第8話 精霊と少女達の夜

ノア達が精霊との出会いを果たした、その夜。

ノアはベッドに寝転がると身体ごと顔を横に向けた。

自分のすぐ鼻先、ノアの頭が鎮座する枕の上で寛ぐげんぷーと話がしたくて。


「ねえげんぷー、げんぷーってどんな力を持ってるのかな。どんな事が出来るのかな」


げんぷーは少し考える素振りを見せてから辺りを見回し、ベッドのすぐ脇のテーブルに目を止めた。

そこにあるのは――

「目覚まし?」


げんぷーの視線に誘われてノアが目覚まし時計を見つめると、突然その目覚まし時計がテーブルの上から音もなく消えてしまった。

「はぇ?」

突然の出来事にノアは目を真ん丸にし、思わずベッドの上で跳ね起きた。

「げっげんぷー! 目覚まし消えちゃったよ?」


驚きの表情に顔が固まったままのノアがげんぷーに視線を移すと、

――ぽすん

そのげんぷーのすぐ前に目覚まし時計が現れ、柔らかな枕に軽く沈み込んだ。


「ええーっ何これ!? イリュージョン!?」

ノアはおっかなびっくり目覚まし時計を持ち上げると、ひっくり返したり裏返したりと変わったところが無いか確認した。

だが手の中にあるのはいつも通りの目覚まし時計で、何処をどう見てもおかしな所など全く見付からない。

「今のって、やっぱりげんぷーがやったんだよね? これってつまり、どういう事?」


げんぷーは『やれやれ』といった表情でノアを見つめ、ふわりと浮き上がると手足をバタつかせながらふわふわと勉強机の上に飛んでいった。

そしてげんぷーが机に着地すると、今度はそこに置いてあった読み掛けの文庫本が姿を消す。

「今度は本が消えちゃった……」


机から浮き上がったげんぷーは、再びベッドの枕に戻ってきた。すると、げんぷーの視線の先でさっきまで机の上にあった文庫本が現れ、軽く布団に沈み込んだ。

「ええと……これって今げんぷーが持ってきてくれたって事だよね。つまり、げんぷーは見えないカバンみたいな所に物を入れて持ち運べるって事?」


げんぷーが『やっと分かったか』とばかりに頷くと、ノアは大尊敬といった面持ちで目を輝かす。

そんなノアの表情にすっかり気を良くしたげんぷーは、世にも珍しいカメのドヤ顔というものを披露するのだが、

「凄いよげんぷー! その力があればお買い物とかで大活躍だねっ!!」

そのドヤ顔は直後に飛び出したあまりにも庶民的な感想に軽く引き攣るのだった。




さて、そんなノアの家のお隣には幼馴染みであるライムの家がある。

そこではノアと同様にライムもまた、眠りにつくまでのリラックスタイムを自室で過ごしていた。

今朝までは自分ひとりきりだった部屋、だがしかし今は――いや、これからは違う。

「タマミちゃーん」

ライムのすぐそばにはいつだってネコの姿の精霊、タマミちゃんがいてくれるのだから。


そのタマミちゃんもまたライムに名前を呼ばれたのが嬉しいのか、机の上からライムの肩に飛び乗り、その頬に身体を擦り寄せる。

「っ!!!!!」

甘えてくるタマミちゃんの仕草にライムの心は一瞬でメルトダウン、椅子の上でずりずりとずり下がってゆく。


一方のタマミちゃんも、精霊扱いされていない事を気に止めないどころかむしろ喜んでいる様子なので、まあお互い良い関係という事なのだろう。

こうして出会って初めての夜、ふたりは心くまで触れ合いを続けるのであった。




マイカとカナタは学生寮の同室同士である。

これは別に運命でも偶然でもなく、友人二人揃っての入学が決まった際にマイカがカナタを誘って同室で申請したためだ。

そんな二人もまた精霊との運命の出会いに興奮が冷めやらず、今夜はまだまだ寝つけそうにない。


「ぴょんたん……ああ、この毛並み! このフォルム! この顔立ち! もうかわゆすぎぃ!!」

ぴょんたんはそのつぶらな瞳でじっとマイカを見つめ、そしてマイカの手にふわふわの顔を擦り付けた。命名ショックから半日以上経ち、どうやら無事に立ち直る事が出来たらしい。受け入れたのか慣れたのか、それとも諦めたのか……あるいはまさか気に入ったのか。


