第3話 彼

 そう、彼がいたのだ。三年間忘れようとしてもできなかった彼が。彼が振り向こうとする。

 いけない。逃げよう。決して今あってはいけない。もう私はここを去るのだ。だからあと腐れないようにクリスを振ってきたのだ。

 結局走って帰った。そして引越しの準備を進めた。といってももうすぐ引越しの準備も終わる。元々持っているものも欲しいものも少ないのだ。いつも通りシャワーを浴び、寝る。日本に帰ったら温泉に行きたいな。そんなことを思う。だってイギリスにも温泉があるっていうから折れて来たのにプールなんだもの。

 

 「ごめんなさい!大丈夫ですか?」

 「全然大丈夫、君こそ大丈夫そう?君  の名前は?僕はね、りょうた、一条りょうた」

 「私はっ」

 「聞いておいてなんだけどほいほい答えちゃだめだよ?女の子なんだから」

 

  


 「次に調査にあたる人の資料だ。見ておくように。それと次は日本だぞ楽しんで来い」



「やぁ、久しぶりだね、この前はアメリカ、今回は日本で会えるだなんて運命かな?そこのカフェにお茶しに行かない?」


「ノアちゃんかぁー日本風の名前じゃないんだね、でも似合ってるよ」


「ノアと回るのは楽しいねぇひとりじゃ味わえなかった。一緒に来てくれてありがとね」


「ノアっどこなのどこにいるの大丈夫なの返事してお願いっ、」




 なんで3年も前のことなのにこんなにも鮮明に覚えているのだろう。誰に許可を取って夢にまで出てきたのだか。忘れたいのに忘れられない。わかっているのに割り切れない。未熟すぎる。自分でもわかっているからこそ自分に嫌気がさす。夢の中の懐かしいあの彼はいつでも優しい。でもそれが私を苦しめる。なんであってしまったのだろうか。それこそ彼のいう通り運命なのだろうか。

 冷たいと思ったら涙だった。本当に嫌になる。私はどうするのが正しいだろう。きっとこの調子じゃベストは尽くせない。かといって自己解決もできそうにない。ほんとうに未熟でだめだ。そんなに気持ちになりながらコーヒーをつくる。幸い今日は休みをとっている。今日で準備を終わらせる気だからだ。いつのまにか時は経つものでもうお昼ご飯の時間になっていた。もう準備も終えたことだし、帰る前に観光に行きたいなぁと思い、思い立ったが吉日と行くことにした。初日はパディントン駅ではしゃいだなと思い出しながらパディントン駅へ行き、まずウェストミンスター宮殿寺院大聖堂と一気に巡り、堪能した。お昼はサンドイッチをつまむ。途中でうなぎのゼリー寄せたるものを売っているところがあったが、うん、あれは苦手だ、うん。若干顔を引き攣らせながら美味しそうに食べる人を見る。凄い。尊敬します。と思いつつまた駅へと向かい、キングスクロス駅へ。魔法使えるようになりたい、学びたい、と思っていたが全く入学のお誘いの手紙を嬉々として待っていた幼少期を思い出す。

「魔法はいつになっても使いたいものね」

 そう上機嫌に呟きながら大英図書館へと向かう。大英博物館にも行こうかと思ったが時間がないし一度丸1日かけてじっくり見たので今日は諦める。そして堪能し、某魔法使いの映画のグッズを買いに行く。そんなことをしていたらあっという間に時は経ち、夕食どきだ。

 いつもよりも充実した時間が取れた。多幸感で溢れそのまま美味しいと評判のお店へと向かう。美味しい夕食にありつけることを思うとまだ辿り着いてもいないのに嬉しくなってくる。

 そうして幸せとおいしさを噛み締めながら食べているとふと視線を感じ、隣の席の人をうかがう。なぜいる。なぜ邪魔をする。なぜ気づく。そんな意味のない疑問ばかり湧く。まさか2日連続で会うとは。

 

「すみません、お名前、ノアさん、だったりします?」


 彼はそう流暢な日本語で聞いてきた。まだ違うといえるか、どうだろう。言い通せる確率を考える。無理だろう。


「え、そうですが、、もしかして、綾汰さんでしょうか」

「そうです!覚えてくださっていたのですね」


 名前を忘れたことにしてもよかった。それなのに名前を出したのは恋心のせいだろか。

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