第9話 特別指導室
精霊契約から2週間ほど経った。
新たに始まった精霊学の授業はどの生徒も
中には既に精霊によって身体能力を向上させた生徒もおり、彼女達は周囲の羨望を一身に浴びていた。
そんなある日、朝のホームルームの終わりに、マキエ先生からノアへの一言。
「水月ノア、今日の放課後特別指導室へ来るように」
お呼び出しだった。
「ノア……あなた一体どんな悪い事をしたの? お姉ちゃんに言って御覧なさい。怒らないから。ね?」
ノアの肩に手を置いたライムからそんな一言が。
そんなすかさずの
「ええーー・・・身に覚えが無いよー」
そんなノアの肩にぽんと手を置いて、ライムは軽い笑顔を見せた。
「だったら何かの連絡事項とかじゃない? どんなトコだったか後で教えてよ」
「うん、分かったよー」
顔のこわばりが取れたノアを見てライムはほっと一安心だ。
(もう大丈夫、かな)
今回はライムのフォローのお陰でノアの中のネガティブの虫に出番はなさそうだ。
(理想の保護者って感じ?)
(だね)
二人の様子に顔を見合わせてクスリと笑い合うマイカとカナタ。
そしてそこにエイヴァも参加し、授業が始まるまで束の間の楽しいおしゃべりが始まるのだった。
今日の全ての授業が終わり、そして放課後。
「失礼しまーす」
特別指導室の扉を開けてノアが室内に足を踏み入れると、そこには――
「待っていたぞ。我が宿命のライバル、アクアルナよ」
呼び出した本人のマキエ先生ではなく、広げた右手を顔に当てて右斜め45度の角度を維持したアカリが立っていた。
「えっ!?」
その事に一瞬驚いたノアであったが、目の前でいつも通りのアカリの行動を見せられたせしか、何だか急に緊張が
「アカリちゃんだー。アカリちゃんも先生に呼ばれたの?」
そしてアカリのテンションを吹き飛ばす通常モードで笑顔を浮かべながらアカリに近付いていくと、それにつられたアカリも思わず素で答えてしまう。
「うん、実はそうなんだ」
「一体何の話なんだろうねー」
「ホントにね――」
とここでアカリははっと気づいた。自らのアイデンティティが崩壊しかかっている事を。そしてすかさず咳払いを一つ入れると修正に取り掛かる。
「んんっ! ――もしや我の真なる能力に気付かれたか、それともまさかここまで連中の手が伸びたのか?」
だがノアからの無自覚の追撃は止まらない。
「あっそうだ! 先生の話が終わったらさ、一緒にお好み焼き食べにいかない?」
「えっお好み焼き好き――ゴホッ!」
危ない! またもノアワールドに引き摺り込まれるところだった……
「ふむ、灼熱の鉄板が我が魂の半身に良い影響を与えるかもしれんか。よかろう、アンフィトリテも構わんな?」
「キュイッ!」
かなりギリギリの崖っぷちではあったが、何とか設定を保つ事に成功したアカリ。
その心の内はノアに誘われた喜びとお好み焼きの喜びによって、現在進行形で大変な事になっているのだが……
それから暫くして、ようやくマキエ先生がやって来た。
「すまない、待たせたな――っと、何をしているのだ君達は?」
そう言葉を掛けながら部屋に入ってきたマキエ先生の目に飛び込んで来たものは――
「違う、それではただの日の光を眩しがっている人だ。もっとこう肘を上げて手首から指先にかけては悩ましげな捻りを入れて――」
「えっと……こう、かな?」
「大事なのは角度だ! 腰はこう! からの首の向き! もっとこうズキュゥゥゥンという感じで!!」
「むぅ、難しいよー」
熱心に〇ョ〇ョ立ちの指導をするアカリと、それに付き合うノアの姿だった。
取り敢えず先程目に飛び込んで来た衝撃映像はスルーする方針で。
ノア達と向かい合う形でテーブルに座ると、マキエ先生は静かに話し始めた。
「……さて、今日こうして君達に来てもらったのはだな、君達の精霊について訊きたい事があったからだ」
「精霊……げんぷーの?」
「ああ。君達の精霊は……何というかあまりに謎過ぎてな。まずはそうだな……水月、君のそのげんぷーについて話すと、これまであのような現れ方をした精霊というのは他に例が無い」
