第2話 別れ
朝早く起き、ランニングをする。硬い石畳の道路の上を一定のペースを崩さずに走る。身支度に時間をかけたいと思い、いつもより短く走ろうといつも曲がる3本目の交差点の一本手前で曲がった。それは突然に現れた。風が吹く。目を開けるといつか日本で見たような立派な桜が咲いていた。幻のようだった。今日は何か大きいことがある。そんな感じがした。
「案外春は近くにあったものね」
そう呟き、私は家に帰りシャワーを浴びた。
桜を見たからお陰で気分は上々、いつもはトーストにベーコンと目玉焼きで終えてしまうところをわざわざ味噌汁や卵焼きなんて作ってしまった。
いつもよりいい感じだ。桜の力は凄いななんて考えながら職場へ向かう。いつものようにデスクワークを行い、一度帰ってメイクと着替えをしようと家へ帰る。帰ったとたん電話が鳴った。CIAの上司だ。
「アヤノ、ちょっといいか」
「もちろんです。」
そう答えながら防音の秘密が漏れることのない部屋へ向かう。
「君の今の調査はどれくらいで終わりそうだ?予定では1週間後だが君ならもうそろそろ終えるだろう」
「はい、今日で終える予定です。」
と、予定だけ答える。次の仕事はなんだろう。観光、しときたいななんて思いを馳せる。
「次は一度本部に帰り、4月からロシアに飛んでほしいのだが、良いか」
「もちろんです。了解しました」
「わかった。仕事の内容などは後日本部に帰ってきた時に言おう。」
「わかりました。では、良い1日を」
「あぁ、頑張ってくれ」
ふと、時計を見る。クリスとの待ち合わせはいつものパディントン駅に19時。今は18時半。クリスとの予定時刻までも上司と話した次の仕事までも時間が全然ない。私は焦って用意していた服に着替え、メイクをする。ぴったり18時50分。ここから5分で駅に行けるので大丈夫だ。
駅までの道筋を歩きながら、クリスから最後の情報を引き出すこと、別れを告げることを考える。どうしようか、と。そしてふと思い出す。クリスは私の家を知らない。教えてないし、いつも駅までしか送ってもらわないからだ。だがイギリス紳士なら送って当然だろう。そう思う人もいるだろう。彼もそう最初主張した。しかし、私が譲れなかったのだ。それは母の教えだった。「信用していない、心を許していない相手に自宅を教えるな」と。昔から美人で憧れも嫉妬も受けてきた母なりの最低限のルールなのだろう。
そんなことを考えていたらクリスの待つ駅に着く。
「やぁ、今日は一段と綺麗だね。桜に妖精に連れてかれちゃいそう」
そんな歯の浮くようなセリフを言いながら彼は近づいてくる。言動は紳士、顔は整っている。こんな彼と愛し合える人は幸せだろうなと思う。
レストランに向かい、世間話をする。そしてお酒をのみ、夜桜を堪能し十分に酔いが回ったころ、私は情報を引き出しにかかった。結果から言うと、成功だ。特に地雷を踏むことなく進んでいった。さぁ、もう別れを告げなくちゃ。私は彼を留めるべきではない。レストランを出、駅へ帰る。口火は私から切った。
「ねぇ、私、転勤することになったの。もう会うこともほとんどできないだろうし別れましょう?あなたにはもっといい人がいるわ」
「なんでそんなこと言うんだい?君がどこに行っても僕は愛しているのに」
あぁ、彼は私を愛してくれているのだ。愛してるということができない上に仕事上関わった人という愛のかけらもないような関係に私の中で置いているというのに。
「あなたを振り回してまで付き合おうなんて思わないもの。それにもう、冷めたの」
そんなことを言ってみる。
「僕のことも考えてくれていたんだね、そっか、君僕に愛してるって言ってくれたことなかったね。僕に恋させてくれてありがとうさようなら。」
彼はちゃんと気づいていたのだ。私が彼に愛してると言ったことがないことに。
彼を傷つけてしまったことで私の心は朝と正反対でずぅんとしながら駅の中を歩く。
そんな時だった。彼がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます