第7話 精霊の能力とは
残りの生徒達の精霊契約が進む中、講堂の隅ではライム達の話し合いが始まろうとしていた。その議題はもちろんノアとアカリの精霊についてだ。
「さっきの先生たちの様子、あれって絶対ただ事じゃなかったよね」
「うん、ノアとアカリの精霊を見た時のリアクション、あれ絶対ヤバイ奴だって」
「ええーそうだったかなぁ。アカリちゃんはどう思った?」
「漆黒の精霊、いや四門を守る四神の一角を従えたのだ。騒ぎとなるは至極当然」
まるで一般常識の如く返ってきたアカリの言葉だったが、当然そんな筈はない。
「えっと……四門? 四神? 何それ?」
ノアの頭上には疑問符が浮かびまくった。
「四門とは東西南北に構える四つの門。その門を守護する神を四神という。東は青龍、西は白虎、南は朱雀、そして北が玄武」
「ふんふん、それで?」
説明に興味を持ったノアの様子に満足気な表情を浮かべたアカリは、ここでぐっと溜めてから最後の情報を伝える。
「――玄武とはつまり黒き亀。黒い亀の姿の神なのだっ!」
どどーん!
その勢いに思わず仰け反ったノアは、半歩身を引いてバランスを取り戻した。そして頭上に鎮座する漆黒のカメをその両手でそっと抱えると、自分の顔の前へと下ろして向き合い、そして正面から尋ねた。
「君は神様なの?」
カメは軽く首を傾げ、暫く何かを考えるような素振りを見せていたが、そのうち考えるのを止めたらしい。
ノアの手を離れるとバタバタと手足を動かしながら辺りをゆっくりと飛び始めた。
「うーん、違うみたいだよ? でも……」
そう言ってノアは少し考え、
「よし決めた。君の名前は『げんぷー』だよ。玄武さんって名前、あんまり可愛くないもんね。せっかくこんなに可愛いんだから、名前だって可愛くなくっちゃだよー」
そして宙をバタつく精霊に、
「これからよろしくね、げんぷー」
げんぷーはノアの顔を覗き込み、それからバタバタとノアの頭の上に着地した。
げんぷーという名前はお気に召したようだ。
「ま、どうせ考えてもこれ以上は分からないし、ノアもげんぷーも気にしてないのならそれでいっか。じゃあ次はアカリの方の精霊だけど――」
「我が魂の半身、アンフィトリテだ。炎を封じた眼帯こそが奴の覚悟の現れ。我と共に覇道を往くに相応しい」
「うん、よく分からないって事がよーく分かった。じゃあアンフィトリテちゃんもよろしくね」
「キュゥ」
(((かっ可愛い)))
取り敢えず『彼女のイルカが可愛い』、その事だけは理解ができた。
蒼い光の事は……まあいいや。それが今回の結論。
「ノアとアカリは、もう精霊に名前を付けたんだね。あ、そう言えばエイヴァの精霊ってさ、もう解禁になったんだよね?」
「そうです。皆の精霊契約までって事だったですから、今からお見せするのです。come over here.パディ―」
暫く待ったが、現れる気配はない。ノア達は顔を見合わせ、
「…………来ないね?」
「Oh、パディ―ったらまたお散歩に行ってるのです。パディ―はお散歩が趣味なのです。声は届いている筈ですから、暫くすれば戻ってくるのです」
という訳で、パディ―が戻るのを待ちつつ話を続ける。
「ふむ、エイヴァの精霊の名前はパディ―っていうんだ。これで後名前が決まってないのは私とマイカとカナカナか……せっかくだから私達も精霊の名前を考えよっか」
「うん、賛成。どんな名前にしよっかな」
3人はそれぞれ自分の精霊を見ながら名前を考え……
そして最初に決まったのは、
「決めた。あなたの名前はルークよ」
カナタだった。
「へえ、ルークか……カッコいい名前じゃん。ちなみに何故にルーク?」
「ええっと……空を、歩き回るみたいに飛ぶ、から……」
「…………っああ! スカイをウォーカーさんかぁ」
「あらら、カナカナに先を越されちゃった」
若干焦りだすマイカだったが、やがてその表情に決意の色を浮かべる。
「うん、色々考えすぎちゃったけど、やっぱり最初に浮かんだこの名前かな」
そしてマイカは微笑み、抱きかかえたウサギに優しく語り掛けた。
「君の名前はぴょんたん。よろしくね」
軽く目を見開いたぴょんたん、恐らくしゃべる事が出来ていたらこう言っていたのではないだろうか。
――マジっすか!?