そんなマイカ達の一方で、同室のカナタ達はどうかというと――


椅子に座ったカナタは、先程からメガネを着けたり外したりを繰り返していた。

「やっぱりこれって……ねえルーク、あなたの力なの?」

カナタの問いかけに机の上のルークは翼をパタパタ。

「そう、そうなのね。うーん、どうしよう……」


カナタが少し悩んだ表情をしていると、それに気付いたマイカが話し掛けてきた。

「あれ? カナカナどうしたの、そんな浮かない顔して」

「うん、実はね……どうもルークと契約してから視力が回復したみたいなの」

「良かったじゃない! じゃあもう眼鏡は要らないね!」


そのマイカの言葉でカナタの表情はさらに曇る。

「うん……だけど私、昔からずっと眼鏡着けてたから……眼鏡がないと逆に落ち着かないって言うか違和感が凄くって」

「ああ、そうなるんだ……でもだからって度が合ってない眼鏡は着けられないもんね」

「うん。全然前が見えなくなるし、クラクラしちゃうから……」


突然降って湧いたカナタの眼鏡問題に、マイカもいっしょに『うーん』と考え、やがて一つの答えを導き出す。

「よしっ。 じゃあ明日の放課後、一緒におしゃれ眼鏡を買いに行こうよ」

「おしゃれ……眼鏡?」

「うん、イワユル伊達眼鏡ってやつ? 度が入っていない、ファッションとして着ける眼鏡だよ」


「ファッション……、眼鏡が……ファッション?」

小さな頃から近眼の矯正としてずっと眼鏡を着けてきたカナタにとって、それは初めての概念。

単なるお洒落アイテムとしての眼鏡!

神山カナタ15歳、ひとつの小さな常識が覆った瞬間であった。




「エイヴァあ、お風呂の支度が出来たから先に入っちゃって」

「ありがとうマキエ」


エイヴァは現在、家族と離れてマキエ先生の家にホームステイしている。

実はエイヴァの両親とマキエ先生の両親は昔からの友人同士で、一人っ子だったエイヴァは小さな頃からマキエを実の姉のように慕っていた。

そんなエイヴァだったから、家族全員で暫く日本に住む事が決まった時、マキエが先生を務める学校へ通う事を希望したのはごく自然な事だろう。そんなエイヴァの願いを聞いた両親は、『エイヴァが日本の生活に慣れるまで、マキエの家にホームステイさせて欲しい』とマキエ先生に頼み込んだのだ。


一方のマキエ先生にとっても、エイヴァのホームステイは渡りに船であった。

何故なら、マキエ先生は寂しい日々を過ごしていたから。

最愛の旦那様が数か月間もの海外出張となり、愛の巣である4LDKの賃貸マンションで一人、その広さを持て余していたから。

そのためマキエ先生は、旦那様が戻る一か月後になったら学生寮に入る事を条件にエイヴァを受け入れる事を決めたのである。


交互に風呂を済ませた二人は、いつものようにリビングルームでまったりと眠気の訪れを待っていた。

「それにしてもエイヴァのパディ―、やっぱり可愛いなぁ」

「当然です。クマタイプの精霊は今までたくさん見てきたです。But、ぬいぐるみの姿をした精霊はパディ―の他に見た事無いのです」

エイヴァはパディ―の頭をそっと撫でながら自慢げに答えた。

「そうなのよねー。私だって他に聞いた事ないもの」


そんな他愛のない話をしながら、やがて話題はマキエ先生のアレに――

「それにしても、マキエの学園での先生口調、今でも油断してると噴き出しそうでヤバいのです。学園でも普段の口調でしゃべればいいのに」

「うーん、そうもいかないの。ほら、私もうずっとあのキャラで通してきたでしょ? 今から元に戻したりしたら、生徒達みんなびっくりしちゃうよ」


だが実は、『マキエ先生は旦那様の話を振ると途端に可愛らしくなる』というのは生徒達の間で有名な話だったりする。ノア達にもあっという間にバレたし。


「Oh……結局ワタシが慣れるしかないのですね。Umm……」

「そういう訳だからエイヴァもよろしくね。……さてと、そろそろ寝よっか」

「はい。じゃあおやすみなさいです」

それから少しして、マキエ先生達の部屋の明かりは消えた。




「――ならばアンフィトリテに問おう。その眼帯は炎の力が封じられており、その炎を己が身に受け入れる事で炎の力を得ようとしている、という事で間違いないな?」

「キュキュウッ!」

「本来ならば相容れぬ水と炎……その両方を欲する強欲さ、まさに我が精霊に相応しい」

「キュッキュ」


いやもうどちらもノリノリである。


「よかろう。ならば我は待とう、お前が炎の力を得るその時まで。アンフィトリテよ、我の事は気にせず自らの修行に励むがよい」

「キュワ!?」


心配げに魂の半身であるイグネア・アニュラスを見やるアンフィトリテ。

だが――


「言ったであろう、我の事は気にするなと。我もまた強欲なのだ。お前が水と炎の相反する力を手に入れるというのは、我もまたその両方の力を得るという事。それにな――」

そう言ってアカリはニヤリと笑みを浮かべ、

「我はイグネア・アニュラス、その名に炎を纏いし者。その我の魂の半身である以上、お前もまた炎は纏うべきであろう?」

と香ばしいポーズを繰り出す。


こうなれば最早アンフィトリテに否はない。

アカリへの力の供給は行わず、その力をもって、一刻も早く炎の力を自らのものとする事を誓うのであった。

己の為、そしてそれ以上に魂の半身の為に!!

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