第11話 修行パート

その夜家に帰ったノアは、アカリのアドバイスに従って早速げんぷーと話し合った。

「ねえげんぷー……私さ、これまでずっと強くなる為にげんぷーの力を分けてもらおうとしてきたよね。でもね、もしかしたらそれ以外にも強くなる方法があるんじゃないかって思った――ううん、気づかせて貰ったんだ」


げんぷーは四本の足で机を踏みしめ、言葉の続きを待っている。


「それでね、力とか速さとかはもう私自身の能力で頑張るしかないって分かっちゃったからさ、それ以外のところでげんぷーの力を貸して貰えたらって思ったんだ」


げんぷーはノアの言葉を頭の中で繰り返し、理解しようとする。

今の自分にノアの身体能力を上げるような能力はない。だが今ノアは何と言った? 自分の力を分けて欲しいのではなく、貸して欲しい?


「ねえげんぷー、今のげんぷーの力をさ、攻撃に使う事って・・・出来るかな?」


自分の力を・・・攻撃に?

自分の持つ力とはつまり【収納】と【障壁】。

攻撃用の直接的な力として考えた場合、【収納】に多分使いどころは無い。

敵の武器とかを奪うのには使えるかもしれないけど、それだってやっぱり攻撃じゃなくて守る力だ。

なら残るは【障壁】だが……?


【障壁】もやっぱり守る力だ。

何故なら相手の攻撃を受け止める力なのだから。

勿論自分の【障壁】には自信がある。とても固くてとても壊れにくいのだ。

だから相手の拳も蹴りも受け止める事が出来る。

あ、それならば逆に攻撃してきた相手が手や足を痛めるんじゃないか……?

いや待て、でもそれは……相手への攻撃とは言えないのではなかろうか?



といった事をげんぷーは真剣に考えていたのだが、完全に動きを止め目の前の一点を見つめるその様子は、ノアからは自分の話に興味を失ったようにしか見えない。

なので、

「やっぱり私、無茶な事言ってるよね。ゴメンね、今日はもう寝よっか」

そう言ってノアは部屋の明かりを消し、布団を被るのだった。

「おやすみ、げんぷー」




ノアが眠ったのを見届けたげんぷーは、そのまま精霊界へと移動した。

人間と契約した精霊は、元居た精霊界と契約者の側との間を自由に行き来できるようになるのだ。

そして精霊界においては、実は精霊同士で普通に会話が出来たりする。

――声ではなく念話によって。


『やあげんぷー、こっちに来たって事はノアはもう寝たのかな?』

げんぷーが精霊界に到着すると、そのすぐ近くにいた一羽のウサギがげんぷーにそう話し掛けてきた。

『ああ、ぴょんたんか……その通りだ』

『それにしてもさっきのレストランでの会話、げんぷーも聞いてたろ? 傑作だったよな、流石はあのアンフィトリテの契約者、って感じでさ』


精霊達は存在の半分を精霊界に移す事で、人界での認識から外れる事が出来る。

余計なトラブルを招かないよう、普段はそうやって姿を消しているのだ。

だがその状態でも、精霊にはその場の様子が見えているし聞こえている。


『あいつも精霊としては色々特殊な奴だからな。だが必殺技とはいいヒントを貰った』

『おっ、まさかの乗り気かよ? って事はもしかして今からその訓練を?』

『ああ、試してみたい事があってな』


『まぁがんばれよー』と手を振るぴょんたんと別れたげんぷーは、そこから少し離れた無人の野原へと移動した。

そして気持ち的にはニヒルな笑みを浮かべ、

『さあて、修行パートとやらの始まりだ』

防御の技である【障壁】を攻撃の技へと昇華させる為の試行錯誤を始めるのだった。




そして時は進み、そろそろ人間界は朝を迎えようという頃。

夜通し修行を行ったげんぷーは満足そうに、

『こんな感じか……どうやら何となく形が見えてきたな』

そう呟くと、ノアの元へと戻っていった。


そして人界で迎える朝。

ジリリリリリリ……

「ふあぁぁーーーふ……あ、おはよーげんぷー」

寝ぼけ眼で鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばし、ノアはすぐ横のげんぷーに目覚めの挨拶をした。

