第6話 精霊契約
「さて全員承知していると思うが、今日は一年生全クラス合同で精霊契約を行う特別授業だ。ホームルームが終わったら講堂に移動する」
「ついにこの時が来たよー」
「ああ。精霊契約……ドキドキするな」
「生涯のパートナーと出会う特別な瞬間」
「カナカナって時々詩的だよねー」
講堂には既に半数程の一年生達が集まっており、またノア達A組の後からも他クラスの生徒達が続々と集まってきた。
そしてノア達の前に、満を持してあの御方が登場する。
「我が宿命のライバル、アクアルナよ。運命の導きに従い、ついに我らが並び立つこの瞬間が訪れた」
「ええと、おはようイグ……イグネア……ア、ア、アニュラスさん。入学式の日以来だったかな? 久し振りだよー」
「あっはい、お久し振りで――、んんっ! 今日は出会いから二度目の新月となる日。運命とはかくも――」
ノアのペースに巻き込まれそうになるも、何とかすぐに軌道修正。
だがそこに恐るべき刺客が襲い掛かる!
「ignea annulus? イタリア語? それともスペイン語? あなたは日本人ではないのです?」
「え? え? いや、あの……」
「annulusは……circle? igneaは……何でしょう?」
「あ、う……」
「それに――」
「エイヴァ、ストーップ! それくらいで許してやって!」
薄っすら涙を浮かべたイグネア・アニュラスさんを見かねて、ライムがエイヴァを制止、手首を掴んで場を外した。
そしてポソポソと小声で説明。
「あれは…………って感じで…………だからつまり…………ってわけ」
「Oh! チューニビョーシンドローム! ワタシ知ってます。参考資料に書いてありました」
「……凄いなその資料」
そして戻ってくる2人。
ちなみにエイヴァの声は思いのほか響き渡り、イグネア・アニュラスさんの耳にも届いていたりする。
「無粋な事を言って失礼したのです。『ignea annulus』とはスピリチュアルネームだったですね。出会ったばかりのワタシはその名で呼ぶ訳にはいかないですから、この世界における『仮の名』を聞かせて欲しいです」
(これは何て完璧な返し! ……やっぱ凄いな『参考資料』)
エイヴァの言葉に我を取り戻し――というか調子を取り戻したイグネア・アニュラスさんは、ここでついに初めての名乗りを挙げる。
「ふふふ、仮の名か。いいだろう。この世界における我が名は
「ふふっ、アカリね。ワタシはエイヴァ・エヴァンズ、今後ともよろしくです」
そしてノア。
「そっかー、アカリちゃんって呼べばいいんだ。よかったよ、イグネア・アニュラスさんってちょっと呼びにくかったから。あ、名前に対してそんな事言ったら失礼だったよ。ごめんね」
「いや、その……それ言ったら一方的にアクアルナとか呼んでた私の方こそ失礼って言うか……」
まさかノアから謝られるとは思っていなかったイグネア・アニュラスさん――改めアカリは、思わず素に戻ってしまった。
だがここでハッと我を取り戻す。ダメだ、この流れはダメだ!