マキエ先生の言葉に、げんぷーの初登場シーンを思い出しながらノアは訊き返した。
「ええっとそれって……精霊石から真っ黒いのから出てきて、ってアレですか?」
「そうだ。他の生徒達の契約を見ていて気付いただろうが、他の精霊は全て光と共に現れる。過去に『精霊石の光が消える』とか『精霊石の中に黒い影が現れた』等といった記録はない」
「ほえー……、ねえげんぷー、げんぷーの登場シーンって実は凄かったんだって。よかったねー」
ノアが頭の上のげんぷーに触れながらそう言うと、げんぷーは同意するように手足をバタつかせる。
「いや、よかったとかそう言うのでは……いやまあそれはいいか。それで君の言うその登場シーンなのだが――」
そう話を続けたマキエ先生はノアの頭上のげんぷーに視線を送り言葉を続ける。
「げんぷーが初めて姿を現した際、周囲にとてつもない圧迫感を放っていた事に、水月は気付いていたか?」
「圧迫感? ……そんなのあったかなー?」
ノアのキョトンとして表情に、マキエ先生は大きく頷く。
「やはり感じていなかったか。という事はおそらく我々に圧迫感を感じさせた何かしらの力は、君以外に対してのみ放たれていたのだろう。故意か無意識かは分からんがな」
「そうなの、げんぷー?」
ノアがげんぷーに問いかけると、げんぷーはノアの頭の上でゆっくり首をかしげた。
もちろんその様子はノアからは見えていないのだが。
「ふむ、今はこれ以上は分からなそうだな。それで水月、げんぷーの能力は判明したか?」
「ええと、持ち物をしまえる力でした」
「持ち物を……水月、精霊学の教科書にその能力の名前が書かれていたろう?」
「あっはい、【収納】って書いてありました」
「まったく……これからはきちんと名前で呼ぶように。あと他には?」
「他には……あれ? あの甲羅は何て言ったっけ……あっ【障壁】です!」
「なるほど、【収納】に【障壁】か。カメタイプとしては一般的な能力だな。今この場でやって見せる事は出来るか?」
「はい、じゃあええっと……ああ、あれでいいかな。げんぷー、あれしまっちゃって」
そう言ってノアの指差したのは、本棚の中にぽつんと一冊だけ置かれた本。
何やら重厚な装丁がされた、高そうな本だ。
げんぷーはノアの指示に小さく頷くと、その指差した先を認識し【収納】を発動させる。
その瞬間、その本はその場から姿を消した。
――そこに設置された大きな本棚ごと。
「んなっ!?」
目を疑うマキエ先生、その様子にノアは『しまった』といった顔を見せる。
「もうげんぷー、本だけだよー。ああそっか、私が『あれ』なんて言い方したからかー。ごめんね、本棚は元に戻してくれる?」
ノアの言葉を聞いたげんぷーは本棚を元の位置に取り出した。
言われた通りに本だけ【収納】に残したまま、本棚だけを。
「にぃっ!?」
目を疑うマキエ先生再び。
「ちょっと待て、今のは色々おかしい。まずあの大きさ、あの重さの物が【収納】できるだと? それに距離だ。げんぷーと本棚の間の距離は二メートル以上あった。君の精霊はそれだけ離れた物体を【収納】する事が出来るのか? その上、一つの塊として【収納】したはずの本棚から本を残して取り出すだと? 何なんだ、それは」
「えー、何なんだって言われても……」
げんぷーを頭から下ろして両手で抱き抱えてげんぷーと顔を見合わせ、
「げんぷー凄い! って事だよねー?」
ノアがげんぷーにそう語り掛けると、げんぷーもまたノアに向かって手をバタバタさせた。
完全に同意、らしい。
「はぁ……まあいい、では次は【障壁】だ」
若干疲れた顔のマキエ先生。頑張れ。
「はい、げんぷーお願い」
ノアがげんぷーに指示すると、ノアの目の前に半透明の亀の甲羅が現れた。
その大きさはおよそ直径1メートル程だ。
「ああよかった、【障壁】は普通のようだ」
思わず安堵のため息を漏らすマキエ先生。
「げんぷー、先生喜んでるよ。もっと出したらもっと喜んでくれるかな」
そのノアの言葉にげんぷーもやる気を見せ、部屋中に大量の【障壁】を出現させる。
「のわっ!?」
どうやら今のは逆効果だったようだ。
