげに眺めつつ、マキエ先生は生徒達に指導を入れる。
「力の加減を失敗すると今の君達のようになるから注意するように。最初は出きる限り弱く、慣れてきたら徐々に強めていくのがコツだ」
「「「「「先に言ってよーーー」」」」」
「最初に経験しておくのも勉強のうちだ。まだ精霊に力を借りられていない生徒も覚えておくようにな」
そうして全員もう一度仕切り直し、精霊に力を借りていない状態と同じくらいの力加減から、おっかなびっくりといった感じで少しずつ力を加えていく。
もちろん中には加減を失敗して跳んだり回ったりする生徒もいるが、それでも全員徐々にではあるがその違いに慣れていった。
ノアを始めとした身体強化のない生徒達は、当然今までと何ら変わる事は無い。
そんな彼女達は友人達のその様子を羨ましそうに眺めつつも、自分達なりに強くなる為精霊の力を引き出してゆく。
「ねえげんぷー。これってさ、一度に動かせる【障壁】が二つだけだからって事だよね? じゃあさ、パンチの時は手に付けて、キックの時は足に付けるとかって出来る?」
ノアの言葉にげんぷーは少し考え、ノアの型に合わせて試してみる。
「お、出来た……あっ今度はタイミングが……っそれ反対の足だよー」
型とは言っても、どの部位で攻撃するかは本人のセンス任せのため毎回違う。
それはほんの瞬間的な判断によって変化する為、どれだけシンクロしても毎回確実に合わせるというのは不可能に近いだろう。
そう判断したげんぷーは方針を変更する。
今は自分がすべて制御しているが、これをノアに
最初は戸惑うだろうが、ノアだったら暫くすれば多分慣れるだろう。多分……
宙に浮いていたげんぷーはノアの頭に着地すると、手足をばたつかせ始めた。
それに驚いたノアが動きを止めると、げんぷーはノアの【障壁】を二つとも解除した。
「げんぷー?」
自分に呼び掛ける声に、げんぷーはノアの頭から離れノアの顔の前に浮かんだ。
そして、不思議そうな目で自分を見つめるノアを見つめ返し、ノアの右手に【障壁】を展開。
ノアがその右手を目の前に掲げると、げんぷーは【障壁】を解除してノアに前足を突き出す。
「ええっと……私がやれ、って事?」
ノアの瞳を真っ直ぐ見つめ返すげんぷー。
「いや無理無理無理無理無理! そんなの無理に決まってるよー」
弱気の虫を爆発させたノアを見たげんぷーは、ノアの前で体ごと後ろを向いた。
その背中はまるで鬼教官。『やらないのだったら自分はもう知らない』とでも言っているかのようだ。
「げんぷー……」
そんなげんぷーを薄っすらと涙を浮かべた目で見つめるノアだったが、どれだけ待ってもげんぷーは振り返らない。
やがて――
「ううう……分かったよー、私やるよー」
げんぷーに縋り付きそうな表情でそう言ったのである。
その様子を見ていたライムやマイカ達はノアにエールを送りつつも、心の中でひどく的確なツッコミを放っていた。
((((初めてのおつかいか!!))))
例の挿入歌とともに……
自分に向き直ってくれたげんぷーにホッと一安心したノアは、自分の右手を見つめながら心の中で念じた。
(【障壁】出て!)
その念はげんぷーの補助を受け、右手に【障壁】を出現させる。
「やった!」
喜ぶノア。だが――
「あれ? 右手が動かないよ?」
前に突き出そうとした右手は、まるで【障壁】に固定されているかのように動かない。
「あっそうか、【障壁】ってもともとは動かないんだったよ。だったら……むぅ、動けー」
ノアの念が通じ、【障壁】は右手の動きに追従するようになる。
「じゃあ次は……消えて」
ノアの声に応えるように【障壁】はふっと消えた。
「何となく感じが分かった気がする。よーし、だったら後は練習練習!」
割とあっさり成功した事で、ノアはすっかりやる気モードに入った。
さっきまでの泣きべそは一体何だったのか……
だが、そんなノアを見つめるげんぷーの目はどこまでも優しい。
((((モニターで見てるお母さんか!!))))
そのツッコミもまた例の番組に寄ったものであった。
それからノアはひたすらに攻撃する手足への【障壁】の展開と解除を行い、その反復練習の甲斐あって授業が終わる頃にはあまり意識せずに攻撃と【障壁】を同期出来るようになっていた。
だが練習の成果が現れるのはノアに限った事ではない。
当然その頃には他の生徒達もまた、精霊の力の行使に慣れてきていたのである。
「よし、では今日はここまでとする。この様子なら次回の訓練で軽い組手くらいまでは進めるかもしれんな。各自、今の感じを忘れないうちにイメージトレーニングに励むように。では解散」
放課後。
A組にやって来たアカリは早速運命のライバルであるノアに問い掛けた。
「アクアルナよ、必殺技は会得できたか?」
「うん、まだ何となくだけどね」
そう言ってノアは顔の前で右拳を作り、そこに【障壁】を展開する。
「これは……シェルナックル、いやファウストパンツァー!」
「わざわざ英語やめてドイツ語にするとか……アカリ、私の前でいい度胸ですねー」
「いや……これはその……えっと…………ごめんなさい?」
素に戻って思わずエイヴァに謝るアカリ。くっ、ドイツ語がダメなら……
「テースタ・プグヌス」
「それはもしかしてラテン語です? 参考資料に書いてあったですよ。チューニビョーシンドロームの罹患者はドイツ語とラテン語の勉強を始めると」
「…………」
そして、
「これね、手だけじゃなくって足にも付けられるんだよ。キックとか」
ノアからの新情報に愕然とする。
どうやら技名が決まるのはもう少し先の事になりそうだ。
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