「!? 謝罪は不要! 我らは運命に導かれしライバル同士なのだから」
「そっかー、私達ってライバルだったんだー」
ついに……ついにノアにライバルとして認識されたアカリ。
アカリは思わずニヤけ――いやギリギリのところで、フッと不敵な笑みを浮かべる事に成功した。
それから間もなくして……
「全員注目! これから特別授業『精霊契約』を開始する」
いよいよ運命の精霊契約を迎える。
講堂のステージには、バスケットボール大の透明な石のようなものを載せた大きな台座が、舞台袖からゴロゴロと運び込まれてきた。
その物体はうっすらと、だがはっきりそうと分かる程の輝きを放っている。
神聖とも感じられるその輝きに生徒達は視線を奪われた。
「これは『精霊石』と呼ばれるものだ。この石は我々の世界と精霊の住む世界を繋ぐ神聖なもので、精霊契約は必ずこの『精霊石』を通して行われる」
講堂にマキエ先生の声が響き渡る。
「これから君達には、一人ずつこの精霊石に手を翳して精霊に呼び掛けてもらう。その呼び掛けに応えて姿を現した精霊こそが、君達それぞれの契約精霊となる」
ステージを見上げる生徒達の瞳の輝きは、精霊石の光を反射したものか、それとも沸き上がる希望と歓喜によるものか。
「それでは心の準備が整った者からステージへの階段の前へと二列に並ぶように。順番は精霊に全く影響しないから、皆節度と秩序を守るようにな」
少しずつ動き始める生徒の数が増し、それに伴って列は徐々にその長さを延ばしてゆく。
そして先頭の生徒が教師の指示で2名ずつ壇上へと上がると、担当教師の合図で最初の一人が精霊石へと手を翳した。
生徒が目を閉じて心の中で精霊に呼び掛けると、精霊石は大きく輝き、やがて生徒の前に小さな精霊がその姿を現す。
「うっ、うわぁ……」
感嘆の声を上げる生徒。
精霊はその頭上をくるくると飛び回ると、やがて彼女の肩の上へと着地した。
「よし、無事契約出来たようだな。では次の者に場所を譲ってくれ」
弾むような足取りでステージから降り、自分の精霊に向かって楽しげに声を掛ける生徒。その姿を見た残りの生徒は一斉に列へと並び始めた。
ただ一人、微笑むエイヴァを残して。
やがて……
「よし、では次」
いよいよノア達グループの番がやって来た。
「よし、最初は私ね」
「頑張って」
トップバッターはマイカ。
これまでの生徒と同様に目を閉じて精霊石に手を翳す。
(さあ、私のパートナーになってくれる精霊さん、お願い!)
やがて精霊石は大きな輝きを放ち、マイカの目の前に浮かんだのは――
「ウサギタイプ! かっ可愛いっ!!」
つぶらな瞳でマイカを見つめる茶色いボディの小さなウサギ。
マイカが両手を差し出すとその胸元へと飛び込み、マイカはフワッと精霊を抱き抱えた。
「よし、次は……カナタだな」
「はい」
ステージを降りる階段へと向かうマイカと入れ替わり、次に精霊石の前に立ち手を翳したカナタ。
やがて精霊石は今日何度目かとなる光を放ち、カナタの前に精霊が現れた。
「おおー、カナカナは小鳥さんだー」
白い小鳥はカナタの回りを飛び回り、そしてその肩へと着地する。
カナタは嬉しそうに微笑み、階段へと向かった。
「さあ、次はいよいよ私の番だね」
「ライム、頑張れっ」
精霊石に歩み寄ったライムは、すぐ後ろからノアの小さな声援を背に精霊石へと手を翳した。
その光の中から現れた精霊を見て、ライムは目を輝かせる。
「やった! ネコさんだー!!」
ライムのネコ大好きオーラを感知したのか、呼び掛けに応じてやって来たのはネコタイプの精霊だった。
ちょこんと肩の上に座った精霊と共にステージを降りるライム。表情筋は崩壊寸前だ。
「ノアも頑張って!」
神経のほとんどが精霊に注がれてはいるが、そんな状態であっても親友への激励を忘れないのは流石と言うべきか。
「うん、頑張るよー」
律義にライムへの返事を返してから深呼吸し、心の中でむんとばかりに気合いを入れてからノアは両手を精霊石に乗せた。
「精霊さん、おいでませー」
「「「……なんだそれ」」」
