第3話 授業初日

翌日。

昨日友達となったばかりの二人+二人は、今日は朝から賑やかだ。


「今日からいよいよ授業が始まるんだよね。がんばろうねライム!」

「おお、やる気に溢れとるな若人わこうどよ。うむ結構結構」

「ったく、何処のお年寄りよ。朝から漫才なの、ってかあなた達いつもこうなの?」

「あっマイカ、おはよー。それにカナカナもおはよー」

「おは、よう」



朝のホームルームは何事も無く終わり、そしていよいよ聖バスティアーナ学園の授業が始まる……


一時間目、国語

二時間目、数学

三時間目、英語

午前中の授業はあっという間に終わり、そして昼休み。


「あれー、思ってたのと違う」

期待していた執事授業ではなく一般教養科目が連続した事で肩透かしう受けたような気分になっていたノアだったが、

「どんな仕事だって普通の高校生程度の学力は必要だよ。むしろ執事の授業の時間を作るために一般教養科目はかなり詰め込みになるぞ、って中等部の先生が言ってた」

中等部から進学してきたマイカが厳しい現実を突きつける。


「ふうーん、一般教養科目は当たり前にクリアする事が執事への第一歩って事か。だったらどれも頑張らなきゃね。でも今はまずお昼ごはんだ!」

前向きなのか現実味がまだ湧かないのか。

だが朝から勉学に励めばお昼にお腹が空くのだけは間違いないだろう。


学食に興味津々の四人は、今日は一緒に学食に行こうと決めていた。

「おおー、人がたくさんだー」

全学年合わせておよそ300名の生徒がいるこの学園、その半数が利用してもまだ余裕がある程の座席数を確保している学食だが、毎年物珍しさから新入生の利用率が高いこの時期は、普段よりも学食を利用する生徒が多くなる。


「今日っのメっニューは何だろなっと……はれ?」

券売機を覗き込んだライムは戸惑いの声を上げた。券売機には沢山のボタンが並んでいるが、そこに書かれているのはどれもこれも『今日のランチ』。

「おおー、そういう事かあ」


そう、聖バスティアーナ学園の学食のメニューはただひとつ、『今日のランチ』だけなのだ。

だがその代わりランチに含まれる品数は多く、それはまるでコース料理がワンプレートに乗っているかのよう。

そして今日のランチの内容は――


「ほうほう、今日は朝霧地鶏の卵スープにほぐし伊勢海老のシュリンプサラダ、海鮮小鉢の盛り合わせから特選和牛ハンバーグ、数種のパンとライスをお好きにどうぞ……ってこれ本当にワンコイン!? 普通にこの5倍や10倍位の値段はしそうなんだけど!?」


券売機の横のポスターと見本を見て驚く4人。

見れば周囲の新入生らしい少女達も全員驚きの表情を浮かべており、それを微笑ましげに眺めているのは全て上級生だ。

驚く新入生とそれを過去の自分に重ね合わせる上級生の姿、それがこの時期の学食の風物詩である。


ノア達はランチの載ったプレートを受け取り、空席を見つけてそこに移動した。

「じゃあ私飲み物持ってくるね。全員紅茶でいい?」

ノアが手を上げると、

「うん、銘柄はノアにまかせた」

「じゃあ私もそれでお願い」

「私、手伝うね」

カナタが付き合い、二人で用意する事に。



席を立ったノアとカナタは飲み物の台まで歩いて行った。

フロア内には一定間隔でコーヒーや紅茶を淹れるための豆や茶葉に道具、カップなどを並べた台が置いてあり、皆そこで自分の飲み物を淹れてテーブルに持ち帰るのだ。が――


台に並んだ銘柄のラベルが貼られたキャニスターのひとつを開けた瞬間、ノアはフリーズする。

「ええっ、紅茶ってティーバッグで淹れるものなんじゃないの?」

お茶といえば緑茶な家庭で生まれ育ったノアは、これまで紅茶と言えばティーバッグに入った物しか見た事が無かったのだ。執事を目指していたのに。


(どうしよう……)