「おっと、私が最後になっちゃったか。どうしようかな……ねえ、君はどんな名前がいい?」
ライムの掌の玉座に鎮座した精霊は暫くライムの顔を見つめていたが、やがて右の前足で顔を擦り始める。
まるで、『ライムの付けてくれた名前だったら何でもいいよ?』とでも言うように。
「んーー、やっぱりネコっぽい感じの名前がいいかなぁ……よし、じゃあ『タマミちゃん』なんでどう?」
精霊は少し考える素振りだったが、背中を反らして大きく伸びをするとライムの肩に飛び乗り、そしてその頬に身体を擦り寄せた。
「うん、じゃあよろしくね、タマミちゃん!」
こうしてノア達全員が精霊に名前を付け終えた、その時――
「やっと帰ってきたのです。おかえりなさいパディー」
エイヴァの目の前に、まるでぬいぐるみのような愛らしい子熊が姿を現した。
「「「「「うわぁ」」」」」
その可愛らしさに感嘆の声を上げるノア達。
まさか動くテディベアに会える日が来るなんて!
「パディー、皆さんにご挨拶するのです」
エイヴァの声を受け、パディーはノア達の方に向き直り、右手を高々と上げた。
「「「「「ひゃあーー」」」」」
どうやら最後はパディーが全て持っていったようだ……
やがて全ての生徒が精霊契約を終え、
「よし、それではこれで特別授業『精霊契約』を終了する。全員速やかに教室へと戻るように」
ノア達は教室へと移動する……
「じゃあアカリちゃん、またね」
「うむ。アクアルナも息災でな」
教室の前でアカリを見送るノア。アカリはC組、その教室はA組の二つ先だ。
クルリと身体を反転し、ノアに背を向けるアカリ。その右手の動きは、まるで身に纏うマントを振り払うかのようだ。
そしてアカリは、エアマントを翻させながらノアの元を去っていった。
「うん、今度一緒に遊びに行こうねー」
背に受けたノアの声に、心中小躍りしながら。
「さて、それでは精霊についての授業を始める。精霊諸君は契約者の机の上に座ってくれたまえ」
そしてマキエ先生の精霊講座が始まった。
「精霊には二つの力がある。まず一つ目は、精霊自身が振るう力だ。契約者となった君達は、精霊にその力の行使を依頼する事が出来る」
ノアがげんぷーの顔を見ると、それに気付いたげんぷーもまたノアの顔を見上げる。
「そして二つ目だが、君達自身に精霊の持つ能力を宿す力だ。君達は精霊契約を行った事により、通常では考えられない能力を既にその身に宿している」
「「「「「ええーーーっ!?」」」」」
「「「「「うそぉーーっ!?」」」」」
「事実だ。例えばイヌタイプは走力が上がったり、ネコタイプは跳躍力が上がったり、だな。もちろん精霊にも個体差があるから、イヌタイプと契約したからといって必ず走力が上がるとは限らない。中には嗅覚のみが上がったという例もある」
「マキエ先生、それはどうやって調べるのですか? さっきの精霊石みたいな道具とか?」
生徒から上がった質問に、マキエ先生は軽く首を振る。
「残念ながら簡単に分かるような便利な道具はない。『ステータスオープン』などと言っても何も出てこなかったしな」
(((((やってみたんだ)))))
「なので、自分で色々試して調べてみるといい。それが自分の精霊との対話の第一歩だ」
精霊と共に一歩一歩成長していくという事。
「先生、何かヒントのようなものはないんでしょうか?」
「あるぞ。全員無事に精霊契約が出来たので、これから『精霊学』の授業が開始される。初回の授業で配布される教科書に、各タイプごとの特性や能力が書かれているから、それを参考にするといい」
「「「「「おおーー」」」」」
「「「「「やったぁ」」」」」
その言葉に喜ぶ生徒達だったが、マキエ先生はここでしっかりと釘を刺しておく。
「ただ一つ言っておくが、そこに書かれているのはあくまで現在までに確認されているもののみだ。教科書に書かれていない能力があるかもしれないし、教科書に書かれていないタイプの精霊に出会う事だってあるかもしれない。全てを鵜呑みにせず、自分の精霊と一緒に色々試してみるのが最も重要な事だと認識して欲しい」
こうしてノア達は無事に精霊との出会いを果たした。いよいよ彼女達と精霊達との学園生活が幕を開ける。
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