ノアが発したあまりに独特な掛け声は、契約を控えた生徒達から気合いと緊張を霧散させ、ステージ上の教師達の腰を砕いた。新喜劇のように。
そしてノアの願いを受けた精霊石は――
その掛け声が影響したのかしないのか、精霊石から先程までの輝が消え失せた。
「あれ?」
戸惑うノアの目の前で、やがて精霊石の中心部に黒いシミのような何かが生まれた。
そしてその黒いシミが精霊石の中で徐々に広がっていったかと思うと、美しく透き通っていた精霊石は見る見るうちに漆黒へと染まっていった。
「え? え? ナニこれ!?」
やがて完全に黒に染まり切った精霊石が再びぼんやりと光を放ち始めると、漆黒はその光によって押し出されたかのように石から滲み出し、ノアの目の前に浮かび上がった。
そしてそのまま漆黒はゆっくりと形を成してゆき――
「ええっと、あなたは……カメさん?」
黒いカメの姿をした精霊となったのである。
唖然としてノアと精霊を眺める教師達。
だがそれとは対照的に、生徒達は先程までより多少ざわめきが増した程度だ。
何故なら生徒達は今の現象が異常なものだと気付いていないから。精霊が出現するバリエーションの一つだと錯覚していたから。
そしてエイヴァは――
「Wow! これがジャパニーズトラディショナル?」
錯覚というよりも、何か変な誤解をしているようである。
そんな中で只一人、ノアの次で順番を待っていたこの生徒だけが、このような感想を漏らしていた。
「流石我が運命のライバル。まさか素でテンプレを噛ますとは……」
――光すらも覆い隠すその漆黒は、やがて闇よりも尚黒い
目の前でライバルが起こしたその
その精霊はただそこにいる。
威嚇せず威圧せず、ただただそこにいる。
その『そこにいる』という状態、そこに『存在する』というその事実だけが――
「何だ、この圧迫感は」
ただ周囲を圧迫し続ける。
ただ一人、目の前の少女を除いて。
「カメさん……あ、精霊さんって呼んだ方がいいのかな? 私はノア、これからよろしくね」
ノアが精霊に語り掛けた瞬間、精霊が放つ圧迫感は跡形もなく霧散した。まるで
そして精霊は嬉しそうにノアに向かって宙を泳ぎ、ノアの頭の上に着地した。
「あはははは……肩とかじゃなくてそこがいいの?」
ノアが暢気に精霊に語り掛けながらステージを降りると、ステージ上の教師達は一斉に息を吐いた。身を包む圧迫感に知らず呼吸を止めていたのである。
そこにいる全ての者が。
「はあ、はあ、はあ……今のは一体……精霊石は? それにあの精霊……」
唖然。
ステージ上の誰もが身じろぎひとつする事が出来ない。
まるで時が止まったかのように。
そんな
ふんすっと気合いを入れたアカリはトコトコと精霊石に近づき、
「我が魂の半身よ、今こそ我が
香ばしいポーズで精霊石に右手を翳した。
アカリの呼び掛けを待っていたかのように、精霊石から光が溢れ出す!
その光の色はそれまでの白ではなく、なんと蒼!
そしてその蒼の中で暴れまわる黄金にも似た光、それはまさに炎!
「うぉっ! 今度は何だ!? 白以外の光など……それに何だ……炎!?」
精霊石が放ったその暴力的な光は一瞬で講堂全体を包み――
見る者を幻想の渦へと巻き込んだのちにアカリの前へと集束する。
そうしてアカリの前へと姿を現した、その精霊は。
「ほう、その眼帯……自らを滅する力を封印せしものか、それとも相反する力への渇望か?」
右目に炎模様の眼帯を着けた、愛くるしい姿の蒼いイルカであった。
「ふっ、我と共に……往くか?」
アカリが手を差し出すと、イルカは頷きアカリの顔の横に移動する。
「アンフィトリテ……そう、今日この時から貴様の名前はアンフィトリテだ」
「キュイイイ!」
「精霊が……声を出したぁ!?」
ガクンと顎が落ちた教師一同は、最早ステージを下りるアカリとアンフィトリテをただ見送る事しか出来なかった。
唖然からの呆然。
残る生徒の精霊契約が再開したのは、それから15分後の事である。
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