「げんぷーはいい夢見れた?」


そんな問いかけに、『まさか夜を徹して修行を行っていたなどとは思うまい』とニヒルな愉悦を感じるげんぷーだったが、

「私はねー、げんぷーの光の甲羅で悪者をぼっこぼこにする夢を見たんだ。ふふー、すっごく気分爽快な夢だったよー」

と続いた言葉を聞き、思わずカクンと顎が落ちた。


だが、それで終わるげんぷーではない。

すぐに口元を引き締め直すと、『もっと修行だ。絶対にノアの想像を超えてやる』と固く心に誓うのであった。




「おはよー」

ノアとライムが教室に入ると、エイヴァとマイカ、カナタの3人が何やら盛り上がっていた。

「なになに? どうしたの?」

「ああ、おはようノア、ライム。実はさ、今度エイヴァがうちの寮に引っ越してくるんだって!」

テンション高く興奮気味にそう話すマイカ。


「へぇ、そうなの?」

その言葉にいち早く反応したライムがエイヴァに問いかけると、ニッコリと笑ったエイヴァがノア達に説明を始めた。

「予定通りです。最初の一か月は日本の生活に慣れるため、ホストファミリーのお世話になる事になってたのです。この度、晴れてみそぎの期間が終了したのです」


「禊ぎって……エイヴァ別にけがれてた訳じゃないでしょ」

「Oh、間違えたでーす。この場合は慣熟期間だったです」

「また妙に難しい言葉を使って……やっぱりソースは『参考資料』?」

「Yes! つまり、shakedownでmasteryなのです」

「うーん、やっぱり何処となく偏ってる気がするなぁ」


そして話題は昨日盛り上がったノアの『必殺技』へと移ってゆく。

「それでげんぷーは何だって?」

「うん、何だか難しいみたい」

「うーん、そう簡単じゃないかぁ……」

そしてまた5人で『うーん』と考えてみたが、そう簡単に良案が出る筈もなく。

「まあまだもう少し時間はあるだろうから、考え続けるしかないな」

「だよねー。げんぷーも何か思い付いてくれるかもしれないし、これからもげんぷーと一緒に色々考えてみるよ」




こうして勉学の日々は恙なく過ぎてゆき、ついにその時が訪れる。

「よし、では今日はここまでだ。次回より格闘訓練は精霊の力を利用する内容に進むので、各自そのつもりで」


「ノア、大丈夫?」

「うう……大丈夫じゃないかも。今日は早く帰ってげんぷーと最期の相談を――」

「いやその言い方不吉過ぎだって! とはいえ、精霊とは学校と家でしか話せないしなあ」

「はぁ、そうなんだよねー」


そして帰宅。

そのまま自分の部屋に直行したノアは、着替えを終えてげんぷーを呼び出す。

「どうしようげんぷー、次の授業からげんぷーと一緒の格闘訓練が始まっちゃうよー」


げんぷーは思った。

ついにこの時が来たか、と。

ノアに修行の成果を見せる時が来たか、と!


そしてげんぷーは目をくわっと見開き――傍からはつぶらな瞳にしか見えないのだが――新たなる形の【障壁】を展開する!


「うわっ、何コレ!?」

ノアは突然の事態に驚いた。突如、自分の両手が輝きを放ち始めたから。

そして――

「あれ? これってもしかして、げんぷーの【障壁】?」

その表面に付いている特徴的な甲羅模様に気が付いた。

そう、それはまるでボクシングのグローブのような【障壁】。


ノアが軽く拳を突き出すと、手を覆う【障壁】も拳と一緒に突き出される。

そのまま手を振り回しても、【障壁】は手を覆ったままだ。

「げんぷー、もしかしてこれで相手を攻撃できるって事!?」

ノアがげんぷーに問い掛けると、げんぷーは『正解!』とばかりに手足をバタつかせる。


「凄いよげんぷー! これなら私だって!」

歓喜に溢れたノアは左右のパンチから流れるような動きで目で前の空間にハイキックを――

「あれ?」

足には甲羅が貼り付いていない?

「もしかして……手だけ?」


げんぷーは斜め上に視線を飛ばした。

そう、ようやく拳に纏わせるところまではこれたが、自在に動かせるのはまだ二つまで。

足までは手が回らなかったのだ。

ああ、もう少し時間があれば……


「うん、でも凄いよげんぷー。もしかして……ずっと一人で特訓してくれてたの?」

ノアのこの問い掛けには、げんぷーは答えるつもりはない。

ここでバタバタと肯定するというのは、げんぷーの美学に反するからだ。

だからげんぷーはノアの瞳を真っ直ぐ見つめる。それで充分。


「やっぱりそうなんだね! ありがとう、げんぷー!」

ほら、通じた。

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