マキエ先生の表情から安堵の色は完全に消え失せ、
「……普通はね、一度に複数の【障壁】は出せないの。もうっ、どうなってるのよノアちゃーん」
それと同時に先生モードもまた強制解除されてしまったようだ。
よろよろと椅子に崩れ落ち、そのままテーブルに突っ伏したマキエ先生。
そんな先生に話し掛けようかどうしようかと視線で相談するノアとアカリだったが、答えを出せぬまま時間は経過し、やがてマキエ先生は自力での再起動に成功した。
「よし分かった。分からないという事がよく分かった。げんぷーはこれまでのカメタイプとは一線を画す存在、以上。水月よ、げんぷーの能力は以上か?」
「はい、以上です」
マキエ先生は『うむ』と頷き、
「では次は火輪だな。君の精霊……名を何と言ったかな?」
「ふっ、我が魂の半身、アンフィトリテだ」
「すまない、今はちょっと……普通に答えてくれるか?」
げんぷーショックが抜けきっていない今、そのノリは少し胃に重すぎる。
アカリもすぐにその事を察して切り替えた。
「あっはい、この子の名前はアンフィトリテです」
「アンフィトリテ……確か海にまつわる女神の名だったか? まあそれはいいんだが、そのアンフィトリテの現れ方もまたおかしかった」
マキエ先生はその時の様子を思い浮かべながら、
「通常、精霊石は白く光る。それ以外の光など見た事が無いのだが……青い光に加え、その中に暴れまわる炎のようなものも視認されていた」
「はい、青は水を司るアンフィトリテ本来の色、そして――」
ここでアカリの瞳が輝きを放つ。
「自らの限界を打ち破り、炎の力を我が物にしようとするその魂の光! そう、あれこそまさにアンフィトリテの魂が見せた奇跡の光!!」
「はぁ……火輪の普通は長続きせんのか……」
マキエ先生はその事についてはすぐに諦め、とりあえず話を進める事にする。
「でだ、アクセサリーを身に付けた精霊というのは前例が無い訳ではない。そして精霊が身に付けたアクセサリーというのは、必ずその精霊にとって何かしら意味を持つというのが定例だ」
アカリは頷く。
「うむ、その通り。アンフィトリテの眼帯は炎の力を封じたもの。そしてアンフィトリテが炎の力を身に付けるため精霊界で手に入れしもの。そうだなアンフィトリテ」
そのアカリの言葉に、アンフィトリテもまたノリノリで応えた。
「キュイッ!!」
実によく似た者同士である。
「そう、それにアンフィトリテのその返事だ。声を発する精霊、これもまた前代未聞なんだよ」
「あ、そういえばげんぷーもしゃべらないなぁ。それにぴょんたんやタマミちゃんも。あと小鳥のルークも鳴かないし」
「ああ。なぜ精霊が声を発しないのかは分かっていないが、今までずっと『精霊とはそういうもの』と考えられていた。その常識がアンフィトリテによって
「ふっ、流石だアンフィトリテ」
「キュワ!」
「さて、それではアンフィトリテの能力を見せてもらえるか」
マキエ先生のその言葉に、だが予想外の返事が返ってくる。
「それは不可能だ。何故なら今のアンフィトリテは炎の力を身に付ける事に全力を注いでいる。故に一切の能力が発動不可能なのだ」
「なっ、まさかそんな事が!?」
愕然とするマキエ先生。
精霊が契約者に力を与えない、だと!?
「だがもうすぐ……もう間もなくだ。アンフィトリテは炎の力を手にしたその時、我はアンフィトリテの本来の能力に加え炎の力までも手にするだろう。それこそが我とアンフィトリテが交わせし魂の契約」
ここでついにマキエ先生のキャパがオーバー、容量限界を超えてしまった。
自分がこれまで信じてきた常識とは一体何だったのか……
己の『常識』がゲシュタルト崩壊してしまったマキエ先生は、ここで二人に力無く終了を宣言したのである。
アクアルナとイグネア・アニュラスによる波状攻撃でマキエ先生は完全に沈黙。
完全勝利を果たした二人は特別指導室の外で待っていたライムと合流し、約束の地にて意気揚々とお好み焼きをつついたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます