第5話 本場からの転校生
「全員注目。今日は留学生を紹介する」
朝のホームルーム、教壇に立ったマキエ先生がそう言ってすぐ横に立つダークブロンドの生徒の背に手を置くと、その生徒は笑顔を浮かべクラスの一人一人と視線を合わせるかのように教室の端から端まで視線を走らせた。
その視線を受けとるクラス全員はどうかと言えば、彼女がマキエ先生に続いて教室に入って来た時から既に彼女に釘付けである。
「Lovely to meet you.ワタシの名前はエイヴァ・エヴァンズです。ダディの転勤で日本に来たのです。一年間の留学だけど、ダディの仕事が長くなったら転校にチェンジです。ミナサンよろしくです」
そしてマキエ先生がエイヴァの紹介を引き継ぐ。
「エイヴァはブリティッシュ――日本語で言うところのイギリス人で、イングランドの名門執事学校からの留学生となる。イングランドは9月入学なので、現在君達で言うところの3学期にあたる。また詳しくは省くが学校の制度も日本と違うため、受けてきた授業は君達より少し先を行っているとの事だ。それから精霊ともすでに契約している。君達の精霊契約が済むまでは非公開とするがな」
それを聞いてクラス全員思い思いの感嘆の声を上げた。
「「「ふわぁー」」」
「「「すごーい」」」
そしてもちろんノア達も。
「すごいねー、イギリスだって。さっきの英語だよ英語」
「ヤバい、イギリスって言ったら本場ものじゃない」
「本場もの?」
「イギリスは、執事発祥の地と言われているから」
「ヨーロッパと日本では文化の違いから執事に求められる能力や仕事にも若干の差がある。エイヴァにはその違いを楽しみ理解してもらいたいし、君達にはエイヴァから沢山のものを学び吸収して欲しい。これはお互いにとって素晴らしい機会となるだろう」
そしてマキエ先生はニヤリと笑い、
「さて、君達も入学から一か月以上が経過し、学園生活にも慣れてきた頃だと思う。そこでだ、ここでそろそろ気分一新と行こうじゃないか」
と、クラスを見回した。
突然の事に全員騒めきつつ次の言葉を待つと、マキエ先生はおもむろに大きな立方体の紙箱を教団の下から取り出した。
どうやら最初からそのつもりで仕込んでおいたようだ。
「という事で、これから席替えを行う。この箱の中に番号が書かれた紙が入っているので、順番に引いていくように。番号は、教室の一番左前が1番でその後ろが2番だ」
「ええーっ!? 急に席替えとか」
「まさかの急展開だね。どうなることやら」
「ぷぷっ、全員四隅に分かれたりしてね」
「ちょっと不吉な事言わないでよライムぅ。ホントになっちゃったら泣けるよー」
「いいかー、まだ開けるなよー。開けるのは全員引き終わってからだからなー」
普段より若干緩い感じでマキエ先生が声を掛ける。
そしてエイヴァを含めた全員が紙を引き終えると、
「よし、じゃあ全員オープン!」
そしてクラス中が歓喜と落胆に包まれた。
「いやぁ、まさかこんな事になるなんて」
「ホントびっくりだよ」
「何か、作為的な運命を感じるかも」
「おっカナカナ、今の何だか『イグネア・アニュラス』っぽい」
窓際の後ろから2番目が新しいノアの席だ。
その前にはライム、そのライムの横がマイカの席。
そしてノアの右の席はカナカナと、なんと全員が一か所に固まったのである。
更に――
窓際の一番後ろ――つまりノアのすぐ後ろが、話題の転校生エイヴァの席となったのだ。
「わっ私、水月ノア。エイヴァさんよろしくね」
かなりの勇気を振り絞ってノアは振り返り、後ろの席に声を掛けた。
「よろしくお願いします。皆さまのエイヴァ エヴァンズに清き一票を」
エイヴァの想定外の返事に目を丸くしたのア。
「えっ? それイギリスのジョーク?」
「Hm? 参考資料には『第一印象の掴みはこれでOK』と書いてあったです」
「ってそれ、どんな資料よー」
その挨拶は選挙の候補者のもので、友達同士の挨拶に使われる事はないと説明すると、エイヴァは納得の表情で深く頷いた。
「イギリスで出版されていた本だから、筆者の誤解が含まれていたと思うです。ワタシもちょっと変って思ってたです。他にも変な日本語を使った時は教えて欲しいです」
「うん、分かった(でも『掴み』とか書いてた時点で誤解とかじゃない疑惑?)」
エイヴァの『参考資料』に若干の悪意の匂いを感じ取ったノア。
でも英語で書かれた本を見せてもらったところで細かいニュアンスなんて読み取れないし、とその事を深くツッコむのをやめて話題を戻した。
「それでエイヴァさんは――」
「クラスメイトですから、エイヴァさんではなくエイヴァと呼んで欲しいです。そんな小さな事から家庭が崩壊していくです」
(手強いっ! その資料、絶対ワザとやってるよ!!)
いつもより少し長かったホームルームが終わり、そのまま1時間目の授業に突入。
午前中は一般教養科目が中心。エイヴァにとってこれらの科目はどうだろう。
まず、万国共通の理数系科目や世界史・世界地理は問題ないだろう。
ある程度の読み書きを習得している事から、国語は多少の苦労ですむだろうか。
英語は案外落とし穴かもしれない。日本の英語教育はアメリカ英語が中心だから。
基礎知識皆無の古文や漢文、それと日本史あたりは酷い目に会うのではなかろうか。
大変だとは思うが頑張って欲しい。
午前中の授業がすべて終わり、エイヴァは机に突っ伏した。
「エイヴァ、大丈夫?」
「日本語のヒアリングに集中しすぎて内容が入って来ないです。まさに『習うより慣れろ』です」
「……どちらかというと『習うために(日本語に)慣れろ』かな」
「さあさあ、二人とも学食行くよーー」
「Wow! エクセレント カフェテリアです!」
「ふっふー、でしょ?」
学食に着くや否や感嘆の声を上げたエイヴァにノアは自慢げだ。
「何でノアが自慢げなのよ。まあ自分の学校が褒められるのは嬉しいけど」
「やった! 今日のランチは点心だ」
「Oh! チャイニーズ ヤムチャ! 今日もやられ役でーす」
「??」
ロンドンにあるチャイナタウンは規模が大きく観光客も多く集まる。
エイヴァも度々家族と訪れており、中華料理はエイヴァにとっても馴染みのある料理だった。
一括りに中華料理と呼ばれているが、その範疇に含まれるのは広大な国土の土地土地で発展した多種多様な料理である。味の特徴や調理法もまた多種多様であり、実質数か国もの料理の集合体と言って間違いないだろう。
だがここは聖バスティアーナ学園の学食だ。当然料理チームは中華料理にも造詣が深く、どの地方の料理も非常に高いレベルのものが提供される。
「エクセレント……ブリリアント……オーサム……アメージング!」
「うんうん、どれも美味しいねー」
「相変わらずコスト度外視な気がするよ」
今日もまた満場一致で大満足、そしてエイヴァにとっては忘れられないランチとなった。
「これで午後も戦える、ワタシはまだやれるのです」
(エイヴァのセリフ……どことなく違和感だよ)
午後の最初の授業は動物の世話。
執事の仕事には主のペットのケアも含まれるため、授業の科目として取り入れられている。
人間とは違った栄養学、病気やケガへの対処、関係の築き方やグルーミングなど。
座学と実技とモフモフによる一番人気の授業、ただし爬虫類と虫を除く。
そんな授業で程よくランチが消化された頃、全員運動用の執事服に着替えグラウンドに集合した。
次の授業は体育である。
聖バスティアーナ学園の体育の授業は、ウォーキングとランニングの2種類のみだ。
ウォーキングは姿勢を正した品のある歩き方を練習し、最終的にそのフォームのまま優雅な高速歩行を習得するところまでがその内容である。
そして一方のランニングは一定時間走り続けられるようになる事を目的とする。規定の30分間で最低限の距離を走る事が最低条件で、それを超えて走った距離が加点となる。
当然ながら、不人気ナンバーワンの授業である。
そしてこのウォーキングとランニング、どちらもエイヴァがぶっちぎりのトップだった。
「エイヴァ、それ速すぎだよ。なんでそんなに速いの?」
「ワタシ、ワークアウトが趣味なのです」
「ワーク、アウト・・・って何?」
「Umm・・・ジムでトレーニング、です」
「ああ、筋トレの事かぁ。英語だとワークアウトって言うんだね」
そんなノア達をガラスの向こうから見下ろす人影があった。それは――
「くっ、計画発動前に連休が終わってしまうとは。まさか運命はまだアクアルナとの邂逅を――」
「はい。では続きを……
「あっはい! ……『つまり、最も大切なのはお互いの国の文化を認め、尊重し……』」
多少おかしな言動はあるものの授業態度は大変真面目で良い生徒、と先生方から評判のイグネア・アニュラスさんであった。
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