第7話 強襲

 昼間に聞こえた木々のざわめき、川の流れる音、動物の声が夜になると余計に恐怖を掻き立てる。

僕はここまで来てまた酷い目にあってしまうのかと俯いてしまった。


 ふと、あの人が言ってた事を思い出す。

何かを成すには自ら行動するしかないか。

そうだ僕は自分で選んで、自分の意思を伝えたんだ。

もう少し頑張ってみよう、もう少しだけ。


 両手で泣きそうになった顔に活を入れて、ゆっくりと顔を上げた。


「ウガァァァッ」


 え、何?

目の前に毛並みが真っ白の狼がいた。

鋭い眼光に鋭い牙を見せ、下顎からはヨダレが滴っている。


「う、うっ……うわぁぁぁぁぁっっ!!」

「ウガァァァァァッア!!!」


 なんだ、なんだ、なんだ!

パニックになり声を荒げてしまったことで狼が興奮してしまった。


 とにかく逃げないと、足が震えて動かないのをむ無理やり動かすが、驚いた拍子に腰が抜けそうになっていた。

何とか足を動かすが、足が自分の足じゃないみたいだ。

それでもヘロヘロになりながら逃げる。



 追い付かれないように木々の隙間を縫うように走る。

小枝が身体中をかきむしり傷口が熱い。

それでも追い付かれるよりマシだ。

後ろを振り返ると狼が居ない。


 一旦立ち止まって周囲を確認するが狼どころか動物の気配も一切しないと。

ほっとし緊張を解く。


「ワオォォォーーーッン!!」


 遠吠えだ。遠吠えには色々な意味があるが、この場合は一つに絞られる。

狩りが始まる合図だ。


 僕は遠吠えを聞き悪寒を感じ再び足に活を入れて走る。

さっきと同じく木々の隙間を縫うように走る。


 走っていると後ろから数頭の足音が聞こえてきた。

更に走るペース上げる。

必死に走っていると左右からも足音が聞こえて来る。


 死にたくない死にたくない死にたくない。

もう僕の顔は汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


 突然左右の足音が大きくなった。

僕の足は限界が来ておりちょっとした起伏で転んでしまった。

顔から盛大に受け身も取れずに地面へ突っ込んだ。


 急いで立ち上がろうとしたら違和感を感じた。


 あれ、僕の左腕が無い。


 肩から先が無い。


 肩が異常に熱い。


「え、うそ、左手、え?…痛い!いったぁぁぁぁぁぁっっ!!!!うわぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 激痛だ。まるで肩を焼かれているような、熱した鉄を押し付けられているよな耐え難い痛みだ。


 左肩を見ると視界の端で一頭の狼が僕の左腕を咥えていた。

 その瞬間失禁してしまった。


「はぁ、はぁ、返して、返してよぉぉぉ…」


 僕は情けない声で視界の端で僕の左腕を咥えている狼に言った。

伝わるはずが無いが、心の声が溢れてきて止まらなくなった。


「死にたくない、死にたくない、死にたくない。」


 死にたくないと思っても、帰りたいとは思わなかった。

あそこに帰る位なら死んだ方がましだ。

そう思うと不思議と力が沸いてきた。


 僕は左肩を押さえ何とか転んでいた状態から立ち上がった。

視界が高くなったことで気づいた。

狼の群れ十数頭が僕を囲っていた。


「ハ、ハハハハハハ」


 僕は空笑いしか出来なかった。

左腕を咥えた狼に数頭が群がりしきりに匂いを確認していた。

他の狼も口をだらしなく開けてヨダレを地面に垂らしながらこちらを見ている。


 血と汗と涙と鼻水と全ての液体が顔の上でぐちゃぐちゃになり、左肩を押さえている右手からは生暖かい血が指の隙間から溢れている。

全身も切り傷だらけで僕は全ての気持ち悪い感覚だけ残し考えるのを辞めて膝を地面に着いてしまった。


 

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