弱気の虫がHelloと顔を出しかけたその時、「私が、やっていい、かな? やった事ある、から……」

「おっお願いしますぅ!」

横から掛かった救いの声に、ノアはノータイムでカナタに全てを委ねた。


そっと頷いたカナタは、澱みの無い手付きで紅茶を淹れ始めた。

「うわぁ、こうやってやるんだ。凄いよカナカナ!」

「うん……私よく、家で家族に淹れたり、してるから」


こうして無事ポットに紅茶が満たされ、二人は人数分のカップと共にトレイに載せ、テーブルへと戻った。

「ただいまー。結局全部カナカナにやってもらっちゃったよー。カナカナってばすっごい上手だったんだよー」

ティーポットから四客のカップに紅茶を注ぎ、全員に行き渡ると、

「じゃあ食べよ。いただきまーす」


美味しい料理と香り高いお茶、そして尽きない話題による楽しい一時は瞬く間に過ぎ――

そして午後の授業が始まる。


午後のカリキュラムは執事学を中心に組まれており、中でも料理、お茶、掃除などは座学と実技をそれぞれ行う事になっている。

そして更には護衛術や体術といった格闘の授業、また変わったところでは心理学やサバイバルといった授業も行われる。


なお今日の授業はタイムリーな事に、紅茶の産地や茶葉の特徴を学びつつ正しい淹れ方を学ぶという内容であった。

これでノアも明日は拙いながらも自分で紅茶を淹れられるようになる事だろう。


そしてクラス全員で教室の隅々まできれいに掃除し、全ての窓からガラスの存在感が消えるまで磨き上げたら、あと残るは帰りのホームルームだけだ。

「この学園も他の高校と同様にクラブ活動がある。強制ではないから入る入らないは君達の好きにするといい。ちなみに委員会もクラブ活動の一環となっていてな、例えば風紀委員クラブや図書委員クラブなんてものがある」


「風紀委員クラブって……何て言うか固いのか緩いのか微妙な……」

「カナカナはやっぱり図書委員クラブ?」

「ノア今見た目で判断したでしょ?」

ノアの言葉にマイカは苦笑する。

「あ、分かっちゃった? だってカナカナって完全無欠の図書委員って感じだから」

「まあ実際中等部では図書委員だったんだけどね」

「うわぁ……」


「……静かに。それからあとは生徒会だな。生徒会長は選挙で選ばれ、生徒会長が副会長以下役員を指名、任命する。だがまあ……組織運営などを経験する場と考えれば、生徒会もクラブ活動と言えなくもないな。興味があるなら立候補してみるといい」



ホームルームを終えたマキエ先生が教室を出てゆくと、放課後の教室では残された生徒達が出来たばかりの友達と思い思いに話し始めた。

当然ノア達も。


「クラブ活動かぁ。みんなどうする?」

「特に勧誘とかはないって言ってたよね、掲示板にポスターが貼ってあるくらいで」

「だね。どんなのがあるか見に行ってみよっか?」


誰も皆同じ事を考えていたようで、ノア達が着く頃には掲示板にはかなりの人だかりが出来ていた。

「これじゃあ落ち着いて見れないよ。写真に撮って教室で見よっか」

四人はそれぞれ自分のスマホを高々と掲げて他の生徒の頭越しに掲示板を撮影すると、楽しげに話ながら教室方面へと去って行った。


その様子を見た他の生徒達も続々とスマホを取り出すと、やがて掲示板の前から人だかりは消え、生徒達は教室へ玄関へと散ってゆき――

閑散とした掲示板の前には、彼女達と入れ替わるように一人の少女が現れた……



「あまりピンとくるのが無いなあ」

「野球部、サッカー部、陸上部、バドミントン部……文科系だと茶道部に華道部、それからカルタ部に文芸部」

「委員会系は……マキエ先生が言ってた風紀委員クラブに図書委員クラブ、保健委員クラブに放送委員クラブ……おお、学級委員クラブ! 学級委員長はまさかの自称とか?」

「あ、隅の方に研究会系があるよ。オカルト研究会、マンガ研究会、アニメ研究会……この薔薇百合研究会って何だろ?」

「うん、そこは近づかないようにしようか」



特に興味を惹かれるものが無かった四人は、いつしか別の話題へと移って行った。

「そういえばさ、マイカとカナカナってどのあたりに住んでるの?」

「私達? 学生寮だよ?」

「え? そうなの?」

「中等部から寮住まい。私の家は県東部だし、カナカナは西部だから」

「そうなんだ。私とライムの家はここから歩いて1時間くらいのところだよ」

「へえ、結構歩くんだね」



やがてノアとライムは帰宅の途につき、マイカとカナタは学生寮へと帰って行った。

そして掲示板の前では……


「クラスが別になったというのはつまり、運命は友となるよりライバルとなる事を選んだという事。だがしかしまだ同じクラブという世界線の可能性が……ん? この薔薇百合研究会というのは一体……」



彼女が新たなる世界に足を踏み入れる事になるかどうか――それもまた運命次第。

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