第4話 黄金週間

入学式から一ヶ月が経ち、今は五月。

「ごぉるでぇーん、うっいーーーくっ!!」

今日は五月三日、連休の初日である。

「テンションたっかいなー」

普段と違うノアの様子に、ライムは苦笑した。

この一ヶ月の間に積み重ねてきた新しい事への挑戦と小さな自信は、彼女の生来の弱気とネガティブ思考を少しずつ改善してきたようだ。



ノアとライム、二人並んで休日の学園に歩いていくと、辿り着いた校門の前にはいつもの友人達の姿があった。

「おーい! ノアー、ライムー」

「二人とも、おはよう」


変化を見せたのはノアだけではない。

カナタもまた、入学当初のおどおどした感じは鳴りを潜め、今は普通に大人しい少女へとランクアップしていた。


とは言えもちろん今でも『図書委員』キャラは健在で、図書委員クラブに参加していない事から『はぐれ図書委員純情派』『ノラ黒図書委員猫』『新人無所属図書委員』などの二つ名で呼ばれる事もあるとか。

本人は気付いていないが、実は中々の人気者だったりする。


「天気もいいし程よく暖かいし、今日は絶好の連休日和だねー」

「何だよ連休日和って……まあ分かるけどさ。よし、じゃあ早速行こうか」

「「「おおーーー」」」

ライムの上段弱ツッコミに当のノアまで笑顔で賛同しつつ、全員校門から真っ直ぐ延びる道を歩き出した。


「そういえばさ、私服で四人揃ったのって初めてだよね」

「学校じゃいつも執事服だもんね」

「スカートのマイカって新鮮! それにカナカナ……何だかどこかのお嬢様って感じ」

「そういうノアとライムもね。やっぱりみんな私服はスカートなんだ」

「っていうか、普段パンツスタイルだからその反動?」

「あははは、それ分かるー」


お互いの衣装の感想を述べあい、そして笑いあう四人。皆とても楽しそうだ。

「今日は若葉通りを真っ直ぐ進んで、そのままお城を見に行くんだよね」


若葉通りは道の真ん中が自由に散策できる細長い公園で、その左右が一方通行の細い車道となっている。

車道を通る自動車はそれほど多くなく、そのすぐ外側には広い歩道とそれに面した様々な店が軒を連ねているため、散策とショッピングを楽しむ者達でいつも賑わうちょっとしたお出掛けスポットだ。


「せっかくこんなに暖かいんだからさ、あそこでかき氷食べてこうよ」

「ああ、一年中かき氷が食べられるあのお店だね。今の限定メニューは何だろう」


四人は店の前の大きなメニュー看板でワイワイと味を選んでから店へと入った。

店内はカウンターと二人掛けのテーブルしかないので、二人ずつテーブルに分かれてかき氷を注文した。


「あ、その抹茶、私の」

「イチゴがたくさん乗ったのは私でーす」

「宇治金時はこっちのテーブルです」

「おお、焙じ茶ラテもきたー」


そして一斉に口に入れると、

「ふわっふわだー」

「溶けて消えたよー」

「ん、美味しい」

「んーー、やっぱ私この店のが一番好きかも」


思い思いの感想を言い合いながら、でも口へと運ぶスプーンを誰も止めはしない。

だって、かき氷が最高に美味しい時間はとても短いのだから。


店を出た四人は交差点を渡り、引き続き若葉通りを散策する。

暖かな陽の光と十代の熱量によってかき氷で冷えた身体はあっという間に暖まり、連休がもたらす解放感からテンションはもう全員爆上がりだ。


「あっ、あれ可愛くない?」

「ホントだ。中も見てみようよ」

「とっつげき―」


可愛らしいアクセサリーがたくさん並んだ店、10代にクリティカルヒットの小物を揃えた店、少々気が早いが夏物の衣服を並べ始めた店、バッグやポーチの専門店と次々というか手あたり次第見て回り、お互い似合そうなものを選び合い、そして――

「うわぁ……ここは底なし沼に嵌りそうな気がするよ」


四人が入ったのは、茶葉と茶器を扱う店。

「お茶の産地なんだから緑茶や抹茶の茶器があるのは当然だろうけど……」

「うん、紅茶とか中国茶関係も凄い品揃えだよ」

「ねえほらこっち、茶葉の種類も凄いよ」


これまでは興味が無いどころか存在自体目に入っていなかった茶葉や茶器の店だったが、学校で学びそれなりの心得をもった今では違う。

茶葉にも茶器にも興味津々といった様子で店の中を見て回っている。

「いらっしゃい、あなた達そこの学校の生徒さんだね。気になるものがあったら何でも聞いてくれよ。どの品もあたしが吟味して厳選したものばかりだからね。お茶のプロとして何だって答えちゃうよ」


そう人懐っこい笑顔で話し掛けてきたのは、この店の店主であるお姉さまだ。砕けた口調とは裏腹に、そう呼びたくなる雰囲気を醸し出している。

彼女は、お茶の種類からそれぞれに適した淹れ方、茶器の選び方など、次々に飛び出す少女達からの質問に嬉しそうな笑顔を浮かべつつ、一つ一つ丁寧に答えていった。

そして――


「さっきそこのお嬢ちゃんが言ってた『底なし沼』っていうのは事実さ。茶葉は産地や種類、時期によって選び方も淹れ方が変わってくる。それから茶器。お茶に合ったものを使うのは当然として、季節や場所、一緒に飲む相手によっても変えたくなるものさ。拘り出したら……ふふふ、沼に沈むよ」


お茶について色々と教えてもらいすっかり満足したノア達は、店主に礼を言って店を出た。

近いうちに自分用の茶器を手に入れようと心に誓いつつ。

「またいつでも来てねー。……ふふふ、どのもみんな可愛いお得意様になりそうだ」




「お腹すいたー」

気がつけばそろそろお昼。

「カフェのランチ、ファミレス、ラーメン屋さん、食堂……」

「お腹と財布と相談だよー」

「この時間だと何処も混んでそうだしねー」

「だったらさ、コンビニでパンとかおにぎりとか買ってお城の公園で食べるのは?」

「あっ、それいいかも」


四人は近くのコンビニで食料を買い込み、若葉通りの突き当りの『お城がある公園』に向かった。

そしてお堀の橋を渡り、公園へ。

温かい日差しの中、公園のベンチに並んでパンやおにぎりを頬張れば、気分はちょっとしたピクニック気分だ。


ワイワイガヤガヤと楽しくお昼ご飯を済ませたノア達は、空き袋をポーチに詰め込んで立ち上がった。

「さあ、それじゃあ次はお城にお宅訪問だよ」

「いや『お宅』って……人はもう住んでないからね」

「でもほら、前は大御所様が住んでいました、って」

「前ってそれ600年以上前じゃん」



学生証を提示すると拝観料は無料となる。

四人は見学コースに沿って場内を進み、天守の最上階を目指した。

「そういえばさ、戦国時代の頃って男性の執事もいたんだよね?」

「そうそう。あとメイドもね――あ、昔は『萌徒もえど』って呼ばれてたんだっけ」

「男性の執事とかメイドとか、想像つかないなあ」

「だよねー。どっちも女子の憧れの仕事の代表だし」


「それで大御所さんの萌徒って確か……万千代さんだっけ?」

「怪我が原因で亡くなってたから、このお城には住んでなかったはず」

「おおー、流石カナカナ。歴史委員長?」

「たまたま読んだ本に書いてあっただけだよ?」

「そっかー」

カナタが『たまたま読んだ本』とは、今日が楽しみ過ぎて予習として読んだ本の事である。



そんな話をしながら歩を進め、スカートを気にしながら城特有の狭くて急な階段を上り、やがて……

「とうちゃーく!」

展望台になっている天守の最上階に辿り着いた。


「うわぁー!」

「凄くいい眺めだね。海も綺麗だし」

南には日の光を反射してきらきらと輝く海までもが一望できる。ここからおよそ5キロメートルほど先だろうか。


「あ、学校発見」

普段と違い上から見下ろす学校の様子は四人の目に新鮮に映る。

「誰かいるかなー」

目を凝らして校舎を見つめるが、流石に窓の中までは見る事が出来ない。

「校舎はどうか知らないけど、寮には誰かいると思うよ。ここからだと校舎の向こう側だから見えないけどね」



こうしてノア達四人は、楽しく有意義なゴールデンウイーク初日を過ごしたのだった。



「ふっふっふ、世間が連休などと言って浮かれている今こそ、我が計画を推し進めるチャンス。宿命のライバルアクアルナとの自然な邂逅、そして……」

学生寮の部屋で一人、ノアと会うチャンスを窺うイグネア・アニュラスさん。

素直に誘えばいいのに……

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